第八章 1

 パチパチパチパチ。

 大宅は拍手喝采に包まれ、講演会の壇上に立っていた。

 一年前、彼は親友を亡くしていた。

 親友の名前は『島浦一郎』。

 彼の年齢は当時まだ二十三歳だったが、健康診断の結果、死ぬ直前の身体年齢は九十歳を超えていた。

 島浦が現実世界に戻ってきたあの日、久我や未来とのやり取りの末、研究室内で大惨事が起こった。

 久我は未来の振り回していたメスが首筋を捉え、出血多量により死亡。

 その後、正気を失った未来は、自らに火をつけ全身火傷により命を落とした。

 未来によってアルコールがばらまかれた部屋は、原形を留めない状態となった。

 しかし、部屋のドアが吹き飛んだものの、その部屋の外の廊下はスプリンクラーが適切に作動したお陰で延焼をほぼ免れ、壁や天井の一部が少し焦げた程度に留まった。

 島浦は急激に煙を吸ったため、意識を失ったものの、炎は島浦のいる所までは達しなかった。

 そのため命に関わるような状態には至らなかった。

 その後、意識を失った島浦を発見した大宅が、建物の外へ島浦を運び出し、無事にその場から脱出することに成功した。

 大宅が島浦の下に駆けつけることができたのは、直前に島浦のスマホから着信があったお陰だった。

 島浦はスマホに、大宅のスマホ番号への短縮ダイヤルを設定していた。

 久我からスマホを奪い取った一瞬の間に、短縮ダイヤル機能を使ってコールを試みていた。

 その最中に未来が部屋に入ってきた。それに気を取られ、久我にスマホを奪い返されてしまった。

 意識不明で寝ているはずの島浦からの着信。ワンコールで切れてしまったものの、何か危険が迫っていると直感した大宅は、その場で上司に親が事故にあったからという嘘をつき、会社を早退した。

 その後、迷わず研究所に駆けつけた。

 大宅が研究所に到着した時は建物中に警報が鳴り響き、中にいた人々が逃げ惑う最中だった。

 その混乱に乗じて、警備に呼び止められもせずに建物に侵入することができた大宅は、建物の中を島浦の名前を叫びながら、逃げ惑う人々とは逆の方向に向かった。

 すると、ちょうど開き始めたドアから倒れ込んできた島浦を見つけ、救助に成功したというわけである。

 島浦が現実世界に戻ってきた直後の健康診断では、六十六歳相当という診断結果がされていたらしい。

 その後も老化の進行速度は変わらず、一年で通常の人の十八倍である十八年分の老化が進んでいた。

 初めてバーチャルリアリティの世界を体験してから四年後の二十四歳の時、既に島浦の身体年齢は一一〇歳近くに達している。

 それからしばらくして島浦は老衰で亡くなった。

 大宅はそんな島浦が生きている間に、当時起きたことをつまびらかに聞き出し、論文としてまとめた。

 時延未来についても、実験に参加したアルバイトたちを探し当て、一人ひとりに当時の様子をインタビューして回った。

 そしてこの日、それらをまとめた論文が、すべて白日の下にさらされることになったのだ。

 今回の事件の原因となった当事者たちは、すでにこの世にはいない。とはいえ、いつまた似たような考えで同じような実験を行おうとする者が新たに現れるかわからなかった。

 親友の死をムダにしたくない。そんな大宅の思いがこの発表に込められていた。

 人類が未来に向かうための技術の進化を止めることは誰にもできない。

 しかし、未来は華やかなことばかりではない。

 使い方を一つ間違えればとんでもないことになる。

 大宅は、二度とこの悲劇を繰り返してはならないという思いで、壇上に立っていた。

 三人の命をムダにしないために。


     完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Evolution 文野巡 @fuminojun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