第3話 魔法適性

 シオン・エドワーズは感動していた。


 少し緊張しながら魔技教室の扉を開くと、彼の不安を和らげるためなのか少女が股を開いて待っていてくれたからだ。


 こんなにサービスの良い教室があるだろうか? シオンの胸中からは、既に緊張も不安もなくなっていた。ここにいればきっと、女の子の裸が見放題なのだ!


「ええっと、魔技をやりに来たのか。俺がここのコーチ、ギル・ランバートだ。よろしくな」


 ギルがシオンと少女の間に立ち塞がって視界を阻もうとするが、シオンはそれと反対方向に動いて少女を視界に焼き付けようとする。どんなに複雑な機動でギルが動いても、それを上回る奇怪な動作でギルの妨害を振り切った。


 エロのためなら限界さえも越えられる。それが男子中学生という生き物なのだ。


「こいつ、出来るっっ!」


 何故かギルに感心された。


「わ、私、ちょっと着替えてくるっす!」


 そうこうしている内にやっと立ち上がった少女が、下半身を隠しながらいそいそと更衣室らしき場所へと歩いていく。しかし羞恥で足が震えており、なかなか前に進めないようだ。


 そこまで恥を忍んでこのサービスをしてくれたと思うと、シオンの感動は高まるばかりだった。

 バタンと扉が閉まり、ようやくシオンの意識がここのコーチへと向かう。


「お前がここのコーチか。返事が遅れたけどよろしくな」

「いくらなんでも遅れすぎだろ……」


 シオンの口調がやけに偉そうなのは気になったが、下手に指摘して生徒獲得のチャンスを不意にするのも嫌だ。無礼を怒る代わりに、ギルは定型的な質問をぶつけていった。


「魔技の経験はあるのかい?」

「いや、完全な初心者だ。至らねぇところもたくさん有ると思うが、迷惑かけねぇように気張っていく所存だぜ」

「わぁ意外と律儀!!!」


 口調や態度の割にシオンが素直だったため、安心よりも驚きが先立って叫ぶ。だがいちいち驚いていては話が進まないため、ギルは次の質問に移った。


「で、君はどの競技を中心にやっていくつもりなんだい? 花形の「グラディエーター」? それとも「エッジサッカー」みたいな球技系?」

「ん? 俺は別に、希望の競技とかねぇよ?」


 女の子の裸を見るためだけにここへ来たので、相変わらず魔技の知識などゼロに等しい。競技に種類があることさえ今初めて知ったくらいである。


「はぁ!? やりたい競技がないって、じゃあなんで魔技をやろうと思ったんだ?」

「悪いけど言えねぇな。気安く口に出せるほど、軽い理由じゃないんだ」


 実際には女の子の裸が見たいだけなのだが、もちろん正直には言えない。ギルは訝しげな表情をしてから、真剣な顔で問う。


「どの競技をやるにしても魔技はハードだ。練習はきついし、怪我の危険もかなり高い。よっぽど魔技への愛がなければなかなか続かないぞ。それでもやるのか?」

「えぇ、それは困るな……」


 予想していたよりハードな世界だということを知り、シオンの口から思わず本音がこぼれ出てしまう。ギルは先ほど以上に困ったような顔をした。


「仕方がない、取り合えず今日と明日はレッスンを受ければいいさ。続けるか続けないかはそれからだな。おいテン、もう着替え終わったか?」

「は、はいっす!」


 ギルが更衣室に向かって声をかけると中から返事が返ってきて、先ほどの少女が顔を出した。

 未だに顔を真っ赤にしており、シオンを見るとすぐに顔を逸らす。可愛い。


「この子が体験レッスン希望だから、今のうちに魔法適性聞き出しといてくれ。未経験者らしいから、俺は今のうちに初心者用の魔導書持ってくるわ」

「了解っす!」


 ギルは少女に簡単な指示を出すと、更衣室とは別の控室に去っていった。


 それを見届けてから、少女が自己紹介をしてくれる。


「私はテン・ミナミって言うっす。あの、さっきのことは忘れてくれると嬉しいっす」

「さっきのこと?」

「えと……。いやだから、パ、……パンツのことっす」

