第2話 グラディエーター

 無骨なコンクリートのフィールド上で、二人の男女が試合をしていた。


 一人は二十代後半の青年、ギル・ランバート。

 彼はフィールドの中央から一歩も動かず、刃のないを振り回していた。


「どこまで逃げても無駄だぞ。俺の刃は……必ず届く」


 低い声で呟きながら、ギルが大剣の柄を横に振るう。すると対戦相手の真横に円形の魔法陣が現れ、その中から消えていた大剣の刃が飛び出した!


 ギルと対戦相手は10メートル以上も離れていたが、彼の攻撃に距離など意味をなさない。〈転刃ジャンプエッジ〉という魔法により、彼はことが出来るのだ。


「どこにでも攻撃できるとか……ほんとズルすぎるっす!」


 いきなり飛んできた攻撃に、対戦相手が愚痴をこぼす。しかし、その言葉に悲壮感は感じられなかった。


 それもそのはず。剣先が当たる直前に彼女は、ギルの攻撃をいとも簡単に避けきったのだから。むしろ他の場所に現れた彼女は、氷の魔法で反撃する余裕さえあった。


「まったく……ちょこまかと逃げやがって」

「あれ、俺の刃は必ず届くんじゃなかったんすかー?」


 ドヤ顔で放った攻撃が外れたギルを、対戦相手が挑発する。自分でも恥ずかしいことを言ってしまった自覚はあったので、ギルは顔を赤くしながらぐぬぬと呻いた。


 ギルとしのぎを削っている対戦相手は、テン・ミナミという名の女子中学生だ。青い髪をポニーテールに纏めており、白いスクール水着のようなユニフォームに身を包んでいる。


 テンはフィールドの中央から動かないギルとは対照的に、今のように各所へ瞬間移動しながら遠距離攻撃を繰り返していた。


「一見すると互角だけど……このままじゃ負けそうっすね」


 片や、どこにでも攻撃を飛ばせる「遠隔斬撃」という戦法。片や、瞬間転位を繰り返しながら攻撃を飛ばす「機動射撃」。

 お互いが間合いを無視したこの戦いは、長らく拮抗状態が続いていた。


 しかしギルが〈転刃〉で剣を飛ばしているだけなのに対して、テンは移動にも攻撃にも魔力を必要とする。長期決戦に持ち込まれれば、テンの魔力がすぐに底を尽きるのは目に見えていた。


「だから……。そろそろケリぃ、つけさせてもらうっすよ!」


 故に、テンはこの拮抗した戦況を良しとしなかった。流れを変えるには、多少のリスクを覚悟で一気に攻めるしかない。重ねてきた特訓の成果を信じ……これからの数秒で勝負を決めると決意する!


 そのために発動したのは氷結属性の範囲攻撃魔法、〈散氷アイシクルスキャター〉。発動の直後に右手から魔力が迸り、瞬く間に複数の氷柱を作り出す。それらは散弾の如く放射状に射出され、避け場のない攻撃となってギルを襲う!


「分かってると思うが……この程度じゃ俺は止められないぞ?」


 しかしギルは自分に当たりそうな氷柱だけを瞬時に見極め、その殆どを大剣の刃によって叩き落した。自分に当たりそうにない氷柱は無視し、斬り損ねた氷柱は対象の重量を増す〈加重ヘヴィ〉という魔法によって地に落とす。


 避け場のない攻撃なら、全て壊してしまえばいい。剣の軌道にもある程度無茶が効く彼は、攻守ともに万能の魔法使いなのだ。……しかし。


「それはこっちの台詞っす。この程度で止められる程、私の努力は甘くなかった……!」


 叫んだ途端、テンがまたも掻き消えた。それから寸分の間もなく、彼女はギルの斜め後ろに現れる。

 それはギルの横を通り過ぎた氷柱の一つと、全く同じ場所。逆にテンが先ほどまでいた場所には、一つの氷柱が浮いていた。


 これが意味することは一つ。彼女はギルが避けた氷柱と自分の位置を、魔法によってのだ!


 〈座標交換エクスチェンジ〉! 空中に浮いているものと自分の位置を入れ替えるという、テンの得意魔法だ。彼女がこれまで瞬間転移していた時も、厳密に言えばこの魔法で自分の作った氷と位置を交換していたのである。


「私の全力、食らうといいっす!」


 ギルの斜め後ろから、再び〈散氷〉で攻撃する。彼が振り返りながら氷柱を迎撃している間に、テンはまたも氷柱と位置を入れ替えて背後をとる。


 迎撃も追いつかない程の間隔でワープとバックアタックを繰り返す、「起動射撃」を超えた戦法……「起動乱撃」。タイミングや位置取りを一ヶ月以上も練習した、〈座標交換〉と〈散氷〉の組み合わせ技だ。

 先ほどまで被弾の少なかったギルも絶え間ない攻撃にさらされて、致命打を防ぐのがやっとのようだった。


 やっと、やっと勝てる……!


