第10話 苦い人生と甘いフレンチトースト

 あれから数日経って、仕事が休みの日になった。


 インディさんのお店は日曜日はお休みなのである。

 銀座といえば土日も賑わっている印象もあるけど、数寄屋橋周辺のデパートなんかがあるあたりはそうだけど、オフィス街は閑散としたもんらしい。

 お店は予約制でOLさんや夜のお勤めさんたちが主な客層なんで、日曜日はお休みの方がいいとインディさんが主張して、お休みなのである。

 で、寺田さんの家でのんびりと服を片付けていると弟から電話がやってきた。


 「ねえちゃん、仕事か?」

 「休みだ。どうした?」

 「母さんに言ったぞ。」

 「おっ!?」


 わたしは手にしていた服を置いて、届いたばかりの足つきマットレスの上に座った。


 「どうだった?」

 「泣いとった。あとねえちゃんを引き取ってくれた人に是非ともご挨拶したいと言っとった。どうすんねん。」

 「どうって……寺田さんっていうんだけど、その前にボクが一度家に戻れと言われた。」

 「まあ筋やなぁ。」

 「まだメンタルが戻ってない。今はちょっと無理。あとお前、そのエセ関西弁京都風味はやめろや。」

 「仕方ないやろ。大学が京都にあって、そっちに行っとったんだから。」

 「そうだった。でもそんなに染まってなかっただろ。」

 「彼女も関西人なんだよ。」

 「お前が染まってどうする。」

 「ええやない。それでどうするんだよ。」

 「んん〜 どうしよう? お前だけ来るんだったらいい。お母さんまでだったらちょっと色々と段取りを考えなくちゃいけない。」

 「なに? なにが問題なんだよ。」

 

 深いため息が漏れて横倒しになった。やっぱり説明しないとダメな流れになってしまった。


 「寺田さんね、実はわたしも知らなかったんだけど、男の人だったの。」

 

 いちおう真剣なことが伝わるようにむかしの言葉遣いに戻して弟に告白した。

 電話の向こうで息を飲む音が聞こえた。弟、マジで驚いとるようだな。


 「えっ? なにそれ。」

 「だよね。ほんと。彼女と別れることになって、家を出ることになったのを相談して、まあ、ちょっとの間でも置いてくれたらいいなぁと思っていたんだ。寺田さんのほうはしばらく悩んでいたらしいけど、結局オーケーを出してくれて、あってびっくり。」

 「えっと、寺田さんはねえちゃんのことを知った上で住むのオーケーしたの?」

 「寺田さんは寺田さんで、わたしのことを大学生くらいのそっち界隈の男だと思っていたらしい。」 

 「なにそれ。で、大丈夫なの?」

 「うん。マジでイケメンなんだけど、驚くほどオスくさくない。わたしの方が失礼ばっかしてる。」

 「聞きたないわ。そんなの。謝罪案件やないか。」

 「うん。土下座を何回したことか。」

 「アホ〜。」


 電話の向こうから聞こえる気の抜けた弟の罵倒は心底わたしに対して呆れているようだった。


 「わかっとる。来る時は虎◯の羊羹を持ってきて。」

 「ねえちゃんの◯屋推しはまだ変わらんようだな。」

 「うん。」

 「話がずれまくっとるけど、それは……まずいな。母さんがまるっと誤解するわ。」

 「そう思って困ってる。寺田さんも困ってる。」

 「なんでなん。」

 「寺田さんも独身だから。どうも見合いらしきものも断っていたみたいなところに、親戚がオーナーのマンションに女とルームシェアしてんだから、バレるとえらいことになるらしい。」

 「それ、ルームシェア言わんわ。ほぼほぼ同棲やん。」

 「お互いに肉欲も愛欲も獣欲すらもない。」

 「生々しいこと言うな。わかった。相手が忙しいことにして、俺が様子見に来ることにする。」 

 「頼んだ。ほんと頼んだ。」


 深いため息とともに電話が切れた。


 最近はわたしの周りの人たちがため息をつくことが多いなぁ。




 今日の昼ごはんは朝ごはんの後片付けの時に仕込んでおいたフレンチトーストとフルーツにした。彼女がコーヒー好きだったので、ドリップでコーヒーも淹れてあげた。


 「寺田さん。ご飯だぞ。」

 「わかりました。すみません。」


 書斎にしている部屋でお仕事をしていたらしい寺田さんにドア越しに声をかけた。

 すぐにやってきた寺田さんはテーブルの上のプレートを見て「こう来たか。」と呟いた。


 「なに? 」

 「いえ、甘いものをご飯にすると言う発想がなかったので、ちょっと驚きました。」

 「……ボク、知らんうちに女子力が漏れてたん?」

 「急に関西弁を使ってどうしたんですか。あと最近、一時期より女子力という言葉を聞かなくなりましたね。」


 寺田さんはそう言いながらテーブルの席に着いて、まずコーヒーを口に運んだ。


 「なんでも女子力になってゲシュタルト崩壊っぽくなったからじゃないかな?」

 「おぉ。」

 「いまバカにしたろ?」

 「いえ、コーヒーが美味しくて驚きました。いつも吉屋さんは緑茶ばかりだったので。」

 「彼女がコーヒー派だったんだよ。だから美味しく淹れられるようになったんだ。」

 「そうでしたか。ではいただきます。」

 「どうぞ。」


 寺田さんはフォークとナイフを手に少しずつ切り分けて口に運んでいた。その様子を確認してから、わたしも食べることにした。


 「さっき弟から電話があったんだ。弟、大学は京都の方に行ってたんで、関西弁が出て、それがうつった。」

 「関西弁は感染しやすいですよね。」

 「あれは季節の変わり目に流行る病気か? で、母がご挨拶に来たいと強く言っていたらしい。」

 「それは吉屋さんが困ると想定していたことですねぇ。」

 「うん。だから寺田さんは忙しいことにして、弟がたまたま時間があった体でお礼を言いに来るっていうことでどうだい?」

 「吉屋さんがそれでよろしければ、わたしは結構ですよ。」

 「ありがとう。ありがとう。よろしく頼んだ。」


 真面目な寺田さんは頷いてまたフレンチトーストを口に運んだ。

 よくよく見てるとフレンチトーストを一口食べるごとにコーヒーで口直しをしていた。


 教訓、寺田さんに甘い食事を出すのはやめよう。

 成人病的な意味合いも含めてやめよう。

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