第4話 強化方針

 魔技教室でのレッスンが、今日から始まる。なんだかんだ期待が高まっていたシオンに、ギルが最初にやることを伝えた。


「じゃあ早速、強化方針を決めていこうか」

「強化方針? なんだそりゃ?」

「はぁ……。そう言うと思ったわ……」


 強化方針というのは魔技に欠かせないものだが、シオンはもちろん知らない。


 こうなるだろうと諦めていたので、ギルは驚きもせず仏の笑顔を浮かべた。懐から手帳を出し、ギルが説明する。


「強化方針ってのは、どんな魔法を覚えるかを予め決めたものだ。一つの魔法を覚えるのに一ヶ月くらいはかかるから、手あたり次第魔法を覚えるわけにもいかないんだよ」


 取り出した手帳を開き、ギルがシオンに見せつける。そこには彼の強化方針が一年分書き込まれており、計画立てて魔法の特訓をしていることが見てとれた。


「ま、予定通りにいかない事の方が多いんすけどね! 特に師匠は成長が頭打ちになってる感あるし」

「お前さりげなく酷いこと言うのやめろ! 結構気にしてんだからそれ!」


 ちょうど休憩中のテンが、暇だったのか説明に割り込んでくる。ナチュラルに失礼な彼女の発言に、ギルが悲鳴を上げた。


「これは何を基準に決めれば良いんだ?」

「基本的には自分の長所を伸ばしたり、短所を減らしたりするための魔法を選ぶっす。場合によっては狙ってる大会のために調整することもあるっすね」

「すげぇ、そこまで考えたりするのか。俺にもできるかな……」

「シオン君、態度の割にホント良い子って感じっすね。なんかめっちゃ可愛いんすけど」


 意外と謙虚なシオンを見て、テンが驚愕と感動が混ざったような絶妙な表情を撃浮かべる。シオンは諸事情あって性格が歪んでしまったが、根本的には純粋無垢な坊ちゃんなのだ。


「安心しろよ、強化方針を決める手伝いはちゃんとしてやるさ。特に、初心者は選択肢が少なくて選びやすいしな」


 言いながら、ギルが先ほど持ってきた魔導書を見せる。魔導書というのは魔法の教科書のようなものだが、これらは特に魔技に特化したものばかりだ。


「強化方針は自分がやりたい競技に合わせて決めるべきだが……。希望の競技はないんだよね?」

「ない」

「じゃあ戦闘系競技用の魔法から覚えようか。近接型と遠隔型、どっちで戦いたい?」

「すまん分からねぇ」

「じゃあ近接型にしよう」


 シオンの方針が決まっていなさ過ぎるため、ギルが独断で決めて異様なスピード感で話が進んでいく。気が付けばシオンは、戦闘系競技の近接型ファイターになっていた。


「まぁ戦闘系競技は魔技の基本だし、近接型も遠隔型に比べれば分かりやすい。他のスタイルになった時も、無駄にはならないだろ。ってことで、ほれ」

「これは?」

「近接型の汎用魔法一覧だ。そのプリントには、覚えるべき魔法が優先度順に書かれてる」


 ギルがシオンに手渡したプリントは、強化方針を決める手助けになるものだ。やはり知らない魔法が多く、シオンは興味津々で目を通す。


・〈正面突破〉……真正面に自分の体を飛ばす魔法。方向調整は出来ないため直線的な動きしか出来ないが、相手との距離を一気に詰めるために使える。

・〈知覚鋭敏化〉……あらゆる知覚を向上させる。特に動体視力の向上によって速い攻撃にも対応しやすくなるので、近接型同士、もしくは格上相手の戦闘に使える。

・〈陣力場〉……魔法陣に周囲のものを引き寄せる引力を付与する。足元で広げた魔法陣に使えば、近くの相手が遠ざかることを阻害しやすくなる。

・〈加重〉……対象の重量を増す。汎用性は高いが、足止めとして使うなら〈陣力場〉の方が優先度高め。

・〈風突〉……空気の流れを利用し、風の盾を作る。移動時、移動速度に応じて防御力を上げることができる。


「ここら辺の魔法に適性がない時は他の魔法で代用するしかないっすけど……。シオン君は色々な魔法を覚えてたし、多分大丈夫っすよ」


 汎用魔法の多さに気押されていたシオンを、テンが励ましてくれる。多少は気が楽になり、シオンはどれを覚えようか考える余裕を取り戻した。


 知らない魔法をこれからいくつも覚えていくのだと思うと、億劫さよりも期待の方が勝るものだ。シオンはいつの間にか、覚える魔法選びを楽しんでいた。


「一つの魔法だけ練習すると効率が悪くなるから、魔法は三つくらい同時に特訓するのが基本だ。ってわけで、明日までに覚えたい魔法と強化したい魔法を合わせて三つ考えておきな」

「あぁ、分かった!」

「んじゃ話続けてても仕方ないし、そろそろ魔法の特訓するか。今のところで良いから、一番特訓したい魔法を選んでくれ」


 こちらの自由にさせてくれる方針に感謝しつつ、シオンは熟考する。その結果、10秒もかからずに一番特訓したい魔法が決まった。


「じゃあ、〈追尾触手ホーミングテンタクル〉で」

「なんすかそれっ!!!」


 シオンが選んだ魔法は、触手プレイ用の魔法だ。もちろんギルが手渡したプリントには載っていない。


 これまでの流れを完全に無視した選択に、テンは今日一番の大声で突っ込んだのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈散氷〉

効果:複数の氷柱を前方に放つ。攻撃範囲が広いため、相手が避けた氷柱と〈座標交換〉するというコンボが決まりやすい。


射程:10メートル

範囲:半径50センチメートルほど

起動時間:7秒

消費:6

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る