第5話
「ボクは、ヴィヴィ。湖の精霊さ」
人払いをしてるとはいえ、突然の来訪者に屋敷の者たちは静かだった。不審に思ったアートが立ち上がろうとした。その瞬間を見計らったようなタイミングで師匠と呼ばれた青年はにっこり目を細めて名乗った。
「自分は、あなた様のことを魔法使いマリオン様とお聞きしたはずですが」
アートは都で聞いた話とは違う情報に、嫌味を隠さず睨みつけながらもつとめて冷静に返した。
「もちろん、嘘に決まってるじゃないか。それに反応をしたのがキミしかいなかったから、あとをつけさせてもらったんだよ? あとキミたち以外のニンゲンは、眠ってもらってるから安心しなよ。ああ、大丈夫。ニンゲンに使っても死にはしない魔法だから」
まるでアートの心読んでいるような喋り方でヴィヴィと名乗ったものは、矢継ぎ早に言う。嘘をついたというのに悪びれずに見目の麗しい青年は、長い髪をひとふさいじりながら相変わらず杖に座りふよふよと浮かんでいた。人を食ったような態度にアートのこめかみに血管が浮かぶ。マリオンは、久しぶりに自分を知る人物に会えて感慨深かった。が、いつものマイペース振りに慌てて助け舟を出した。
「師匠、人間の屋敷に入る時は扉から入るんですよ! あと勝手に入ってもいけないんです!」
斜め上のツッコミに、アートは彼女と青年が同じ人種であると確信する。
「ふむ、ふむ、ふむ。そうなのかい? そう言えばそうだったかもね。でももう入ってしまった場合ニンゲンたちは、どうするんだい?」
「えーと、とりあえず家主さん。つまり一番偉い人に許可を貰うというか。なんというか」
「ああ、それなら。もうニンゲンの一番偉い人。王さまに許可は貰ってるから大丈夫さ!」
「い、いえ。そうでは無くてですね」
マリオンは、精霊と人間の常識が違うことは知っていたのでモゴモゴと考えながら違いを教えようとしたが失敗した。次元の違う会話にアートは、頭が真っ白になって考えを放棄しそうになる。しかし、アートは己を律する為に頬を両の手のひらで叩いて持ち直した。他の二人は驚いてお揃いの金の瞳は、アートの硬い碧眼に注目する。
「自分の名は、アートです。この場ではそうお呼びくださいヴィヴィ様」
「ん、ん、ん。よくわからないけど分かったよ。愛弟子の恩人だからね。ニンゲンを見分けるのは苦手だが善処しよう」
また伝えた言葉の意味が違うが飲み込み、一拍おいてアートがこの場を仕切る。
「で、ヴィヴィ様の用事とはなんでしょうか? 湖の精霊様が、わざわざお越しになると言うことはちゃんと理由があるんですよね」
「もちろん、ちょっと忘れものを取りに来ただけだよ。そうだね。うっかり愛弟子をニンゲン界に追放しちゃったから迎えに来ただけさ」
「師匠、私はうっかり破門されたのですか!?」
「いやあ、ちょっとあの時は色々とタイミングが悪かったんだよ。ごめん、ごめん」
ヴィヴィは、舌をちろりと出しウィンクして諸々の事情を誤魔化した。そのやり取りにアートはまた現実逃避しそうになるが、なんとか持ちこたえる。
「あなた様のうっかりで彼女は死にそうになったのですよ?」
「そうなの? ニンゲンは、大変だね」
「それに彼女は、人間です。物じゃありません」
「知ってるよ? 愛弟子がニンゲンなのは重々承知さ」
何が悪いのか。本当に何も分かってないのだろう。ヴィヴィは、『意味がわからないよ』と首を傾げた。
「ヴィヴィ様は迎えに来たと言ってるが」
お前はどうする。と、アートが最後まで言い切る前にマリオンは立ち上がり美しい精霊と目線を合わせてきっぱりと言い放つ。
「私は、もう師匠の。いえ、ヴィヴィ様の弟子ではありません。それにもう気づいていると思いますが今の私が戻っても他の妖精や精霊がいい顔をしないでしょう。魅力的なお誘いですが、お断りさせていただきます」
「まあ、そう言うだろうと思ってたよ! 流石ボクの愛弟子だ」
断られたのにも関わらずあらかじめ答えを予想していたのか。ヴィヴィは、ショックを受けた様子はなかった。むしろ喜んでいるかのように見える。そのわけは、すぐに分かった。
「いやあ、実はボクもニンゲン界に追放されちゃってね! どこに行こうか考えてたところだったのさ! そう言うことで今日からここに世話になるからよろしく、愛弟子の恩人くん!」
無理やり両手で手を掴まれぶんぶんと振り回されたアートは、予想外の言葉に固まってしまう。
今度は、マリオンが黒い頭を抱える番だった。
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