 苦戦するギルを見ながら、テンが優勢を確信して微笑む。はやる気持ちを覚えながら、テンがラストスパートをかけた……その時だった。


「やっぱり、爪が甘い。もう何年言わせるんだって感じだが」


 何事か、ギルが呟いた瞬間。テンの放った氷柱が……全て溶けた。


 何が起こったかは、すぐに分かった。強い火を出すだけの〈豪炎ヒュージフレイム〉という珍しくもない魔法をギルが使い、全ての氷柱を溶かされたのだ。だが、分かった頃にはどうしようもなかった。


 〈座標交換〉は空中にあるものしか対象にできない。位置の交換先を失ったテンは、先ほどまでのように連撃を続けることができなくなる。

 しかもテンは攻撃と攻撃の間隔を減らすためどんどんギルに近づいていたため、今や完全にギルの得意な間合いに入ってしまっている。


「まさか……。この時を待ってわざと攻撃を喰らってたんすか!?」

「〈豪炎〉くらい、撃たれるかもと予測していればいくらでも対処できたはずだろ? チャンスほど新しい魔法を警戒しろって、何度も言ったはずだがな」


 魔法陣を使って遠くを斬りつけたりこそするものの、ギルの本分は近接戦闘だ。この距離でギルが攻勢に出れば、遠距離戦闘が専門のテンは歯が立たない!


 距離を離すために〈座標交換〉の対象を作ろうとするが、ギルは相手の隙を見逃さなかった。


 上段に構えていた柄だけの大剣が、〈転刃〉を解除することで刃を取り戻す。ギルはそこに、先ほどまで防御に使っていた〈加重〉という魔法を使用した。


「お前の負けだ、テン」


 〈加重〉によって重量の増した大剣が、これまでとは比べ物にならない速度でテン目掛けて振り下ろされる!


 防御魔法の発動が間に合わず、テンはやむを得ず得物の短剣で防ごうとする。しかし〈加重〉によって強化された大剣はいともたやすく短剣をへし折り、勢いよく彼女を斬りつけた。

 斬撃の勢いで体を吹っ飛ばされて、テンは床に仰向けで倒れる。


 ユニフォームが許容量以上のダメージを受けたためブザーが鳴り……この試合は、テンの敗北となった。


「あ、有り難うございました……」


 疲労と悔しさから立ち上がることも出来ず、テンは倒れたまま試合後の挨拶をした。


 彼らが戦っていた場所は魔技を教える塾、魔技教室の訓練場だ。ギルはテンの師匠にあたり、今はテンの成長を見るために「グラディエーター」という競技の模擬戦をしていたところなのだ。


 テンはこれまでもギルに模擬戦を挑んできたが、何度挑戦しても勝つことが出来ないでいた。自信のあった今回も、結局は手の平の上だ。実力差を思い知らされ、気分が落ち込む。


「お、おいお前……」

「すいません、今は無礼をお許し下さいっす……」

「えぇ!? いや、無礼というかなんというか!」


 ギルが何かを言いかけたので挨拶の仕方を怒られるのだろうと機先を制したが、そういうわけでもないのかギルがどもる。


 不思議に思っていると、唐突に訓練場の扉が開いた。そして外から現れた乱入者が、テンに答えをもたらしてくれた。


「うっわ、エッロォォォ! すげぇ、桃源郷は本当にあったんだ!」


 ハイテンションで何やら叫んだ乱入者の視線は、テンに……というよりテンの下半身に注がれていた。


 何事かと自分の下半身を見遣って……やっと気がつく。

 先程の防御で大剣の軌道をずらしきれなかったため、ユニフォームの下半分だけが破れていたのだ。しかも仰向けに倒れていたので、テンは股を開いてギルにパンツを見せつけていたのである!


 乱入者が入ってきた扉もギルの後ろにあったので、彼にもバッチリ桃色のパンツを見せつけていることになる。


「な、なぁぁぁっ!」


 羞恥で言葉を発することも出来ず、テンは叫ぶ。両手で必死にパンツを隠そうとするが、逆にエロい仕草だったのか乱入者が「ウホォッ!」と声を出した。


「え……ええっと、君は……?」


 ギルが乱入者の気を逸らすように質問をするが、乱入者の意識は全く逸れらされなかった。

 テンのパンツをガン見したまま、彼は名乗る。


「シオン・エドワーズだ。俺にも魔技を教えてくれ!」


 こうして彼らは、テンにとって最悪な形で出会ったのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈転刃〉

概念魔法 領域属性lv.4

効果:武器の刃を保有結界内に送る魔法。そこにあるものは、魔法と同じように魔法陣などから出すことができる。


射程:接触部

対象:接触している刃(工夫すれば、刃以外のものも送れるようになる)

起動時間:8秒

消費:5


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