第34話 東北美人は縄文系とともに欧州系のDNAを持つ人が多いらしい

 帰宅すると見知らぬいい年した男女が土下座で迎え入れてくれた。


 わたしは頭を抱えてため息をつくしかなかった。


 「まず、とりあえず、身支度をさせていただけないでしょうか? 」

 「はい。お待ちしております。」


 こえぇ。



 お待たせすることになるが、わたしだって覚悟する時間が欲しい。


 寺田さんを呼びつけて、シャワーを浴びてくることを告げ、その間の場を繋いでいるようにお願いした。

 浴室で頭からお湯と水を交互に浴びて、とりあえず自律神経に喝を入れた。

 脱衣所で急いで水気を拭ったわたしはいつものルームウェア姿で扉から顔を出して誰もいないことを確認して、駆け足で衣装部屋に飛び込んだ。

 小娘からわたしの家での服装にケチをつけられたので、さて何を着ようかとワードローブを広げた。

 デニムは重い。疲れて帰ってきて、さらに疲れることが待っているのに着たくない。

 スカートはちょっとあれか、ぶりっ子のようで恥ずかしいな。

 ワンピースはよそ行きすぎるな。

 ということで、キュロットと肩のところがリボンでストラップになっているオフショルダーっぽいトップスにした。

 ここまで決まったところですっぴんで出て、小娘に対して要らぬ敗北感を味わいたくないので軽くメイクして、やっと完成だ。


 ああ疲れた。これからさらに疲れるぞぉ。


 リビングに出るとソファで久しぶりの団欒をされている寺田さん御一家がわたしに気がつき立ち上がった。

 中原くんくらいの肩幅で、寺田さんより低い身長のヒゲのないドワーフといった風情の男性と美しい黒髪の耳のまるいエルフといった風情のすらりとした東北美人が三次元になってこちらを見つめていた。

 玄関先では頭を下げて顔を見ることはなかったが、どうやらこの二人が寺田さんの兄夫婦らしい。

 さてわたしはどこに座ろうかと考えていると寺田さんが腰をずらしたので、彼のとなりに腰を下ろした。


 「お待たせいたしました。」

 

 ちなみに小娘は椅子ではなく床に正座させられていた。


 「本当に申し訳ありませんでした。」


 彼女の両親も一人がけのソファからそれぞれ立ち上がり、娘を両脇で挟むように正座して両手を床につけた。

 父親が絞るような声で謝罪した。

 綺麗な母親は口元に手を当てて肩を震わせ、泣いていた。

 正直そこまでとは思ったが、茶化すような雰囲気でもなく、戸惑った挙句に寺田さんの顔を見上げたが彼はごく当然の表情で私を見返してきた。


 「カッ、顔を、顔をあげてください! 寺田さんもなんか言って!! 」

 「一通り、この三日間のあったことは兄と義姉さんに報告をすませました。あとはベッドの件ですが、これは吉屋さんの許可がないと見せられないと思いまして、残してあります。」

 「ああ、あれ? あれ、ね…… 朝に改めて見たら、結構衝撃的だったな…わ。」

 「あの、ベッドの件って……」


 小娘の母親とは思えないほど、涼やかな声が震えていた。


 「ああ、別に、いい……と寺田さんは思っていないわけね。わかりました。」


 かすかに首を横に振った寺田さんの意図を汲み取ったわたしは立ち上がって、小娘の両親を連れ立ってわたしの寝室に向かった。彼らの後ろから寺田さんと彼に腕を取られて小娘も来た。


 「雑然としていますが、そのままにしていた方がいいかと思って。」

 「ええ。ありがとうございます。」


 リモコンで照明をつけると小娘の母親が息を飲んだ。


 「わたしのペン……こんなところにあったんだ。」


 いやお前、記憶も自覚もなかったんかい。あとこの光景を見て感想はそれかい。と心の中でツッコミを入れたが、ため息をついてアーサー王の剣よろしくベッドにおっ立ったペンを引っこ抜いた。

