第4話 生活再建とLady Boners Killer
日曜日の朝は花曇りの空だった。
寺田さんに近場の家具を売っている場所を尋ねると、バスでちょっと行ったところのショッピングセンターを紹介してくれた。
大きな建物の駐車場をはさんで、インテリア量販店があったのでプラプラと眺めていたが、そういえば部屋の大きさなどを測ってくることを忘れてしまった。
「やっばぁ。どれ買っていいかわかんないや。」
展示されているものを見るとあれも足りない、これも欲しいとなってしまった。
姿見もないし、アクリルのボックスよりもクローゼットやブックシェルフの方が絶対かっこいいし、自分の部屋用のテーブルもあった方がくつろぐだろうし、なにより人間性がダメになるクッションで泥のようにダメになりたい。
いかんいかん。
彼女に向かっていた欲望が物欲へと刃を向けておる。
深呼吸して、「ベッドだけ。ベッドだけ。……」とつぶやきながら自己暗示をかけて展示されているベッドを見るが、スタンダードタイプだとベッドだけでは済まず、マットレスやら付属品が発生するようだ。
「足がついたマットレスが一番コスパがいいのかなぁ。あとは部屋に入るかどうかだよね。」
スマホの電卓で計算するも足が出そうだ。
腕を組んでぐぬぬとしていると、手にしたスマホが震えた。
別にスマホが日本の経済的不平等に怒りを燃やすわたしに恐れを抱いたわけでもなく、友人からの昼食のお誘いだった。
「あんたたち、絶対上手くゆくと思ってたのにねぇ〜 」
無駄のないキレッキレの筋肉をテーラードスーツで包み、ワイルドに髪を整えた、Lady Boners(意味はネット検索でどうぞ)垂涎のウルトラワイルドイケメン、中原くんが身をくねらせてハンカチで目元を抑えた。
中原くんはオーバーなリアクションでわたしの失恋を嘆いてくれた。
「ん〜。ボクもそう思ったんだけどね。」
「意外と普通だわね。大丈夫?」
「あんまり。でも、生きてかなくちゃいけないし、ベッド買ってこいって言われたし。」
「ベッド? なんで?」
「持ってない。毛布を敷いて寝るって言ったら怒られた。」
「当たり前よ。そんなのも持ってなかったなんて。大丈夫? 腹筋揉む? 」
「揉まん! でも部屋の大きさとか入り口とか全然調べてこなかったから、結局買えずじまいでさ。あしたは遅番だから調べてもう一度買いにゆく。」
「それまで毛布?」
「毛布。」
「ウチがあっためてあげようか?」
バチコーン!!
火花が散ったかと思うほどの華々しいウィンクが周囲を巻き込んだ。
黙ってると野生的な肉体をテーラードスーツという男性をセクシー&インテリジェントに見える危険物で自分の肉体をアピールする中原くんは何かがムンムンだが、オネエであることを知っているし、ガールズラバー な女のわたしにはなにも響かない。
「いらん。いくらあんたとボクが友情で結びついているとしても男は固くて嫌いだ。」
「ウチも寝ぼけてユリちゃんの肋骨を折っちゃいそうでイヤね。」
「コエェ。」
はち切れんばかりに盛り上がった友人の二の腕ならさもありなん。
「で、今のところの家主さんはどうなの?」
「あ〜あ〜あ〜 基本普通の人。ストレートだし、真面目だし、あとは……世話焼きだね。まあそうでなきゃ、ボクみたいなのに軒先を貸そうなんて考えないよ。」
「そりゃそうよ。感謝しなさいよ。ウチだって不出来なユリちゃんがどうもすみませんって虎◯の羊羹を持ってお礼にゆきたいくらいよ。」
「羊羹くいてぇ。……相手はあんまり食に興味がないみたいだ。昨日はスーパーのお惣菜に夜はデリバリーのピザだったし。あと、うん、なんか……やっぱなんでもない。」
「何よぉ。気になるじゃない。なんなのさぁ。言いなさいよぉ。」
「ヘテロなんだろうけど、なんかちょっと不思議な空気なんだよね。」
「ユリちゃんを招き入れるような人がまともなわけないじゃない。」
ニヒルに笑みを浮かべるが、これはただバカにしているだけだ。
周りで騙されている子羊ちゃんがたは残念だったね。
おい、誰だ「ロリと野獣」とつぶやいたやつは。
わたしが野獣なんだぞ。
お前ら女女たち、誰彼女構わず、みんな食っちまうぞ。
まわりに捕食の視線を巡らせるも、どことなく生温い微笑みを返された。
「冗談はともかく、ご飯支度くらいはしてあげてもバチ当たらないわよ。」
「だよな。今日、提案してみよ。あと、できるだけ早く自立して欲しいとも言われた。」
「当たり前ね。」
「とはいえ、家具が何一つ揃っていない状態では時間がかかりそうなんだよ。いらない家具をくれるという奴がいたら、お願いしたい。」
「まあ、それくらいはいいわよ。でもユリちゃんの好みだってあるわよね。」
「う〜ん。それがよくわからない。ぜんぶ彼女任せだったし。」
「中里ちゃんの趣味ねぇ。昭和な感じが好きだったわね。それでいいの?」
「嫌いじゃないけど、それってなんか違う気がする。……ねぇねぇ、彼女から一緒にいるとわた…ボクがダメになるって言われたんだけど、どういう意味なのかな?」
