第7話 入会

「す、凄いっす……。本気で逃げてたのに、捕まるなんて……」


 恥ずかしそうにショートパンツを引き上げてから、テンが段々と落ち着きを取り戻していく。しかしそれは決して良いことではなく、落ち着けば落ち着くほど悔しさがこみあげてきた。


 二度連続で模擬戦に負けてしまったテンは、うぅぅと唸ることしかできない。


「〈即席防御〉を使った時点で特攻かますかもとは思っていたが、本当にやるとはな……。お前の防御が完璧じゃなかったら止めてたぞ……」


 審判をしていたギルも、呆れ半分称賛半分の複雑な表情でシオンを見ている。その言葉を聞いて、シオンは体中の痛みを自覚した。


 〈即席防御〉を使っていたとはいえ、ユニフォームも着ずに自分の攻撃魔法を受けるのはかなり危険なことである。そして、それ以上に。


「やっぱ触手がメチャクチャいてぇ!」

「その触覚、痛覚あるんすか!?」


 この触手には触覚があるため、破裂したらシオンも当然痛みを感じる。「爆手」を使って自ら触手を爆破したシオンは、ヒリヒリと痛む触手を少しずつ魔力へと分解していった。


 その様子を見て、テンはあることに気が付く。触手に触覚があるという事は、特訓の時に自分の触り心地までシオンに伝わっていたのだ!

 自分からシオンに触られていた事が分かり、今更ながら恥ずかしさで顔が赤くなった。


 しかしそれも、すぐに冷めた。彼は模擬戦で、自分から痛みに飛び込んだということに気が付いたからだ。それだけの覚悟が――自分にあっただろうか?


「シオン君、君は何で――」

「ところでテン、お前は何で――」


 相手の熱意の源がどこにあるのか、それをお互いに聞こうとする。意を決して放たれた二つの質問は……無慈悲にも、いきなり割って入った声に遮られた。


「すごい、こんなに〈式結合〉使いこなせる人、初めて見た」


 聞き覚えのない声に、シオンが振り返る。そこには無表情で自分を見つめる、知らない少女の姿があった。


 黒い髪は短く切りそろえられ、服も上下が真っ黒。少し小柄だが、シオン達と同年代の少女だ。


「いきなり何だ? てか、お前誰だよ」

「あっ、自己紹介忘れてた」


 シオンが訝しそうに睨むと、その少女は納得したように頷いた。しかし無表情は全く崩れず、ポツポツと名乗る。


「私はルイン・ローサイク。この教室の生徒」

「おぉ、そうなのか? 全然スポーツやってる感じに見えねぇな」

「……。ずっとこの部屋にいたのに……」


 心無いシオンの言葉に、流石のルインも表情に悲しみを滲ませた。彼女は昨日も今日も魔技教室に通っていたのに、無口な上にステージ外で縮こまっていたから気づかれなかったのである。

 今でこそ勇気を出して彼に話しかけているが、彼女は極度の人見知りなのだ。


 だが彼女はすぐに気を取り直し、本題に入った。シオンの目を見据えて小さく口を開く。


「私は魔法を研究したり、作ったりしてるの。君も一緒に魔法の研究……しよ?」


 相変わらずの無表情。しかしキラキラと輝く目が、シオンに好意を持っていることだけは如実に伝えていた。


「ちょっとルインちゃん! シオン君はあくまで魔技やりに来てるんすよ、勝手な勧誘しないで欲しいっす!」

「折角の逸材なのに、テンみたいな脳筋になったら困る。そっちこそ勧誘禁止」

「だれが脳筋っすか!」


 そんなルインを止めるように、テンが彼女につっかかる。一方ルインも負けじと抵抗していた。


 状況が分からず困惑しているシオンに、横からギルが説明してくれる。


「ルインはなんというか……魔法オタクなんだ。それで、魔法の詳しい話が出来そうな相手を見つけてはしゃいでるんだろうな」

「そういうことか……」

 

 あまりの無表情ではしゃいでるとは俄に信じられないが、ようやく状況を理解できた。


 ルインは魔法の研究などに力を入れているが、テンやギルはどっちかというと実技重視だ。だからルインはシオンを同志に迎えるべく、珍しく積極的に自分から話しかけているということのようだ。


 〈式結合〉は魔法の知識や応用の要る魔法。それを使いこなせるという点が、ルインの興味を惹いたのである。


「ね、ね。君も一日中、魔法のこと考えてる口だよね? 一緒に魔法について語りあお」

「少なくとも、一日中考えてることはねぇけど……」


 ルインの猛烈な勢いに気圧されるが、シオンはなんとか言葉を返す。それからどう答えようかと考えてから、シオンは今の気持ちを正直に話した。


「魔法もいいけど、今は魔技の方が気になる……かな?」

「むぅ……」


 シオンの答えに、ルインが不貞腐れたようにむくれた。また魔技教室に脳筋が増えた、という悲しみがありありと伝わってくる。少し可哀想に思ったが、シオンはそれ位、今の模擬戦で魔技に興味を抱いたのだ。

 同志を得られなかったルインは、しょんぼりしながらまたステージの外へと引っ込んでいった。


 ……彼女がシオンの魔法アドバイザーになるのは、もう少し先の話である。


「まぁルインとは追々仲良くなればいいさ。その顔……魔技教室に入会するつもりなんだろ?」

「……! あぁ、よろしく頼む!」


 ルインとの会話がひと段落したところでギルが確認してきたので、シオンは二つ返事で頷いた。


 そしてやっと、実感が湧いてくる。今日からここは、自分の居場所なのだ。


「あとテン、クレイ君にアームズショップを案内してくれるか? 入会するなら必要だからな」

「おっ、了解っす! 私のユニフォームも、修理が終わってる頃っすしね」


 今日はもう終わりか、と名残を惜しんでいると、ギルが聞きなれない言葉を発した。


「えと、アームズショップってのは……?」

「その名の通り、武器屋っすよ」


 シオンが尋ねると、テンは何故か嬉しそうに答えてくれた。


 どうやらシオンは今日……平和なこのご時世に、武器屋へ案内されるらしい……。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〈突風〉

物理魔法 疾風属性lv.2

効果:前方に強風を吹き出す。本来は攻撃もしくは立ち位置の調整に使う魔法だが、シオンの場合は両手で使うことで自分の体を浮かすことができる。


射程:4メートル

起動時間:2秒

消費:2

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