第19話 夏野菜カレーでお友達夫夫をお招き

 そういえば、寺田さんの家族関係の連絡がまったくない。

 唐突に気がついてしまった。


 友人関係は社畜時代にまっさらになってしまったと自分で言っていたので、それはわかっていた。 

 だが、家族関係はどうなんだろうなぁ?

 わたしの場合と違って、揉める要素などないだろう。まあ、いつまでも独身というのは何か理由があるのだろうけど。


 「おっと。親しいとはいえ、男の事情に深入りするほど暇じゃないぜ。」


 独り言を呟きながら、ネットに入れた洗濯物の乾燥が終わり、服を置いている部屋のハンガースタンドに干していた。

 部屋に湿気がこもらないように窓と扉を開けて、風を通した。


 そろそろ夏物に入れ替える必要があるなと考えながら、スマホをチェックしていると中原くんたちの都合の良い日の返事が来ていた。 




 弟の時とは違って、時間に余裕があるので、彼らを迎える準備は楽だった。

 伊織ちゃんの運転で来るとのことなので、まずは来客用の駐車場を教えておいた。

 お酒が飲めないお客さんのために夕食はどうしようかと思ったが、カレーが一番という結論に至った。

 トマト、玉ねぎ、ナス、ズッキーニ、人参と夏野菜をふんだんに刻んで、いつものように無加水で作ることにした。

 肉は寺田さんのたっての希望で豚バラスライスである。ひき肉も美味しいよとは教えたが、豚バラカレーが彼の中で刷り込みされてしまったみたいだ。


 トッピングというわけでもないが、オクラとアスパラは素揚げして後乗せにする。


 副菜として、スーパーのお惣菜でローストビーフのサラダとお菓子屋さんでいちごのゼリーを購入してきた。


 お招きの準備が整った。


 一息ついてキッチンの小さな時計を見るとデジタル表記のカレンダーに目が行った。


 「もうそろそろ一月経つのか。早い、ような気がする。」


 ため息一つまろび出て、自然と背が丸まってしまう。

 あれから電話どころか、メールやメッセージの一つも送っていない。

 彼女の方は、まあ、忙しい人だから多分暇がないのだろうと思っている。

 そう考えて自分を納得させている。


 電話の音が部屋に鳴り響いた。


 「うぉわ!! 」


 心臓が飛び出しそうなほどびっくりして電話を見つめると、留守電のメッセージが流れ、寺田さんの声が聞こえた。


 「申し訳ありませんが、少しトラブルがありまして、遅くなります。お友達には……」

 「もしもし?」

 「あっ!? 出なくても……」

 

 急に声をひそめた寺田さんの向こうでは人の声が聞こえていた。


 「オフィスにいるの? 」

 「ええ、まあ。すみませんがどのくらい遅くなるか、予想がつきにくいです。」

 「わかった。勝手にやってるから。」

 「すみません。では。」


 電話が切られた。わたしは受話器を置いて、寺田さんをちょっと驚かすことができたことに喜んだ。



 中原くんと伊織ちゃんもすこし遅れて到着した。


 「ごめんなさいね。道を間違えちゃったわ。」

 「ううん。わたしのナビが悪かったの。しほくんはわたしの指示で運転してただけだから。」

 「相変わらずの仲の良さで。滅んじまえ、このやろうども。」


 玄関先で惚気を見せつけられて罵倒したが、「あらん。」と二人して体をくねらせて照れられた。

 

 「ともかくどうぞ。あぁんと、寺田さんなんだけど、急な仕事のトラブルがあったらしくって、いつ帰宅できるかわからないってさっき電話があった。すまんな。」

 「残念ね。」

 「仕方がないわね。お邪魔します。」


 二人を部屋のなかへと招き入れた。

 弟が頑強に遠慮したリビングのソファに二人とも遠慮なく腰を下ろした。

 二人の様子を見ながら冷たい麦茶を出して、わたしは向かいの床にクッションを敷いて腰を下ろした。

 いつものテーラードスーツではなく、黒のデニムパンツに胸元を大きく開けた黒いシャツを袖捲りしてリラックスしている中原くんのとなりで、パニエの膨らみをいつもよりおとなしくした若妻風ゴシックロリータという意味不明の伊織ちゃんが部屋を見回していた。 

 

 「大したものね。」

 「だろうね。でも、借りてんじゃないかな? 」

 「親戚がオーナーって、ユリちゃんが話していたわね。」

 「うん。でも社畜だから金の使いどころがないみたいだ。配送の会社ってそんなに儲かるのかね? 」

 「配送の会社に勤めてるの? 」

 

 わたしは伊織ちゃんの質問に弟と寺田さんが話していた会社名をいうと二人に呆れられた。どうやら配送の会社ではないらしい。


 「そういえばラジオでどこかの海峡でなんやかんやってニュースが流れていたわね。そりゃ大変な訳ね。」

 「そうなんだ。」

 「のんきなものね。」

 「まるっきりの上級国民ね。」

 「ん〜? ただの酒飲みで顔がいいおっさんだぞ。あとちょっとヘン。」

 「ユリちゃんの方が偉そうね。」

 「ルームシェア内ではわたしの方が上級だぞ。ほおって置いたら酒ばっかりのんでるからな。朝と昼もろくに食っていないようだし、弁当でも作ってやるかといったら堀を埋める気かと断られた。」

 「どうやらユリちゃんは自分で自分を追い込むのが好きみたいね。」

 「仲良く暮らしているみたいで何よりね。」


 色々と解せぬ。

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