第3話
その日差しは、朝の散歩には心地よい暖かさであった。
全身黒い簡素なドレスに身を包んだマリオンは、白いシャツにサスペンダーと紺の半ズボンのカイウスとよく手入れされた庭に出た。
朝方まで雨が降っていたのか少しぬかるんでいる。マリオンは、世の貴婦人と違いブーツを履いているので気にならなかった。右手をつないだ先のカイウスの歩幅に合わせてゆっくりと朝の空気を肺に染み込ませる。
庭は、広い。
庭師がいる為、整った木々や季節ごとに違う顔を見せる花々がマリオンの心を落ち着かせてくれる。ちょうど剪定している庭師とかち合った。老いた庭師は、シワの多い顔を包み隠さず歪ませる。
彼の視線の先には、マリオンがいた。そのあからさまな嫌悪にマリオンは、慣れている為少し会釈して苦笑いを浮かべる。
そんなマリオンと庭師の無言のやりとりをカイウスは、見逃さない。
「ねえ、なんでマリ姉と他の大人たちは仲良くしないの?」
それは、家主のアートが連れてきたとはいえ異国風の出自が明らかでない怪しい女だからだ。その言葉は、何度も飲み込んでいる。
それにカイウスが聞きたい事は、そういう意味じゃないとマリオンは知っている。二年も同じ屋敷にいて、最初は難しくても仲良くならないのかとかそういう事だろうと。
「私は、人見知りなんだよ。それで周りの使用人さんと上手くいかないのさ」
実際は、わざと深く関わっていないのだが。
「僕にはそうは見えないけどなあ」
カイウスは、本当のことを語らないマリオンを責めるように頬を膨らませる。初めて会った時は十歳程だったがもう十二歳だ。子供の成長は早いなとマリオンは、心の中でひとりごちた。
庭が広いとはいえ、散歩のコースは短い。
二人は、たわいない天気や朝食の話に話題を変えて屋敷の中に戻った。
いつもマリオンはカイウスと、今日はアートも一緒に朝食をとる。それが反感を買っているのだとわかっていても家主命令なので慣れた所作で食堂を目指す。二人が食堂の扉を開いたら、既に私服に着替えたアートが座っていた。
「二人ともおかえり。カイウス、今日は都の話しをしてやろう」
「ほんと!? マリ姉、都の話だって! 楽しみだね」
「そうだな、今回は誰のどんな武勇伝だ?」
アートは、二人がいつもの席に座ったのを確認してから口を開いた。
「行方知れずだった魔法使いが、帰ってきたらしい」
マリオンは息を飲み込み、驚きを隠す。
「へえ、それは穏やかでないね」
マリオンは、静かに返した。
「本当!? 僕、魔法使いに会ってみたいなあ。魔法ってどんなのだろう。アート兄は会ったことあるんだよね?」
「ああ、その魔法使いに初めて会ったが。長い銀髪と黄色の瞳で、俺と同じくらいの見た目の男だったよ」
「おじいちゃんじゃないんだ? 絵本の魔法使いはみんなおじいちゃんなのに」
アートは、一拍おいて元魔法使いで黒髪になったマリオンをまっすぐ見据えた。
「どうやら妹弟子を探しているらしい」
「なるほどね。粗方想像はついた」
マリオンが肩をすくめるとアートは、マリオンの言葉の真意を目で探る。
「マリ姉も魔法使いに会ったことあるの?」
「ああ、おそらく知り合いだな。どんな目的で探しているかが気になるが」
「アート様、カイウス様。朝食ができました。ご用意してよろしいでしょうか」
朝の情報交換は、メイド長の言葉で終わりを告げた。
その後、カイウスはまだ魔法使いについて知りたそうだったがアートはわざと他の話題に切り替えて三人は朝食を終えた。席を立とうとしたマリオンにアートは目で合図を送る。これから家庭教師の勉強があるカイウスに聞かせたくない話題になるであろうとマリオンは席に座りなおした。
「カイウス様、家庭教師の先生がお見えです」
「えー僕、魔法使いの話もっと聞きたかった!」
「カイウス様」
「わかったよ、じゃあアート兄あとでね。マリ姉も一緒に聞こうね!」
カイウスがメイド長に連れていかれた後、アートは人払いをした。
「さて、お互い聞きたいことがあるんじゃないか?」
まず、アートが口火を開いた。マリオンは、久方ぶりに魔法使いについて口を開く。
「そうだな、情報交換といこう。と言っても私は過去の、本当ことしか話せないがな」
そして、マリオンは過去に思いを馳せた。
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