第3話 ガールズラバー とおじさんと

 グダグダとしてしまったが、結局のところ、わたしは寺田さんの好意に頼るしかない。


 スマホをポチポチとして調べたが、即入居可などがあった。

 でも、わたしは服や靴はいっぱいあるけど、家具は一切持っていない。収納らしきものといえば、アクリルの衣装ケースと本をしまうための小さなカラーボックスくらいなものだ。

 もともと退職してから家族とも気まずくなって、家出同然ででてきて、彼女に寄生していようなものだから当たり前と言うか、自業自得だ。

 お借りした部屋ははなから使っていなかったようで、空っぽのところにわたしの荷物が詰まった段ボールが積まれていた。

 作り付けのクローゼットもあり、大きな窓の外はこのマンションの庭園を眺めることができた。 

 とても緑の多い和風の庭園はマンションそのものよりも大きな敷地で、建物の三方を取り囲んでいた。残りの面は道路に向かっている。


 「なにこの都内とは思えないほどの余裕ある土地の使い方。タワマン最上階で馬鹿でかいグラスをクルクルしているリッチが浅く見えるわ。」


 窓を開けると緑の香りが癒される。とりあえず失恋とSNS上の友人に裏切られた思いを癒そうと顔を突き出していたら、ドアをノックされた。


 「はい。」


 わたしはドアの隙間から顔だけを出した。

 寺田さんが廊下を挟んで向かいの部屋のドアを開けていた。


 「こちらの部屋も使っていいです。」

 「部屋があまってるんだ。すげー。」

 「一人暮らしには持て余しますね。女性は荷物が多いと聞きますし、どうぞ。」

 「ありがたく使わせてもらうけど、どっちもボクの許可なく出入り禁止だからな。」

 「当たり前だと思ってますよ。ですが、出て行かれた後に損傷などがあれば、賃貸の返却と同様にご負担をお願いすることもありますからそのつもりでいてください。」

 「おい、ボクが汚す前提で話をすんなよ。」

 

 すごんでみせたが、寺田さんはなぜか遠い目を天井の端に向けていた。


 「身近にね、そういう奴がいたんだよ。」

 「おっ?」


 寺田さんの口調が崩れたことにびっくりすると、彼は咳払いをした。


 「ともかく、お願いします。あとベッドやタンスなどの家具が荷物になかったのですが?」

 「持ってない。寝るときは床に毛布を敷いて寝ようと思っていた。」


 わたしの返事に寺田さんの眉がより、また右の手のひらで目を覆った。


 「吉屋さんは自分自身の生活に関してもっと興味を持ったほうがいいと思う。そんなことで体の疲れなんか取れませんよ。

 それにどちらの部屋も布団を収納するスペースはないし、布団を買われても万年床だと布団にキノコだって生えるでしょう。まずはベッドだけでも購入しましょう。なんならわたしが買ってもいいです。」

 「な〜んで!? 出てったら不要になるでしょう!? 」

 「持ってっていいから! 嫌だというなら、吉屋さんがでてった後は来客用に使ってもいいし、お金のことを気にするんなら無利子分割で結構だ!」

 「……お、おう。でも、ちょっと待って。明日か明後日には見にゆくから。」

 

 特大のため息を目の前でつかれたわたしはちょっと切なくなった。


 「……いえ、すみません、感情的になってしまいました。ですが、あまり深入りするつもりはありませんが、やっぱり、ちょっと、ネット上とはいえ、友人の実情を見ると余計なことを言いたくもなってしまいます。」

 「あ〜 そういうこと。あの、こっちこそ、心配かけてごめん。あと、もしさっきのが普通の言葉遣いならそれでいいから。」

 「むかし、男性の荒い言葉遣いは嫌だと言ってませんでしたか?」

 「よくそんな昔のつぶやきごとを覚えていたね。……今でも正直、苦手だけどさっきくらいだったら大丈夫だよ。丁寧語しか受け付けないって、それじゃ社会生活を送ることができないじゃない。」

 「そうですか? そうですね。じゃあ、徐々に素を見せてゆきます。」

 「うん。ダメだと思ったら、ちゃんと言うから。」

 「わかった。」


 寺田さんが引き上げて、スマホを見ると友人たちから連絡があった。

 みな、お前一人で生活できるのかと言う失礼な質問ばかりだったが、さすが我が友人たちはわたしのことをよくご存知であった。

 とりあえず寺田さんが男だった事実を伏せて、年配の知人宅に身を寄せていること。ごく一般人だからしばらくは遊びに来てもらえないことを書いて送信した。


 庭園の池が夕日に染まった頃、寺田さんが再度ノックして、ドア越しに夕食の誘いをして来た。

 本日の夕食は宅配ピザのマルゲリータで生地はクリスピーだった。パン生地が好きなわたしだったが、寺田さんの好意にケチをつけるつもりはなく、美味しくいただいていた。


 「風呂に入りたいなぁ。」

 「結構ですよ。疲れたでしょう。」

 「でも、このセット崩したくないんだよね。彼女の餞別だもん。」

 

 寺田さんは頷いて缶ビールに口をつけた。

 Lサイズを二人で食べきった後にわたしは踏ん切りをつけて、入浴することにした。

 体についた汗やホコリを流し、大きな浴槽にゆったりとつかり、そして一番最後にシャワーを頭から浴びて涙をこぼしながら、ゴシゴシと髪を洗った。

 よくこんなに体から水分が放出されるものだ。

 きっとお風呂の水分を吸収してろ過して放水しているんだ。そうなんだ。

体がしおしおになる前に浴室から出たわたしはタオルで汗を拭った。

 持参のドライヤーで髪を乾かして洗面所から出ると廊下にこれ見よがしにA4サイズのメモが落ちていた。


 「寝室にいるってか。あんまり気を使わなくてもいいのに。」


 まえもって了解を得ていたので、冷蔵庫から缶ビールを一つ持って、寺田さんの寝室の前にゆき、ノックした。


 「お休み。」

 「お休み。」


 ドア越しに聞く声は確かに男のもので、なんでインターホンの時に気がつかなかったのだろうと我ながら不思議だった。

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