第21話 誤解?によるストップ安 解釈はテキストに優先する
シャワーを浴びて、寝不足の頭がスッキリしたわたしは、朝にタイマーを仕掛けておいて、先ほど洗い終わった洗濯物を部屋で干していた。
すると珍しく早めに寺田さんが帰ってきた。
部屋のドアは湿気を逃がすために開けているので彼の足音がする。
部屋の前で、ブラウンのテーラードスーツに明るいブルーのシャツ姿の寺田さんがわたしに声を掛けた。
「吉屋さん? 」
「なんだ、随分と早く帰ってきたな。」
「ええ。昨日はあれだけ遅かったですから、今日の勤務は短縮です。」
「その割にきちんといたな。そういうのは午後から出勤とか、午前だけと違うのか? 」
「ええ、午前中はタイムカードを押していませんでしたよ。ただ単に片付けに行っていただけです。」
「社畜な発想だな、おい。あっ、そうだ。まつりちゃんに荷物を運ぶの手伝ってもらったんだ。廊下にあるやつ。これ、寺田さんの関係者だろ。」
「ええ。そうですね。実家からですよ。」
「悪いけど、手伝ってもらったお礼にまつりちゃんにおすそ分けしてもらっていいか? 」
「ああ、そうですね。わかりましたよ。」
「こんな格好だし、悪いけど寺田さんにお願いしていいか? 」
洗濯物を干し終えて部屋から出た。
わたしはまだ入浴後で体が熱いので、ルームウェアの黒のジョーゼット シフォンのミニワンピース姿だ。薄い生地だから過ごしやすいが、流石に外に出る格好じゃないし、着替えるのも面倒だ。
わたしの顔を見つめていた寺田さんは頷いた。
「ああ…… そうですね。いま行ってきますね。」
「すまぬ。その間に夕飯の準備しとくわ。」
「はい。」
寺田さんがまつりちゃんのところに向かっている間に夕食の準備をすることにしよう。
カレーはまだ残っていて、冷蔵庫に入っている。これはわたしの夕食にすることにして、寺田さんにはトキシラズの塩焼きと大根おろし、あとは茹でたアスパラだ。
塩を振っておいたトキシラズの身は柔らかいからフライパンに魚焼き用ホイルを敷いてそっと載せた。
大さじ一杯くらいの料理酒を振りかけて蓋をすると蒸し焼きになり、片面の火でも中まで過熱しやすくなるし、ふっくらと焼ける。
アスパラはお湯に塩をパラリと入れてから、根元からゆっくりと入れてゆく。
塩を多めに入れるレシピもあるが、旬のものは甘みを大事にしたい派なのだ。
さっと茹で上がったら、熱いまま包丁で食べやすいように切りそろえて、皿にならべる。
寺田さんの夕食ができたところで自分の番だ。
カレーはもう加熱すると水分が抜けて味が濃くなってしまうのでレンチンですませた。
遅いと思ってら、やっと寺田さんが戻ってきた。
何やら微妙な顔つきだ。
「吉屋さん。」
「どうした? 飯できたぞ。」
「コンシェルジュの彼女に変なことを言わないでください。」
「あぁ? 」
寺田さんはスーツのジャケットをソファに投げ捨てて、ネクタイを乱暴に緩めた。
そして着替えずにわたしにまつりちゃんから言われた内容を話しはじめた。
おおむねわたしが話した内容と変わらなかった。
「眠かったので、あんまり頭が働いていなかったがまずかったか? 」
「事実は事実ですけど、彼女にやんわりと説教されましたよ。同棲しはじめた彼女をほっぽり出して午前様ですかとか、起きてきてわたしの健康を気遣う吉屋さんマジ良妻、マジ若妻とか、それでもフォローは合格点とか。」
「おい、ちゃんと誤解は正しただろうな。」
「解釈違いとはいえ、事実は事実ですから、どうやって誤解を解くか悩みましたよ。」
「で、解けたんだろうな? 」
「さあね。あとは自分で確かめてください。」
寺田さんはそう言い捨てて、自室に着替えに向かった。
空腹だったようで、先に食事をすませた寺田さんはそれから入浴して、またグラスに酒を注いだ。今回はわたしも原因の一端を担っているので、あまり強くはいえない。
「……」
「す、すまん。できるだけ早く出てゆくことができるように頑張るからさ。」
「……出てゆかれたら、それはそれで色々と言われそうで怖い。」
「申し訳ない。」
もう完全にストップ安だ。わたしへの心証にサーキットブレーカー制度なんてあるはずない。
どうやって汚名を挽回したらいいのか、頭を悩ませたが思い浮かばなかった。
ここで友人の知恵だと思い、こういうことには長けている伊織ちゃんにメッセージを飛ばすと汚名は挽回するものではなくて返上するものだと笑われた。
「ねえ、寺田さん。」
「なんですか? 」
「汚名を挽回するって違うのか? 」
寺田さんはしばらく考えているようだったが、うろ覚えで悪いがと前置きして話しはじめた。
「違うと言われているようですが、それでも正しい使い方だと国語学者の方がおっしゃられているようですね。」
「そうなん? 」
「挽回は元の状態に戻すという意味ですから、汚名を受ける前の状態に戻すという意味になるようですね。」
「じゃあ伊織ちゃんが間違いだってことか。」
「間違いだと言いはじめたのも日本語の専門家らしいので、どっちがどうとは言い切れないのかもしれませんね。急にどうしたんですか? 」
「いや、伊織ちゃんにボクがばかであるという汚名を挽回するにはどうしたらいいのかと尋ねたら、まずは日本語をしっかり使えるようにしろと怒られた。」
鼻で笑われた。
「なんだよ。」
「吉屋さんのことを別にバカにはしていませんよ。ただちょっと、そうだな、迷惑だなとしか思っていません。」
「おい。喧嘩売ってんのか? 」
「それも含めて、楽しい刺激的な毎日だと思っていますよ。吉屋さんがいらっしゃってからひと月ほどになりますが、これほど私生活で感情が動かされる経験は久しぶりですね。」
「やっぱり喧嘩売ってんじゃねぇか。」
凄んではみたものの、なんとも言えぬ笑顔を浮かべた寺田さんがわたしのことをけなしているのではないことがわかるだけに、如何ともしがたい。
「ぐぬぬ。」
「どうしたんですか? 」
「とりあえず寺田さんの話を返す。調子に乗った伊織ちゃんの鼻をへこましてやる。」
「鼻っ柱は折るものでしょう。へこますのはお腹だけで十分です。」
スマホから顔を上げて、彼の顔を見つめたわたしの顔に気がついたらしく、向かいの席からそっとソファに移動していった。
ちなみに伊織ちゃんからはぐぬぬのコラ画像とともにわたしに負けたんじゃなく寺田さんに負けただけだという悔し紛れのツンデレをいただいた。
鼻息を鳴らすわたしに寺田さんは目を見開いていた。
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