第29話 自分で意識しないうちに自分が変わっていることってあるよね

 わたし、最近よく友達と会っているなぁ。

 なんてことを考えながら、伊織ちゃんがおすまししてミルクティに口をつけているのを眺めていた。


 「なにかしら? 」

 「いや。配慮してくれてありがとうと言いたいだけ。」

 「どういたしまして。」


 彼女に髪を整えてもらったあと、伊織ちゃんからの呼び出しがあり、東京駅のレトロなラウンジカフェでお茶をしている。

 そのためか、伊織ちゃんは言葉遣いも若干お嬢さまフレーバーを強めている。

 わたしが彼女に贈った言葉足らずな感謝の意味を的確に捉えた伊織ちゃんはすました表情のまま小首を傾げて、わたしの気持ちを受け止めた。

 

 「会ってどうだった? 」

 「う〜ん。なんか落ち着いた。」

 「それは何よりね。」

 「あと謎が増えた。」

 「そう? いい女には謎も必要よ。」

 「お前たち二人はそうやって昭和風味な会話ばっかりする。」

 「で?」

 「あ〜 しばらく忙しくって会えないってこととその間はお姉様? に髪をお願いしているとか、わたしは蜜のようだとか? 」

 「ふ〜ん。」


 わたしは今日はちょっと気分を変えてコーヒーを頼んだ。色々と銘柄があり、その中でも苦味が強く香りがチョコに似ているらしいということでマンデリンを頼んでみた。

 小さな薄いカップに入ったそれは確かにチョコレートのような香りがかすかにする、とても苦味が強い味だった。

 眉を顰めて飲むわたしに伊織ちゃんは笑みを浮かべて、ミルクを勧めた。


 「やっとかしら。ちょっと落ち着いて、もとの雰囲気に戻ってきたわね。」

 「わかんない。でも、そうだなぁ……」


 わたしは琥珀のような色になったコーヒーをすすった。ミルクが入ったことでより重厚な味が舌に残った。すごく味の濃いデザートにあうな。

 伊織ちゃんとの会話とは関係ない方向に思考をずらしたわたしはまた一口、コーヒーを口に含んだ。


 「こぼれたものはもう元に戻らないんだって感じがした。しばらく会えないって言われた時、思ったよりも衝撃がなかった。そりゃ、さみしいけど、絶対イヤだってほどでもなかった。」

 「いいんじゃない。答えの一つがだいぶ近くなっているわよ。」

 「ひとつなの? 」

 「……そうね。」


 わたしの顔を見つめている伊織ちゃんに渋い顔を作って見せた。


 「謎かけみたいなの嫌い。はっきりと言ってくれる方が好き。」

 「そうよね。わたしもそうだわ。でも、こういうことって誰かに言われてそうなんだと思っちゃうと、結局、その人の枠にはめられたようになっちゃうんじゃないかしら。」

 「自分で成長しろってことか? 」

 「そういうこと。わたしもしほくんも、ユリちゃんがどうなっても愛してあげるから、安心しなさいな。」

 「よくいうよ。」

 「そうかしら? でも停滞は罪よ。それは受け入れられないわ。」

 「きびしいねぇ。」


 わたしはカップにまた口をつけた。そしてぬるくなったコーヒーに砂糖を一つ追加した。



 優雅なお茶会を終えてわたしは伊織ちゃんと別れ、家路に着いた。

 実は首筋に髪の毛が付いているのか、チクチクと痛い。

 帰宅してすぐに服を脱ぎ捨てて浴室に入った。

 今日は贅沢にお湯を入れた。

 いつもは遠慮していたのだが、寺田さんがもらったというラグジュアリー感が溢れるバスグッズを試したかったからだ。

 バスタブのお湯にバラの香りのバスオイルを溶かし込み、そっと足から浸かった。


 「あっ、やっばぁ〜 これはよきものだぁ。」


 甘美で官能的なバラのブレンドされた香りに包まれて、多幸感が胸の奥から湧き上がってくる。我知らずに含み笑いが零れ落ちてくる。オイルが混じっているためか、お湯もなめらかだ


 「これこそ、女に生まれてよかったっていう感じ。」


 のぼせる寸前までバスタブに身を浸した。

 全身の力を抜いて、後頭部をバスタブの縁に当てるとぷっかりと体が浮かんだ。

 足を伸ばしてもまだ余裕のあるバスタブはホーローのように透明な白で目線の先には一面ガラス窓になって庭園が見える。

 開放感がありすぎて、わたしは少し不安になってしまう。

 浴槽から出ると、タオルで汗を拭うのではなく自然乾燥にお任せして、少しでも体にこの香りをなじませる。

 汗が引いてきたところで大きなバスタオルで身を包んで、自分の部屋に向かう。まだ濡れた体でベッドに腰を下ろすのはためらわれるし、椅子でもあればいいのにと思いながら、部屋の中で立ってエアコンの涼しい風を浴びていた。


 「やっぱり次はテーブルセットにしよう。」


 わたしは部屋の中を睥睨(へいげい)しながら頷いた。

 まだ裸体にバスタオルを巻いただけのわたしは窓の外を眺めた。

 日々濃くなってゆくような庭園の茂みは湿度を感じる眺めで、目覚めて窓の外を見るたびに少しずつ変化してゆく様がわたしは好きだ。 

 除湿の風は思いの外冷たく感じて、わたしは下着をつけて洗い終えた黒のかぼちゃパンツとクリーム色のレースキャミソールのルームウェアを身にまとう。

 体の表面はさらりとした感じになったが、内側は熱をまだ保っている。

 冷たいものが欲しくなり、エアコンを切ってキッチンへと向かった。冷凍庫の扉を引き出して自分用に買っておいた梨のシャーベットを取り出し、咥えながらリビングで休もうとした。



 そこには見たこともない女が背をこちらに向けて立っていた。

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