「多分そのまんまよ。」
中原くんは何をいまさらという表情でわたしを見つめた。
「……わかんない。」
「わかるまで自立も無理かもね。中里ちゃんが言ってくれたんなら、それ以上のことをわたしがいう必要はないわよ。ユリちゃんが考えなさい。」
「ボクは頭がわるい。」
「知ってる。でもね。ユリちゃんが家具を揃えようと思って、中里ちゃんの趣味の物で揃えるのは違うって思ったんでしょ。」
「うん。」
「そこまでわかったら、あともうちょっとよ。」
わかったような、わからないような、そんなしょうもないアドバイスを受けて、わたしたちはランチを終えた。
中原くんはこのまま仕事に戻るということで、お店の前で別れることにした。彼は軽めにハグをしてくれた。
まわりの空気を柑橘系とムスクのフェロモンの香りに変えて、中原くんは大股で歩き去った。
散歩しながら小さな商店街を眺めているとしらすと玉ねぎがお買い得だったので、小麦粉と卵、そして念のためにサラダ油とごま油も買って寺田さんのマンションに戻った。
「戻ったよ。」
「おかえりなさい。」
リビングのソファに横になって本を読んでいた寺田さんに声をかけると「おかえりなさい。」といわれた。
まあそうなんだろうけど、一気に複雑な感情が巻き起こった。なんだか泣きそうだった。
「どうしたんですか?」
「いや。それより、かき揚げを作りたいと思ったんだけど。」
「何もありませんよ。」
「いや、食材については分かっているけど、フライパンとかもないの?」
「それは一通りありますね。」
本を床に伏せた寺田さんは素足のままでキッチンにわたしを連れて行った。
確かに一通りブランド物の調理器具が揃えられていたが、新品同様だった。
「うん。まあ、一回洗えばいいか。今日はしらすと玉ねぎのかき揚げだよ。」
「どうしたんですか? それとベッドはどうなりましたか? 」
「ドアとか部屋の大きさがわからなくて迷った。あと、足つきのマットレスだとコスパが良さそうだけど、それでもベッドマットやらなんやらの付属品が多くて足が出そう。」
わたしがため息をつくと寺田さんは首を傾げて考え込んだ。
「そうでしたか。なんなら多少融通しますよ。」
「来月の給料が入れば、大丈夫だけど。」
「でしたらそれまで貸すという事で。で、晩御飯を作るんですか?」
「そう。お世話になるんだし、ボクができることといえば料理くらいだろ。」
「そういえば、ルールを決めようと話していて、何も決めませんでしたね。」
「そうよ。ご飯くらいは作ってやんよ。」
「そこも含めて夕飯を食べながら決めるとしましょう。」
寺田さんは頷いてキッチンから立ち去った。
かき揚げはうまくいった。
が、材料不足で天つゆの用意ができなかった。
パリパリの熱々を塩でかじりながら白飯を頬張るわたしと差し向かいでちびりちびりと墨痕鮮やかな字で龍と書かれた広島の日本酒を冷やでやっている寺田さんはこれからのことを話し合っていた。
「じゃあ、まとめるけど。料理と共用部分の毎日のざっくりとした掃除はボク。休日に念を入れてするのは寺田さんね。
トイレと浴室は週替わりで、使用した後はかけるだけで大丈夫の洗剤スプレーを吹きかけて、さっと洗うこと。そしてボクが指定した日はボクがする。」
「ああ。それでいい。」
お酒が入っても寺田さんの顔は変わらないけど、口調が雑になってきた。
そういえば冷蔵庫はビールが多いし、ワインセラーなるリッチ御用達のなんの意味があるのかわからんもんがあった。
ワインの他にも日本酒専用冷蔵庫なるものまで持っているし、炭酸水を作るという機械まである。
飲み助か。呑んべいなのか。わたしも好きだ。酒が。だが弱い。気をつけよう。
「洗濯はお互いに申請して使う。冷蔵庫にホワイトボードをつけて書けるようにしておくか。家事はそのくらいかな。
あとはお互いの部屋に勝手に入ることは禁止。
出かけるときはテーブルにメモを残しておくこと。
あっ、風呂を使うときもそうね。事故らないように必ずホワイトボードに書いて申告すること。
そんな感じかな。他にある?」
「電話には出なくていい。かかってきても留守電のままにしておいてくれ。食費はわたしが持つけど、自分だけで食べたいときは自分の財布から出してください。
あと勝手に冷蔵庫に入れていいけど分かるようにしてくれ。間違って食べても謝りませんよ。」
「食費もそうだけど、公共料金も寺田さん持ちになるじゃない。ボクとしては多少でも負担してもいいと思ってるんだけど。」
「心苦しく思うのでしたら、自分のために使ってくれないか。」
「なんか申し訳なくなるんですけど。」
「わたしとしてはこんなに美味しい食事ができるだけで十二分に生活の向上が図れました。満足していますよ。」
「ああ、まあ、頑張りますよ。」
「では。よろしくお願いします。」
寺田さんは切子のグラスをわたしは自分の桜柄の湯呑みを持ち上げて乾杯した。
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