第11話 ピンクのサニトラ

 タダでもらったチェストに関しては、寺田さんがいない時間に中原くんと運ぶことにした。


 宅配便を使うためには梱包が必要で、相手先が嫌がったらしい。

 もらう立場なので強いことも言えない。ということで伊織ちゃんの自動車で運ぶことになった。 

 待ち合わせ場所に選んだJR駅に到着すると中原くんと伊織ちゃん所有のトラックが待っていた。 

 インテリアや雑貨が趣味な伊織ちゃんは自分でも仕入れた家具などを運べるようにとサニトラという昔の小さなトラックを愛車にしていた。

 

 「おはよ。」

 「おはよう。今日は悪いね。」

 

 いつものようにスーツではなく、タイトなジーンズに筋肉をアピールするようなぴったりしたTシャツ姿の中原くんにわたしは虎◯の羊羹を一本進呈した。


 「なぁに? 一トラヤなの。」

 「まあボクたちの仲だし。あと、向こうでお昼をごちそうするから。」


 わたしは彼の背中を叩いた。

 シャーベットピンクの明るい塗装のサニトラの助手席に座った。続いて大きな体を運転席に押し込んだ中原くんは赤羽に向かった。

 四十分ほどのドライブでついた先は住宅街にある小さなカフェだった。


 「こんにちは〜」


 まだ準備中の札がかかった扉をあけて、中原くんが先立って中に入ってくれた。

 カフェの店内はアジアン風のしっとりとした内装で艶やかな黒髪をシニョンにしたエプロン姿の女性がテーブルを拭いていた。


 「あら中原くん。おはよう。そちらは……」


 女がわたしに目を移した。

 ほっそりと面長な顔はわたしよりも年上のしっとりとした雰囲気で、美人とは言い切れないけど、道ですれ違ったら100%の確率で目を惹かれる女だ。


 「……女の子だわ。びっくり。」

 「はじめまして。吉屋百合子と言います。この度はありがとう。」

 「はじめまして。この店のオーナーをしているたまこよ。あら、あなただったのね。大丈夫かしら?」


 「なにが? ですか。」

 「べつに普段通りでいいわ。ええっとね。あれを見てもらうとわかるかしら。」


 たまこさんが指差した先にあったのは、わたしがもらう予定のチェストがあった。濃い茶の一枚板でできたそれは見るからにずっしりとしていた。

 わたしはそばに歩み寄りぐるぐる回りながら観察をはじめた。

 紫檀(シタン)と言うのだろうか、紫がかったような褐色の気品ある色合いに中華風のような洋風のような不思議なデザインが魅力的だった。


 「彼女おもしろいわね。どういう仲なの? 」

 「あら、友だちなのよ。かわいいわよね。」

 「そうね。めずらしいわね、中原くんが女の子を連れてくるなんて。」


 なにかわたしのことを言っているようだが、気にしないで中原くんを手で呼びつけた。


 「なぁに? 」

 「うん。大丈夫そうだな。」


 中原くんの上腕二頭筋をモミモミした。


 「中原くんが持ってゆきます。大丈夫だな、中原くん。」

 「イエスサー。」


 わたしたちのところにやってきたたまこさんが心配そうに中原くんを見上げた。


 「無理しちゃってない? これを運んできたときも二人掛かりで大変そうだったわよ。」

 「まあ、いろいろと手は考えてきたから。それより本当にいいんだ。このお店の雰囲気にも合ってるし、いいものだよね。」

 「うん、まあね。実はお店の改装工事で置く場所が無くなったのよ。だから欲しい人にあげたいなあって思ったのよ。」

 「そうなんだ。ありがとう。じゃあ、運ぶことにしたいんだけど、ちょっと店の物を動かしてもいい?」

 「ええ、構わないわよ。」


 わたしはその言葉を受けて、中原くんと一緒にチェストが最短コースで入り口に出られるように道を広げた。

 そしてサニトラに戻って伊織ちゃん直伝のものを取りに行った。


 「毛布? それをどうするの?」

 「こうするんだよ。中原くん、頼むわ。」

 「あら〜! よっこいしょういち!!」


 中原くんはチェストの端に両手の指をかけるとくだらない気合いとともに傾けた。

 わたしはその隙間に毛布を詰め込んだ。


 「伊織ちゃん直伝の重たい家具の運搬法だよ。」

 「へぇ〜 伊織くんかぁ。プロだものねぇ。賢いね。」

 「たまこさん、伊織ちゃんも知ってんだ。でも伊織ちゃんはくん呼びだと怒るよ。」

 「いいのよ。わたし、あの子のおばさんだもの。」

 「えっ!?」


 微笑むたまこさんの顔を見つめても、あんまり似ているようには思えない。


 「伊織くんのあのメイクと面白いメガネを外すと似てるのよ。実の母親よりそっくりって言われるわよ。」

 「はぁ〜 そうなんだ。」

 「でこれからどうするの。」


 頷いた中原くんとわたしは毛布をつかんで滑らせるように動かした。


 「あらあら、軽く動くのね。びっくりだわ。」

 「実際にしてみるとびっくりだね。」


 わたしも驚きながら動かしてゆく。

 中原くんは床の段差を追加の毛布で埋めながらチェストを表に出した。


 「さてと、ここからだ。」


 わたしたちの目の前にはサニトラの荷台があった。ざっくりと五十cmくらいの高さがある荷台までどうするか。

 まずわたしは荷台に登り、毛布を荷台の端に垂らして金属部分を隠した。

 そしてチェストにも毛布をかけて、中原くんがロープを回してくくりつけた。


 「さっきの変なかけ声はやめろよ。力が抜けっからな。」

 「わかったわよ。そ〜れ、よいしょっと。」


 わたしがチェストの一番上に手をかけて傾けると中原くんが腰を入れてそれを持ち上げる。わたしもロープに手を移して引っ張る。

 ゆっくりと滑るようにチェストが荷台の上に横倒しになって上がった。


 「はぁ〜 なんとかなるものなのね。」

 「しんどい。マジしんどい。」

 「ユリちゃんは細いものねぇ。」


 まだまだ余裕がある様子の中原くんは荷台のふたを閉じてロープで固定をしていた。


 「ありがとうございました。」

 「いいえ。大事にしてくださいね。」

 「はい。あっ、あの、ちょっと待っててください。」


 わたしはサニトラの前に回って、ドアを開いて持ってきた虎◯の羊羹三本セットをたまこさんに手渡した。


 「お礼です。」

 「あら、いいのに。ありがとう。」

 「あら、三トラヤなのね。」

 「なぁにそれ?」

 「ユリちゃんの感謝の度合いよ。」

 「余計なこと言うなよ。ほんとは全然足りないと思いますけど、ほんの気持ちです。」

 「いいのよ。伊織くんのお友達でいてくれる方がわたしには嬉しいわ。」

 「ボクの方こそ、伊織ちゃんたちにはよくしてもらってます。」


 二人で何度も頭を下げあって、また店内のレイアウトをもどしたわたし達はお店を出ることにした。

 別れしな、たまこさんは再度わたしを上から下まで観察した。

 今日は動くからと思って、お尻が隠れるくらいに大きなパーカーにスキニーのストレッチデニムというラフな格好だ。  


 「もしやとは思うけど、本当に女の子よね。伊織くんと同じ生き物とは違うわよね。」

 「見てわかれよ! あと、自分の甥っ子をヒゲジジィの番組に出るようなおもしろ生き物扱いするのはやめろよ!」

 「誰もそこまで言ってないわよ。」


 中原くんに突っ込まれた。

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