第5話 リミテッド5

 日曜日の午後。シオンは昼食を済ませると、一目散に家を飛び出して魔技教室へと向かった。


 昨日言われた通り強化方針は考えてきたが、いまいち自信がない。シオンは魔技教室に着くと、ギルにまだ強化方針が決まっていないことを伝えた。


「あぁ、それは全然大丈夫だ。考えることが大事だし、魔技のことを何も知らないなら仕方ないさ。……っとそうだ」


 何を思いついたのか、ギルがニヤリと笑う。


「魔技のことをてっとり早く知るために、今日はテンと模擬戦してみないか?」


 こちらの顔色を窺いながら、ギルが尋ねてくる。その提案を聞いた途端、シオンの表情は気持ち悪いくらいに緩んだ。


 女の子との模擬戦! そう、彼はあくまで女の子の服を剥くためにここへ来ているのだ。ようやく念願を果たせそうな状況に、彼が喜ぶのは当然だった。


「とはいえ君はユニフォーム持ってないようだし、テンのユニフォームも昨日破けちゃったからな……。攻撃は禁止にして、今日は鬼ごっこをしよう。テンがフィールド全体を逃げ回って、シオン君は10分以内にタッチすれば勝ちだ」


 だがギルの指示を聞くと、シオンは一瞬で真顔になった。


 流石に鬼ごっこで服を剥くわけにはいかない。逃げ回るテンに追いすがって服を脱がしたら、それは単なる追い剥ぎである。


「面白そうっすねそれ! 丁度私も、回避力に自信がなくなってたところなんすよ!」


 一方、テンはギルの提案に乗り気のようで、満面の笑みを浮かべながらやる気を見せていた。そこには恐らく、シオンがどんな魔法使いなのかという興味も含まれているのだろう。


 流石にテンの期待を裏切ってまで断る気はないので、シオンはギルの提案に渋々頷く。それを見届けてから、ギルがより詳細な説明を加えた。


「魔法選びも実戦通りのルールでやろう。形式はリミテッド5、テンの主属性は「転移」だ。君はそれをふまえた上で登録魔法を決めておきな」

「えっ、えっ……? 悪い、リミテッド5とか登録魔法って何だ?」

「はぁ!? お前、そこから分かってないのかよ……! マジなんで魔技やろうと思ったんだ!」


 シオンが質問すると、ギルは大声をあげて驚く。あまりの驚きに、とうとうシオンの呼び方が君からお前へと変わっていた。


 とはいえ魔技教室としては初心者を無下にも出来ない。ギルは渋々リミテッド5の説明を始める。


「リミテッド5ってのは、魔法を5種類までしか使っちゃいけないっていう試合形式のことだ。だから何も考えずに魔法を5種類使っちゃうと、試合中はその魔法だけでやりくりする破目になる」

「成る程な。相手より先に色々な魔法を使っちゃうと、後出しじゃんけんの要領で不利になるわけか」


 5種類の魔法を早めに決めてしまうと、ピンチになっても対処できる魔法を新しく選べない。

 そのため何も考えずに新しい魔法を使い過ぎると不利になるというわけだ。


「えぇ、すごい! もう理解したんすか!? 私、これ分かるまでに一週間かかったんすよ!?」


 テンが大げさに驚いたので馬鹿にされてるのかと思ったが、キラキラした目を見る限りどうやら本当に感心しているようだった。あまり頭がよろしくないのかもしれない。

 

「そんで5種類の内3種類は、試合前に選んで公開しなくちゃいけない登録魔法だ。残りの2種類は試合中に選べるから選択魔法って呼ばれてるな」

「最初の3種類から相手の戦い方を推測して、それに有利な魔法を試合中に2種類選ぶってことだな?」

「それが理想だ。物分かりがよくて助かるよ」


 ギルがテンに視線を向けるが、彼女は暗に物分かりが悪いと言われていると気づかなかったのか平然としていた。


「とにかく始めようか。俺が審判やるから、登録魔法を三つ選んで俺に伝えな。テンにも考えさせておく」

「あぁ、分かったぜゴラ!」

「何に対する怒りなのそれ!?」


 不安そうなギルの声も無視して、シオンは覚えていた魔法の中からなんとか三つを選び出す。そしてテンに聞こえないよう、小声でギルに伝えた。


「俺は〈式結合コンバイン〉〈突風ゲイル〉〈追尾触手〉にするぜ」

「おぉ、〈式結合〉なんて使えるのか。たとえ才能があっても、使いこなすのが難しい魔法だろう?」

「家で叩き込まれたからな。まぁ所詮はにわか仕込み、通用すれば御の字だ」

「意外と謙虚!」


 ギルが驚くが、シオンの言葉に嘘はない。一般魔法の研究や習得は、エドワーズ家では当然の嗜みとして教え込まれた。

 〈式結合〉というのは複数の魔法を組み合わせる魔法だ。魔法の研究にも役立つので、これも幼少期からみっちり叩き込まれている。


 しかし所詮は嗜み程度。人に誇れる程習熟しているのは、〈追尾触手〉などのエロ目的の魔法だけなのである。だから登録魔法を選ぶのに、さして時間はかからなかった。

 一方テンはかなり時間をかけて登録魔法を決め、小声でギルに伝える。


「よし、二人の登録魔法が出そろったし早速始めるぞ! シオン君はここに立ってくれ」


 ギルが指定した通りの場所に立ち、対戦相手となるテンを見つめる。そこでシオンは、重大すぎる見落としに気が付いた。


 テンの服装は、現在シャツの上にジージャンを羽織っただけの簡素なもので、下はショートパンツだ。これならタッチの瞬間、あわよくば手を引っかけて脱がすことができるかもしれない!


「いきなり気合いが入ったっすね……。気圧されそうっす……」

「本番に強いタイプなのかもな」


 テンとギルが見当違いのことを言うが、気にしない。シオンの頭のなかではテンを脱がすための方針が何パターンも考案され続けていた。


「じゃ、二人の登録魔法を公開するから、それが終わって30秒したら試合開始な。シオン選手。〈式結合〉〈突風〉〈追尾触手〉」


 シオンが伝えた通りの登録魔法が読み上げられ、続いてテンの登録魔法が明らかになる。


「テン選手。〈座標交換〉〈磁力マグネット〉〈凍結フリーズ〉」


 三十秒が経ち、シオンの初めての試合が……始まる!




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※この魔法は誰が使っているわけでもないので、以下は平均的な数値。


〈正面突破〉

物理魔法 動力属性lv.2

効果:足裏に魔力を貯めてから、それを後方に放出することで体を前方に飛ばす。発動までに時間がかかることと、前方以外には殆ど進めないことが欠点。近接型が相手との距離を詰めるときに使用。


射程:0メートル(移動距離は、おおよそ10メートルほど)

対象:自己

起動時間:20秒

消費:3

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