第27話 夜空の底 仄明るく照らされる
山手線は存外混んでいて、わたしは扉の横にある棒に寄りかかり、夜の闇をかき消さんばかりに明るい東京の夜を見るともなしに眺めていた。
どこかの国の男が話しかけていたが、わたしの意識まで届かない。ノイズ混じりの電車内の騒音が神経を削る。
あくまでわたしの視線に入ろうとしているオスに向かって、自分の鼻をつまんで反対の手でひらひらとしてみせた。
そして背中を向けてシートで寝汚く眠りこけているおじさんの薄い頭頂を見つめていた。
すっぱい男はどこかに消えたようでわたしは目を車窓の向こうに戻した。
駅に降り立つと湿度の高い空気を深く吸い込んだ。
休日の夜の静けさが心地いい。自分のヒールの音をお供に寺田さんちに戻る。
もうコンシェルジュの人は帰っている時間なので、空のカウンターを横目にエレベーターに乗った。閉めるボタンを押そうとしたところでエントランスのタイルをかける足音が響いた。
「すみません!」
女の子の大きな声が響き、いつぞやの小学生がエレベーターに駆け込んできた。
「あぶないよ。」
「ごめんなさい。」
わたしの胸元くらいの女の子は息を切らせながら、わたしの顔を見上げて謝った。
「何階? 」
「二階だよ。お姉さんのおとなり。」
わたしはすっぱいものを食べたような表情になった。
「知ってたの? 」
「朝に見かけたことがあるから。」
「そっか。」
エレベーターを降りてホールで左右に別れた。
このマンションはプライベートを重視する設計のために互いの玄関が見えないような入り組んだ設計になっている。
いっそのこと、各戸にエレベーターをつければいいと思う。
鍵を開けて中に入るとバッグを部屋に置いて、とりあえずうがいと手洗いを済ませてリビングに向かった。
「あれ? 」
寺田さんはいない。間接照明だけのリビングはダイニングもソファの前のテーブルにも食事をした様子はない。キッチンも変わった様子はない。
「そういえば、寺田さんの部屋に入ったこととかないなぁ。」
呟きながら彼の部屋のドアをノックした。
「どうぞ。」
「えっ?」
わたしは恐る恐るドアを開くとシンプルで重厚な色の家具が置かれた部屋の中がのぞくことができた。
寺田さんはノートパソコンを閉じて、こちらに歩いてきた。
「おかえりなさい。」
「ただいま。夕ご飯は食べたの? 」
「散歩に行ったついで食べてきました。お友達とは楽しかったですか? 」
寺田さんは部屋から出て扉を閉めた。わたしは彼の後をついてリビングのソファに腰を下ろした。
「久しぶりだからね。変わっていなかったよ。」
「それはよかったですね。」
寺田さんの和漢のようなエキゾチックな香りが鼻をくすぐった。
わたしは大きなあくびを彼の前で晒して、寺田さんから呆れられた顔を引き出した。
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