第8話 Girls Lover Girl(おバカ)とLady Boners Killer(オネエ)とTrap Boy(ゴスロリ)もしくは属性多すぎ問題

 午後からも忙しく、インディさんとフル回転でお客さんを捌いていった。


 インディさんはアロマテラピストの資格も持っているので、そっち系のお客さんはお願いして、わたしはひたすらお客さんの身体のバランスを整える方を受け持った。

 午後七時に予約のお客さんが終了して、本日の仕事は終わりとなる。

 使ったタオルやウェアはまとめて袋に突っ込んでおくとレンタル業者が交換に来てくれる。

 新しいタオルやウェア、消毒用のエタノールローションなどの補充とお店の掃除が終わる頃には、インディさんも今日の売り上げの打ち込みとレンタル用品のネット予約が終わり、二人して帰ることにした。

 表に出るとインディさんの旦那が迎えに来ていて、二人を見送ってわたしは晩御飯のことを考えながら、山手線のホームで電車を待っていると、中原くんから食事の誘いがあり、それに乗ることにした。


 日暮里のどこにでもあるような小さな居酒屋で中原くんと原宿あたりにいそうなロリィタ服を身にまとった彼のパートナーが待っていた。

 相変わらず中原くんはLady Boners キラーぶりだが、彼のパートナーは一見十代の女の子のようなまるいメガネをかけた美少女だった。


 「こんばんは。大変だったね。」


 女の声のように聞こえるが、これは中原くんのパートナーのような男の娘くんたちの技術の賜物で本人はメス声などと言っている。


 「やっと落ち着いて来たような、そうでないような。お久しぶりだね、伊織ちゃん。」

 「うん。でもしほくんとはよく会ってるんでしょ?」

 「おっと、嫉妬ムーブか? ボクをダシに使うのはやめろよ。」


 にこりと微笑んだ伊織ちゃんはしほくんこと中原くんの右の手のひらを軽くつねって、店員さんを呼んでわたしの飲み物を頼んでくれた。


 「カンパ〜イ。」


 三人で生ビールのジョッキを飲み干した。

 中原くんが友人たちからいらない家具の写真を集めたと言われ、中原くんのタブレットの画像を眺めながらレバーの串を頬張った。


 「こんだけよくすぐに集まったね。やっぱ中原くんは使えるわ。」

 「もっと褒めてもいいのよ。」

 「さすが! できる腹筋はよくキレてる!! 」


 むふーっと鼻息が荒くなった中原くんの太ももに伊織ちゃんの手が乗せられた。


 「調子に乗らないの。」

 「わかってるわよ。で、この中にユリちゃんの好みのものってありそう? 」

 

 むぅと呻いて指でシュッシュッと写真を送りながらチェックしてゆくと、ある一つの家具が目に留まった。


 「これ、前にベトナムに行った時にホテルで見かけたような気がする。」


 小柄な伊織ちゃんがテーブル越しに覗き込もうとしていたので、彼のお洋服を汚さないようにタブレットをそちらに向けた。


 「あ〜 お目が高いね。オリエンタルテイストのコロニアル風だね。」

 「なにそれ?」

 「う〜んとベトナムのね、中華風(シノワズリ) の影響もありつつ、昔フランスの植民地だったからその影響も受けたっていう感じ。大分前だけど、フランスのベトナム人監督の映画でも見ることができるよ。」


 インテリア雑貨店でこのままの姿で働いている伊織ちゃんは家具のことにとても詳しい。ついでに彼が参考に教えてくれた映画の名前を検索しておいた。あとでレンタルして鑑賞してみよう。

 

