第13話 カレーは家庭を思い起こさせるよね。
時計が十四時を回った。
中原くんは伊織ちゃんとの待ち合わせもあるので帰宅した。
帰りしな、四人でご飯でも食べましょうとお誘いを受けたが、この濃すぎるメンバーで寺田さんは了解してくれるかな。
夕食のお買い物にと思い、表に出ることにした。
近所なので適当な服装でもいいやと思ったが、先ほどまでの服装はホコリや汚れが付いていたので、部屋の洗濯カゴに突っ込んだ。
グラデーションのマキシスカートにカットソーでお買い物用の麻のバッグを肩にかけてサンダルばきで出掛けた。
エレベーターで一階に降りて、エントランスフロアにコンシェルジュがいたので、こちらから挨拶をした。
マンション・コンシェルジュなんかはじめて見たが、マンションの管理関係から宅配便やクリーニングなどの荷物、伝言や郵便物の受け取りなどをするらしい。
入っている戸数も少ないので暇なのかと思っていたが、先ほどのコンシェルジュのまつりちゃんとの立ち話で知ったが、これが結構忙しいらしい。
時間帯で暇な時もあるらしいが、そういう時間帯はおじいちゃんのコンシェルジュさんが受け持ち、まつりちゃんのような若い人は荷物の受け渡しなどの早番、遅番を受け持たされると語っていた。
女にしては背の高いまつりちゃんはマンションのオーナーに直接雇われているそうだ。
外国人家族もいるので、英語の勉強にもなるし、朝晩の時間帯でそれほど拘束時間は長くないけど、その割にお給料がいいので貯金に励んで、いずれは自分のお店を持つのが夢なんだとか。
これだけまつりちゃんと仲良くなれば、ワンチャンあるかと考えるところかもしれないが、まだなんとなく彼女のことをひきずっているためにそんな気にならない。
とりあえず候補枠に入れているだけで満足していた。
商店街に出るととりあえず八百屋さんに顔を出した。出はじめたアスパラやソラマメを横目にカレーライスにしようと思いつき、人参とジャガイモ、玉葱にニンニクを買った。
続いて肉屋で豚バラを買い、最後にスーパーでルーとお惣菜のサラダを買って帰宅することにした。
「いつか食器を変えたいな。白もいいんだけど、こればっかりじゃ病院みたいだぞ。」
呟きながら水気を切った食器をしまい、ピーラーを片手に野菜の皮を剥きはじめた。
人参に玉ねぎとみじん切りにした後、鍋の中にカットトマトの缶詰の中身、ウスターソースや調理用のワイン、隠し味的にケチャップや醤油、モルトビネガーを少し落として、切り刻んだたくさんの野菜を入れ、その上に豚バラ肉をくっつかないようにジャガイモを間に挟みつつ二段にして並べて、蓋をしてから弱火にかけた。
焦げ付かないように鍋に張り付いているとガラスの鍋の蓋が水蒸気で真っ白になった。
かすかにグツグツという音がして、蓋を開けると具材がひたひたになるまで水気が上がっていた。
ここでシリコンのヘラ、スパチュラとかいう生意気な名前がついてるが、お前なんかヘラで十分だ。ともかくそのヘラで具材を鍋の底からかき回す。
火の加減が間違えて焦げ付いていないことに薄い胸をなでおろして、また蓋を閉じて、味が染みるのを待つ。
こんな手間のかかるようなことをしているから、ほかの物を作る気がしない。だからお惣菜のサラダにしたのだ。
カレーが出来上がり、炊飯のタイマーをかけてからシャワーを浴びて、仕事帰りに購入したルームウェアに着替えた。
パフスリーブでクリーム色のワンピースだが、見ようによっちゃベビードールっぽいので、下にかぼちゃ型のショートパンツを履いている。
ミネラルウォーターで喉の渇きを癒しながら、雑誌をめくっていると寺田さんが帰ってきた。
「ただいま。」
「……今日はカレーだぞ。早く食べたい。」
おかえりと言いそうになって、なんとなく気恥ずかしくてごまかした。
寺田さんはわかりましたと答えて、浴室へと向かった。
夕食の準備をしている間に風呂上がりの寺田さんが戻ってきた。
ダイニングに置かれたカレーライスをスプーンでひとすくいして口に運んだ寺田さんは目を細めた。
「豚肉なんですね。」
