第22話 吉屋さん放浪記 いかにして彼女はまたやらかしたのか

 休日の日の朝ごはんに寺田さんの実家から送られてきた果物をいただいた。


 うちの実家は東京だから、何にも送ってこない。いや弟が羊羹を持ってきたっけ。

 しかし、こういった実家からの贈り物という文化のない家に育ったわたしとしては羨ましい限りである。


 「弟に頼んでなんか送ってもらおうかな。寺田さん家だけじゃあ、ちょっとアンバランスな気もするし。」


 ぽちぽちとメッセージを送ると弟から自分で買えとお叱りをいただいた。あと親に言うと面倒なことになるぞと脅された。

 まあ確かにいま現在もまつりちゃんからの誤解も解けたんだか、そうでないんだか、不明な状態だ。 

 昨晩、エントランスであった時にやんわりとそういう関係ではないことを教えたが、わかってますよと言わんばかりの笑顔で頷かれた。




 「あ〜 どっか遠くに行きてぇ。」

 「で、うちに来てくれたの? 」


 たまこさんがわたしの独り言を拾って返して、ついでに蓮茶と呼ばれるハーブティーを持って来てくれた。

 たまこさんの茶房は改装が終わり、店内が広く、茶葉や茶器などの販売もしているようだ。

 お客さんはポツリポツリといるがわたしの相手をしてくれるようだ。


 「そう言うわけでもないけど。あっ、伊織ちゃんからたまこさんが結婚しているって聞いたぞ。全然そう見えないよね。」

 「そう? もう子供も小学校に通っているのよ。」

 

 経産婦でしたか。それにしてはどっか浮世離れした人だな。


 「チェストはどう? 」

 「初めて買った家具だから大事にしている。けど、あれもこれも欲しくなっちゃって困ってる。」 


 たまこさんは笑った。


 「まだ若いんだから、ゆっくりと揃えればいいわ。」

 「そんなことない。中原くんと同い年なんだぞ。」

 「あら、そうなの。それじゃ、わたしが結婚した年とおんなじね。」

 「マジかー。」


 テーブルに突っ伏したが、どうせ結婚はしないのだからダメージはない。


 「今度は彼と一緒に来てちょうだい。」

 「んなのいねー。」

 「すぐにできるわよ。」


 微笑みながらまたキッチンへと戻るたまこさんだったが、どうやら伊織ちゃんたちからはわたしのことは聞いていないらしい。

 ちょっとホッとした気分で、香り高いが苦いお茶をすすりながら、ひたすらぼーっと気を抜いていた。 


 


 今日は連休中の営業日に出勤予定のため、繰り上がりでお休みである。

 渋谷か八重洲、日本橋あたりで服でも見にゆこうかとも思ったが、もっと自分を磨こうということで、たまこさんの茶房にいるときにサロンの予約を取って体を磨き上げることにした。


 筋骨格系のメンテナンスは自分の専門だが、肌やなんやらはその道のプロにお任せだ。

 マッサージはもっと楽にほぐせる方法があるのになぁと思いつつ、女の細い冷たい掌が自分の肌に触れられることで力が抜ける。

 わたしにあった精油の香りが肌を浸透するのも癒される。

 二時間のコースが終わり、ツルツルしっとり肌になったところでサロンを出るとスマホがメッセージを受け取った。


 「えっ? 」


 彼女からだった。


 「なに? ウソ? 」


 震える指先でメッセージを開くとそろそろ髪を整えに来なさいという簡単な内容と開けられる日にちが書かれていた。

 そんな内容でも、わたしのことを忘れていなかったと涙が出そうなほど嬉しい。

 リマインダーで仕事のスケジュールを確認して、都合のあった日を彼女に送ろうとして、文面をどうしようか悩んだ。


 「嬉しいって書こうか? そ、それも違うか。近況……書けるわけがない。……どうしよう。」 


 迷いに迷って、単純にこの日には行けるとだけ返した。




 「あぁ〜 あぁ〜 あぁ〜 」

 「うるさいわねぇ。ユリちゃん、どうしたいの? 」

 「どうすりゃいいのかわからんから、うめいとるやないか〜い。」

 「余裕、あるじゃない。」


 夕方、急遽呼び出した中原くんと伊織ちゃんを目の前に、わたしは冷凍してトロットロになった麦焼酎のショットを煽ってグダッていた。

 飲むたびにショットグラスは片付けられてしまうので、もうどのくらい飲んだのか覚えていない。 


 「そっけなさすぎたよなぁ。もっと言い方ってもんがあったよなぁ。」

 「素っ気無いくらいがいいのよ。変にジメジメした返事を返されても困っちゃうわよ。」

 「うん。しほくんに一票。心配させたいわけじゃないんでしょ? もう自分は次に歩きはじめているように見せるのがイイ女じゃないかしら。」

 「次なんて行ってない。できればよりを戻したい。」

 「あら。」

 「だめね、こりゃ。」

 「未練タラタラなんじゃい。……タラタラってなんじゃい!! 」

 「飲み過ぎよぉ。」


 伊織ちゃんのほっそりとした手がわたしの飲みかけのショットグラスを遠ざけようと伸びてきた。

 わたしはその手を掴んだ。


 「キャッ!?」

 「おう、色っぽい声がでるじゃねぇか、姉ちゃんよぉ。」


 わたしは伊織ちゃんの白い手の甲をそっと指先で触れた。


 「いい加減にしておけよ。ダチだと思ってりゃ、付け上がりやがって。」


 目に笑みを浮かべ、口がぱっくりと割れ、ドスを効かせたオス声で凄む伊織ちゃんに酔いが一気に醒めた。

 慌てて手を引っ込めたが、代わりに両方の目から涙が出てきた。


 「いおりん。」

 「んもー めんどくさい子ねぇ。」

 「エステに行ったら人肌恋しくなった〜 」

 「エステで発情すんじゃない。」

 「違う。他人(ひと)からやさしく触れられるなんて久しぶりだったんだもん。さみしかったんだよ。」 

 「寺田さんに手でも握ってもらっていればいいじゃないの。」

 「男はい〜や〜な〜の〜。女がいいの〜。」

 

 ばったりとテーブルに伏せたわたしはそのまま酔いに負けて意識を手放した。

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