 「いいんじゃない? かわいいわよ。」

 「でもユリちゃん、これって揃えるの大変なんだよ。」

 「伊織ちゃんでもそうなのかい?」

 「輸入品だからね。ぽちぽちとゆっくりとだよ。」

 「これはすぐにあげるって言ってたわよ。」

 「ん〜 いいな。」

 「とりあえず、お取置きしてもらいましょ。」


 中原くんが自分のスマホでメールを送っていた。

 そのあとはわたしの愚痴や家族と久しぶりに連絡を取った話を二人に聞いてもらいながらの酒がすすんだ。

 中原くんはビールの後は芋焼酎のストレートに移り、伊織ちゃんはちびちびと酎ハイに口をつけていた。

 フリフリのお洋服でも脇を締めて、優雅に女の子らしく振舞う伊織ちゃんは飲んでも一切声を崩さない。セルフコントロールがすごい。 

 もう条件反射的なレベルで男が魅かれる女らしさを身につけている。

 これが中原くんと二人きりになると見た目の役割、ロールと真逆になるんだから面白い。

 わたしはお酒がそれほど強いわけでもないので、クラッシュアイスで薄めに作ってもらったハイボールを飲みながらひたすら鳥串を食べていた。

 あと、酔って口が軽くなってうっかりと寺田さんのことをバラさないように気をつけていた。

 二人、特に伊織ちゃんは寺田さんのことを知りたがっていたが、わたしの口が重いことを察してくれた中原くんが途中で止めてくれていた。


 二時間ばかり三人で盛り上がったが、中原くんもわたしも明日があるということでここで別れた。

 ふらふらと地図アプリで道を確認しながら歩いていると寺田さんのマンションへと向かう山手線の駅に着いてしまった。

 そのまま、少しづつ覚えてきた道を辿っていると後ろからクラクションが鳴らされた。


 「はぁ!? ちゃんと歩道歩いとるや〜ん!!」


 鼻息荒く振り向くと朝に見送った黒の高級車が停まっていた。

 ヘッドライトが消えると鼻先の二つの歯車の模様が街灯に照らされて銀色の光を反射していた。

 助手席側の窓が下がるとドライバーを覗くことができた。やはり寺田さんが運転していた。


 「寺田さんやんけ。」

 「寺田さんですよ。ご機嫌の様子ですね、吉屋さん。すぐに着きますが乗ってゆく?」

 「あったりまえで〜す。歩き疲れましたでーす。」

 

 勝手にドアを開けて助手席に滑り込んだ。明るいベージュの内装に本革の柔らかいシートはわたし史上、一番座り心地の良い椅子だった。


 「今日は外食だったんですか?」

 「帰る途中に友達がタダでくれる家具を見せると言われたんだ。だから彼とその彼と三人で日暮里の居酒屋に行ってた。」

 「……なるほど、よい出物はあった?」

 「ん〜」


 わたしのスマホに送ってくれたチェストの画像を開いて寺田さんの顔に押し付けようとして、右の手のひらで押し返された。


 「運転中だって。家に帰ったら見せてください。」

 「り。なんでもベトナムのコロニアル風とかいうかわいい感じ。」

 「ああ、いいですね。」

 「あとね、今日のお昼に区役所に行って、思いついて弟に連絡したら、すっごく怒られたんだ。二年以上も連絡なしで何してんだー!!って。お母さんがハゲるほど心配してるって。」

 「そうでしたか。」


 寺田さんは寂しそうな表情で頷いたが、わたしはそれを無視してしゃべくり倒した。


 「そうなの。でも弟、やさしーの。いつも通りに接してくれたの。仕事中だったの。でも上司に許可もらって電話をかけてくれたの。」

 「いい弟さんですね。」

 「ほんとなの。ねえちゃんは弟が就職したことすら知らなかったっていうのにできた弟なの! 今度、寺田さんにお礼を言いに来たいって言われたの。」

 「そんなに気を使うことはありませんよ。」

 「んなこたーねーのっ!! あたしだってすっごく感謝してんの。セクシャリティ抜きでもこんなへんな女を拾ってくれてね、ありがとーなの。」

 「……どういたしまして。うちに弟さんが来るよりも前に吉屋さんがおうちに一度帰られた方がいいですよ。」

 「わーっとる。今度虎◯の羊羹を持ってゆく!! ……まあ、あたしのメンタルがもうちょっとだけ回復してから。」

 「そうですね。」

 「うむ。」

 「ところで吉屋さん。」

 「なんじゃい。」

 「そろそろ降りて家に入りませんか?」


 ん?


 辺りを見回すと薄暗い駐車場に寺田さんの自動車は停まって、すでにエンジンも切っていた。


 「すまぬ。」

 「いいですよ。吉屋さんはそんな人だと思ってます。」


 何気に今日一番のひどい言葉だった。

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