 布が裂ける嫌な音が響いた。


 「なんだろ? 」


 わたしはペンを小娘に投げ渡すとベッドの上のシーツとベッドプロテクターをめくった。


 「あちゃー。」


 マットレス部分の生地が縦に裂けて中からスプリングが飛び出していた。

 アホみたいに口を開けたまま、寺田さんに振り返った。


 「買ったばっかりだった…のにねぇ。」


 ふへへと変な笑いが出た。オリエンタルでシノワズリ のシックなテーブルと椅子のセットがまた遠ざかった。

 寺田さんがなぜか、クシャリと顔を歪めた。

 そういえば、寺田さんにそろそろテーブルセットを買いたいと話していたばっかりだったから、そのことを思い出しているのかな。


 「弁償、します。」

 「いえ、ウチで……」

 「オレが監督不行き届きだった。だからオレが出すって。」

 「それさ言われるとオラダの立場がなぐなるじゃ。」


 兄弟でもめそうだったのでわたしは手を打ち鳴らした。


 「そろそろ戻りましょうか。あまりわたしの部屋に居座られると恥ずかしいですし。」

 「あっ……すまない。」


 ゾロゾロとリビングに戻ったわたしたちは重苦しい空気の中、誰も口を開こうとしなかった。

 小娘と両親は先ほどと同じように床に正座していた。小娘は父親の分厚い手で頭を押さえつけられていた。

 寺田さんをそっと覗いたが、深刻そうな表情だ。

 これはあれか、わたしが仕切らなくてはいけない状況なのか?

 仕方がないとため息をひとつついた。


 「あの、起こってしまったことに関しては、もういいです。ご両親の謝罪は十分受け取りました。メスガ……こむす……んんっ、娘さんは形ばかりとはいえ、謝ってもらっています。整理することができない気持ちが大きくなりすぎて、自分を制御できないことは若い頃にはありがちだし、ここで無理するよりもいずれは自覚できるのを待ったほうがいいと思います。」

 「ですが……」

 「まあ思春期だから。みんな通り過ぎるものだから、怖くないものだし。あとはご両親と娘さんでどうぞお話し合いをしてください。」

 「わかりました。本当にすみませんでした。オイ。」


 寺田さんの兄が妻を呼んだ。さすが、オイですませられるんだ。びっくりだぜ。奥さんもハイで持ってきたハンドバックから紫の袱紗を取り出して夫に渡した。


 「このようなもので誠意の形になるとは思いませんが、本当に申し訳ありませんでした。」

 「あ〜の〜 そのようなことはちょっと……」

 「吉屋さん、受け取ってもらえませんか? これで締めさせてください。」

 「受け取ればいいの? 大した被害も受けていないと思っているんだから、気が乗らないんですが、はい。」


 ブチブチと言いながら、わたしは小娘の親の誠意を受け取り、脇に置いた。

 肩の荷が下りた様子の夫妻を見ると、こういうものって、受け取る立場の人間もそうだけど、渡す立場の人間が気持ちの区切りをつけるっていう意味もあるんだと初めて知った。


 「吉屋さんもお腹がすいたでしょう。おすしが来ているので、食べましょう。」


 気分を変えるように寺田さんはいつもよりも声を張った。わたしも乗ってあげるつもりで頷いた。

 全員が席を移動する中、正座で頭を床に擦りつけたままの小娘が動けないでいた。


 「晩御飯だよ。」

 「わかってるわよ! 」

 「棗!! 」


 寺田兄弟から怒られた小娘だったが、身じろぎひとつしようとしない。よく見ると額には脂汗が滲んでいた。


 「もしかしてあんた……」

 「そうよ。しびれちゃったのよ!! ずっとだったんだから!! 」


 ばったりと倒れた小娘は両足を抱えて、泣きわめいた。

 


 ご会食とはいうものの、とりあえずエプロンをつけてわたしはキッチンに立っていた。

 お茶でもいいかなぁと思っていたが、お吸い物も欲しいというわがままである。

 片手鍋に張った水に顆粒のお出汁を溶かして、コンロにかけた。

 冷蔵庫の野菜の余りを適当に千切りにして違うお鍋で茹でる。

 だし汁の上に泡が出てくるので、それは灰汁として投げる。ブクブクと沸かすと香りが飛ぶので、そこで一旦火を止める。

 

