第24話 リグレット

 エレベーターが開いた。


 降りようとして右手を引かれた。


 「一階ですよ。」

 「えっ? あ、コンバンハ。……まつり、ちゃ、ん? 」

 

 扉の向こうにはコンシェルジュのまつりちゃんが立っていた。

 驚いたようすから軽く微笑みを見せて、次に営業用の表情を作ったまつりちゃんは手のひらを胸元にあげてみせた。


 「どうぞ、お先に。」

 「ああ、ちょっと体調が悪いようだから、すまないね。」


 寺田さんは柔和な笑みを浮かべてエレベーターの閉のボタンを押した。

 また二人っきりになり、彼を押し付けて離れようとしたが、上体がぶれすぎて転びそうになった。


 「危ない!」


 寺田さんはわたしの手を思いっきり引き寄せた。

 胸元に飛び込む形になったわたしは彼の腹部にエルボーを入れてしまった。


 「エレベーターでいたずらすると止まってしまうぞ。何してんだ。」

 「だって……それより痛くなかった? 」

 「これくらいなら大丈夫だ。彼ほど鍛えてはいないが、まだペーペーの社畜時代に現場で揉まれたこともある。社畜は体が資本だからな。」

 

 扉が開いて、寺田さんはわたしの体を支えながら降りた。


 「ウェエエ。まつりちゃんに見られたよぉ〜。」

 「大きな声を出さない。体調が悪いくらいにしか思わないはずだ。」


 寺田さんの家に入るとわたしはリビングのソファにまで連れて行かれた。そこでばったりと横になったわたしをおいて、寺田さんはキッチンへと向かった。

 彼は冷蔵庫からミネラルウォーターを出してコップに注いで持ってきてくれた。


 「気持ち悪くないですか?」

 「大丈夫。冷たくて美味しい。」


 口調が元に戻った寺田さんは優しくわたしを気遣った。


 「わたしが言うのもなんですが、無理して飲んではいけませんよ。」

 「……彼女がさ、久しぶりに連絡を入れてくれたんだよ。」

 「そうでしたか。」


 寺田さんはわたしの枕元に座った。

 床に足を投げ出して背を向けている寺田さんにわたしは話しかけていた。


 「返事を返したんだけど、いろいろ考えて、ぐちゃぐちゃになって、そっけない業務連絡みたくなっちゃった。」

 「そうなんですね。」

 「中原くんや伊織ちゃんからはそれでいいって言われたけど、もっと違う書きようがあったはずだと思う。」

 「例えばどんなのでしょうかね。」

 「えっ……いまも好きだとか……いや、それじゃダメだろ。元気だよとか、いまは寺田さんと楽しく暮らしてるとか……いや、男だってバレたら大変なことになる。」

 「楽しいと思ってくれることは嬉しいですが、いささか語弊がありそうですね。」

 「うゎ、すぐ出来たんか、軽いやっちゃと思われるだけのやつじゃん。」

 「ですよね。会うんだったら、その時にいろいろとお話すればいいじゃありませんか。簡単でいいんじゃないですか?」

 「そっか…そう、かな? 」

 「そうですよ。あって話すのが一番分かり合えますよ。」

 「実感がこもってる。」

 「お互い様ですよ。」


 わたしはのっそりと起き上がった。

 アルコールで体がだるかったが、このままの姿で寝るのも嫌だ。

 ソファの前のテーブルを回り込んで寺田さんの前でしゃがみこんだ。


 「シャワー浴びてくる。それでそのまま寝る。」

 「はい。」

 「あと、寺田さん……」

 「はい。」

 「あの……あのね、ありがとう。」


 寺田さんは微笑みを見せた。


 「いいえ。」

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