「なんだ、いやか?」
「いいえ。おいしいですよ。カレーの牛肉は固い印象がありますし、鳥肉だとほぐれて無くなってしまうし、どうしたものかと思ってました。」
なるほど、何度か作ったことがあったらしい。
「ボクは無加水で野菜の水分で煮込むから、焦げ付かないように豚のバラ肉を使うんだ。バラ肉は脂身が多くて甘味や旨味も出るし、スライスだから煮込んでも気にならないだろう。」
「なるほどね。ちょっとしたことでも気遣いがあるんだ。」
「だろう。」
「ええ、吉屋さんらしくない繊細さですよね。」
「お前、食べおえたら覚えてろよ。」
「その前におかわりをいただきます。」
笑顔で空の皿を差し出した寺田さんにわたしは怒鳴った。
「自分で持ってこい!」
部屋がカレー臭で染まったあと、寺田さんはソファに場所を移して日本製のウィスキーをロックで舐めていた。
夕食の味が強いので、それに負けないようなものをチョイスしたらしい。
「友達に運んでもらった。そしてその場でバレた。」
「早かったですね。」
想定していたのか、寺田さんは驚きもしなかった。
「寺田さんちに入って、インテリアの趣味ですぐ気がついたらしい。」
「ああ、なるほど。で、どうでしたか?」
「むかしからやりとりを知っている子だから、すぐに納得してくれた。その子とその子の彼と四人で夕食でもしないかと誘われた。」
「……吉屋さんは構わないんですか?」
わたしは愛用の湯呑みを両手で持って、天井を眺めながら少し考えていた。
「いいよ。もうしばらくこの状況は続きそうだし、味方は多いほうがよさそうだ。」
「でしょうね。友人にも言えないだなんて、ちょっとまずいですよ。とは言え、続くんですか?」
「う〜ん。その子からもどうしてボクが元カノに別れ話を切り出されたのか、その理由がわからないと自立なんてできないと言われた。
あともらってきた家具もそうなんだけど、揃えるのに時間がかかるよと言われた。」
「理由はなんとなくわかりますね。……まずはコンシェルジュの彼女にわたしたちの関係をどう取り繕うか、考えたほうがよさそうだ。」
諦めたような寺田さんの言葉にわたしは引っかかった。
「えっ? まつりちゃんがどうしたの?」
「吉屋さんのことをわたしの恋人か何かと思っていますよ、彼女。」
「ウッソー!? 」
「そりゃそうでしょうが。考えればわかりますよ。」
「えっ、マジで嫌なんだけど。どうしよう。」
「彼女はわたしの親戚の会社で雇われていますから、親戚ということはできませんよ。」
「詰んでんじゃん。」
「そうですよ。まさか、こんなすぐにこのマンションの人と交流を深めるとは思ってませんでしたよ。」
「どうすんの?」
「ごく親しい友人ということで説明しますね。」
「嘘ではないけど、誤解を招きやすいな。」
「もう綻びだらけですよ。それはそれとして、友人の方々はどのような人たちですか?」
「こんなの。」
わたしは寺田さんにスマホに入っている二人の画像を見せると寺田さんは息を飲んだ。
ちなみに選んだ画像は豪奢な一人がけのソファに腰をおろしたバリバリのゴシックロリータで猫耳ウィッグ姿の伊織ちゃんの膝の上に乗るツィードのテーラードスーツ姿のワイルドメン、中原くんだ。
寺田さんはグラスを傾けすぎたのか、少しむせた。
「男性の友人がいたんですね。驚きですよ。」
「こっちはオネエ。こっちは男の娘。すごく仲良しだぞ。」
「……いいことだ。」
「だろう。どう?」
「うちに呼ばれるのですか? それでもいいですよ。」
「じゃあ、セッティングしてみる。」
わたしはその場で中原くんたちにメッセージを書いた。
「とりあえず、メッセージを送った。」
「わかりました。決まりましたら教えてください。」
わたしは頷くと立ち上がって、ソファ越しに彼の左肩にあごがのるくらいに顔を寄せた。
不思議そうな表情の寺田さんはわたしを見上げた。
「カレー臭。」
「おい、こら吉屋、ふざけんな。」
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