 「確か、実家は東北民だって言ってたよなぁ。色は濃い方がいいか。」


 わたしは濃口醤油を垂らし、茹でた野菜のお湯を切って鍋に投入する。だし汁が冷める過程で野菜に味が染みるので火にはかけない。 

 次は酒の準備だ。

 寺田さんの兄は地酒を持ってきたが常温だ。香りがしぼむという人もいるが、蒸し暑い東京の夜はキンキンに冷やした方がおいしいということで、日本酒の冷蔵庫を開く。


 「やっぱりあるもんだなぁ。」


 贈り物と同じ銘柄の日本酒を見つけたわたしはそれを取り出してゆっくりと一回転させた。それから封を切って、ちろりに注いだ。淡い黄金色の液体が美しい。

 日本酒を戻し、ちろりも冷蔵庫に入れる。

 さてお吸い物の味を確認しようかと思ったところで奥さんがキッチンに入ってきた。


 「もうできますよ。」

 「お仕事から帰ってきたばかりだし、ご迷惑をかけてばっかりでごめんなさいね。」

 「えっ? これくらい、なんでもないですよ。手抜きですから。」

 「えらいわねぇ。」 

 「いいえ、別に。あっ、そうだ。こんな感じでどうっすか?」


 わたしは小皿にお吸い物を取り、彼女に渡した。びっくりした表情もお美しい。

 細い指先で皿を支えた彼女は口元にそっと持ってゆき、ついと傾けた。

 目を閉じて、少し味わって、飲み込んだ。

 彼女の白くて長い喉が動いた。


 エッロッ〜〜〜!!


 なんでこの人はこんなに色っぽいんだ。きっと所作の一つ一つがきれいなんだ。


 ハァ〜 ええのぉ。


 いつまでも見つめていたいと思っていたら、こちらに顔を向けた。

 欲情の瞳で見つめていたことがバレたか?

 真剣な表情で私を見つめ返してきた。

 背中に汗がジワリと滲んだ。


 「あの、すみませんでした。」

 「合格よ。」

 「えっ? 」

 「えっ? 」

 「いいえ、なんでもありません。合格って? 」

 「おいしいってこと。これで出来上がり? 」

 「ああ、いいえ。最後に溶き卵を落として終わりです。」

 「はぁ〜。若いのにお上手ね。」

 「料理はなんとなく。食べるのが好きなもので自然と覚えました。でも手抜きばっかり覚えちゃって。あと若くないですよ。」

 

 わたしは自分の年齢を彼女に教えるとやっぱり若いでしょと睨まれた。


 あ〜 大人かわええよぉ〜


 まあ、高校生の娘の上にも子供がいるらしいから、それから比べるとねぇとは思ったが、口に出すと戦争になるので黙っていた。

 準備ができて、お寿司の入った大きな桶をテーブルの中心に置き、小皿と箸、お吸い物を配った。

 寺田さんと彼の兄にはいつもの江戸切子のグラスを渡し、深めのガラスのボウルに小皿を伏せ置いて、氷を周囲に入れた上に地酒が入ったちろりを置いた。


 「いただいたお酒と同じ銘柄のが冷えていたから、そっちを開けさせてもらった、わよ。」

 「ええ。ありがとうございます。」


 すでに兄弟でビールを飲んでいた寺田さんは微笑んで頷いた。


 「では、いただきましょうか。」

 「おう。たくさん食べてくれ。」


 どうやら寺田さんの兄がおごってくれたらしい。

 わたしもお礼を言って、箸をつけた。

 小娘は母親のとなりでもそもそと寿司を食っていた。こんなに旨い寿司なんて久しぶりなのに、小娘は食い慣れているのか?

 つまらなさそうに食べるならわたしによこせと思いつつ、母親に目を向けては目の保養と心の安定を図る。

 小娘の父親はお吸い物を飲んでうまいと言ってくれた。男は興味ないが褒められると嬉しいもので、営業スマイルで応えた。

 

 寿司桶が空になった頃、わたしは用がなくなった小皿や空のお椀をキッチンに運び、シンクの食器カゴに入れて水を張った。

 後片付けは明日にしようと思ったら、小娘の母親がやってきて洗うといいだしたので、お客さんにさせるわけにはいかないとその場で自分で洗った。


 我ながら損な性分だとため息が出た。

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