「もちろん一生忘れねぇよ」

「ありがと……ってえぇ!?」


 シオンが笑顔で返事をすると、テンがまるであり得ない答えを聞いたかのように驚きを示した。


 しかしシオンの目があまりにも決意と自信に満ち溢れていたので、テンは自分の方が間違っている気さえしてくる。


「うー、もういいっすよ。見られたのは完全に私の力不足が原因っすから……。名誉の負傷みたいなもんっす。名誉のパンツっす」


 どうやらテンは、彼女なりのスポーツマンシップに則って先ほどの一幕を良い経験と捉えることにしたらしい。スポーツマンシップ最高かよ、とシオンは思った。


「で、君は何の魔法が使えるんすか?」


 やっと本題に戻り、テンが質問してきた。シオンは特に気負うこともなく、自分の使える魔法を伝える。


「学校で習うような簡単なやつが多いな。魔力を水に変える〈水転換ウォーター〉とか、強風を起こす〈突風ゲイル〉とか」


 実は他にも〈性感帯サーチ〉などの裏ルートで習得した魔法があるのだが、それは流石に言わなかった。


「〈突風〉使えるんすか? なにか風を使う系の部活に入ってるとか?」

「いや、スカートめくりに使えないかとね」

「どう考えてもパワー過剰っすよね!?」


 テンの言う通り、〈突風〉でスカートをめくると女の子が恥ずかしさよりも前に激痛を感じてしまうため、一回使ってからは使わないようにしていた。


 シオンはただパンツが見たいのではなく、パンツを見られて恥ずかしがる女の子が見たいのだ……というのもあるし、それ以前に警察沙汰になったので自重している。


「他には〈気配察知プレゼンスセンサー〉とか〈即席防御インスタントガード〉、あとは〈毒耐性ベノムレジスト〉とかだな……」

「ええっ!? なんすか、その暗殺されるの前提みたいな魔法の覚え方!」

「いや実際、たまに誘拐とかされるし」

「何事っすか!?」


 諸事情により、シオンの一家はトラブルに巻き込まれることが多い。まぁそういう時はほぼ必ず彼の兄を狙って起こされたトラブルなので、シオンは本当に巻き込まれただけなのだが。

 どちらにしても、護身用の魔法は必須なのである。


「うー、気になるっすけど……。聞いたらまずそうな気もするので今はいいっす……。で、結局、主属性はなんなんすか? その中ではどれが一番得意なんすかね?」


 最後の質問として、テンがシオンの主属性を聞いてきた。


 属性というのは魔法の種類のことで、主属性というのは一番得意な属性のことである。

 得意な属性の魔法ほど覚えやすいので、主属性が何であるかというのは魔技において非常に大事な要素なのだ。


「……言いたくねぇ」


 しかし、シオンはそれを明かさなかった。


「えぇ? 言いたくないって、それじゃあ得意な魔法を伸ばしようが……」

「まぁ、いいじゃないか。今日は体験みたいなもんだし、言いたくないってこともあるだろ」


 テンの反論を、いつの間にか戻っていたギルが遮る。彼が持ってきた数冊の魔導書は、どれもこれも見たことのないものだった。


 そこに載っているのは、魔技のためだけに編み出された見覚えのない魔法ばかり。未知の魔導書を見てようやく、シオンは自分が非日常の入り口に立っているのだと自覚した。


「じゃ、体験レッスン始めるか!」


 ギルの堂々としたかけ声を聞いた時、シオンは初めて自分が高揚していることに気が付いたのであった。




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〈加重〉

概念魔法 質量属性lv.1

効果:対象の重量を増加させる。防御にも足止めにも攻撃にも使える汎用性の高い魔法だが、とれる対象が一つだけなので使いどころを間違えると弱い。


射程:4.5メートル

対象:1

起動時間:1秒

消費:3

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