第25話 ガチ後悔。でも仕事のシフトは休めない。
次の日の朝はやく。
わたしは珍しく休みの寺田さんがパジャマ姿で立っているその足元に伏していた。
「……吉屋さん。」
「はい……」
「具合でも悪いんですか? あれでしたら、病院にでもゆきましょうか? 」
「いえ、昨日のご迷惑を深く深く、反省いたしております。」
「……その表現がこれですか? 」
「寝土下座で、ございます。」
「五体投地と違うんですか? 」
「そのようなものでございます。これ以上となると床に埋まるしか方法はありません。」
「わかりました。吉屋さんのお気持ちは十分、受け取りましたので普通に起きてください。」
わたしはのろのろと起きて寺田さんの前に座った。
「もしやとは思いますが、昨晩のことはすべて覚えていらっしゃるということですか? 」
「いつも泥酔しても記憶だけは残ってる。寺田さんに電話をかけたことは覚えていないから、その時は本気で寝ていたんだと思うけど。」
「ああ、そうなんですね。……難儀ですね。」
「えぐざぐとりー 」
「exactly ( igˈzak(t)lē) . 」
ちくしょう。
発音までマウントを取られた。
寺田さんはキッチンに向かい微炭酸のミネラルウォーターを持ってきてくれた。
わたしはソファに座り、それを受け取った。
コーヒーメーカーの音が聞こえた。寺田さんはそちらに向かい、カップにいつもの苦味のまさったコーヒーを手に戻ってきた。
となりに腰を下ろした寺田さんは一口コーヒーを飲んだ。
「調子はいかがですか? 」
「眠い。喉が渇いた。あとお腹が空いた。」
「今日はゆっくりと休んでいた方がよいでしょう。」
「……仕事なんだよなぁ。」
「なんで、あんな無茶をしたんですか? 」
「止むに止まれぬ事情と申しますか。」
呆れた表情の寺田さんを残して、わたしは空のコップを手に立ち上がり、キッチンで食パンを焼いて、バターを塗った。
それから塩の瓶を手に取り一振りした。
「塩を振るんですか? お砂糖とかじゃないんですか? 」
「あ〜 一つ前の彼女はグラニュー糖を振ってたな。塩を振ると笑われたっけ。飲み過ぎの次の日って、ナトリウムが足りなくなるんだよ。あとカリウムと糖分と水分もそうだから、バナナに塩を振ってミルクシェイクにして飲むといいかもな。」
立ったままカウンターによりかかって、食パンをかじりながら思い出していると寺田さんは微妙な表情をして、コーヒーに口をつけていた。
「ああ、すまないけど、昼飯は自分で用意してくれ。夜は何がいい? 」
「いえ、今日はわたしが休みなのに申し訳ありませんよ。」
「寺田さんが作るなんて言わないでくれよ。だったら寺田さんのチョイスでなにかお惣菜を買ってきてくれ。」
「外食するのはいかがですか? 」
「昨日の今日で外食はちょっと疲れるかな。女が外で食べるにはそれなりの準備と気合がいるんだよ。わたしは今日はリラックスしたい。」
「はい。」
なんとなく気落ちした様子だったが、今日は外で食べる元気がない。
食べ終えたパンくずを集めて、手のひらで受けてシンクで払った。
身支度を整えてリビングに戻った。
今日は世間的にも祝日だし、締め付けるような服は着たくないし、かと言ってすっとんとんは趣味ではないということで、素足にフットカバーを履き、Aラインの黒のレースワンピースを着た。
若干顔がむくんでいるような気もしないでもないが、放置して最低限のメイクを施してた。
準備ができたところで、リビングに顔を出した。
「行ってくる。予約は17時までだけど、飛び込みもあるから遅くなるかも。」
「わかりました。気をつけて行ってらっしゃい。」
「寺田さんもボクがいないからって飲みすぎんなよ。」
「大丈夫ですよ。」
「この前、わたしが眠った隙に、三分の二も残っていた四合瓶を飲み干しただろう。知ってんだぞ。」
カエルが潰れた時のような声をあげた寺田さんを尻目にわたしは玄関に向かった。
おじいさんのマンション・コンシェルジュ に会釈をして、早足で駅にむかった。
インディさんに日曜日はお休みするのに、連休の祝日はなんで営業するのかと尋ねたことがある。
すると「意外と予約が入るのよね。」とのお答えだった。どうやら平日には来ることができない層が連休にお買い物ついでによるそうだ。
日曜日も需要はあるんじゃないと尋ねると、日曜日は休むものだ、聖書にもそう書いていると主張してきた。
そういうインディさんは神道を信仰しているらしい。旦那さんの家の冠婚葬祭がそうだったらしい。
よくわからん。
まあ、別の日にお休みをいただくので、こちらとしてはどうでもいいかなと思っている。
制服を着用してお客さんをこなしているうちにいつもの調子が戻ってきた。
今日の一番最後はこのあいだの左腕に麻痺を持っている彼女だ。
「なんかいつもよりも筋トーンが高いですね。」
彼女の右肩をそっと触れながら尋ねた。
「連休に入るから仕事を急がなくっちゃいけなかったんだよぉ。」
「そう思うと連休も面倒ですよね。」
「そうそう。」
筋膜は色々なラインで繋がっているから、腰が痛いのは腰に原因があるというわけでもない。彼女の場合は左腕を支える右肩が頑張るが、それを支えるために左の腰に力が入っているので、脇腹あたりから腰が緊張しているようだ。
一通り終わって、彼女に仕事の姿勢を尋ねると左手は膝の上に置いているらしい。
「デスクの上に置くことってできません? 」
「キーボードとか資料を置くから無理かな。なんで?」
「膝よりデスクの上の方が腕の重みを免荷できるんじゃないかなと。そうすれば、両肩と首の負担は少しでも減るかなぁと思って。」
「ふうん。う〜ん。机周りって狭いのよね。」
「でしたら、小さなクッションを膝の上に乗せて、その上に腕を置くとか。」
「まだ、そっちの方が現実的ね。」
「あんまり同じ姿勢でずっといないでくださいね。」
「それはもう。」
彼女は試してみるわと言って帰った。
インディさんが顔を出した。
「ユリのお友達がこれから予約を取りたいって。どないしよ。」
「えっ? 誰ですか? 」
インディさんがタブレットを見せてくれた。
「あ〜 う〜ん、いいですよ。」
「ユリがいいんだったらいいけど。」
「どうしたんすか? 」
「早く帰りたいっすわ。」
わたしは笑って自分で閉店してゆくから大丈夫だよと答えた。
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