第七章 2

 未来との奇妙な同棲生活が続いた。

 好奇心も手伝い、最初こそ会話も多かった。しかし、この世界から逃れられないという諦めムードと絶望感も手伝い、次第に熟年夫婦のごとく会話は途切れがちとなっていく。

 それもまだ三日目のことだ。

「たまには出かけてみよっか?」

 未来が提案した。

「そうだな」

 島浦はスマホを見ながら素っ気なく返事をする。

 未来が手をグイッと引っ張った。

 ヘッドマウントディスプレイを介してこの世界に繋がっているだけなのに、なぜ手を引っ張られたり、つないだりという感覚があるのだろう?

 ダメ元で未来に聞いてみた。

「私にもわからないわ。基本、ヘッドマウントディスプレイから伝わる情報は視覚と聴覚だけのはずよね」

 あごに手を当て考えるしぐさがかわいい。

「でも結局触覚や嗅覚、味覚といった感覚って、脳がどう感じるかってことだけだから、脳がだまされているだけなのかもね。実際には、いっちゃんの手に触ってなくても、脳が『いっちゃんの手に触ったぞ』って信号を出せば、いっちゃん自身は何かが手に触ったと感じる。そういうことなんじゃない?」

「ううん、そうか」

 未来の説明に、わかったようなわからなかったような曖昧な返事をする。

「そんな難しいこと考えるより、たまにはお出かけしよ」

 未来は再び島浦の手を引っ張った。

「わかった、わかった」

 内心は嬉しかった。にも関わらず、島浦はさも面倒くさそうに立ち上がる。

 未来と手をつないで部屋を出る。

 前に一緒に出かけたときと違い、何かから逃げる必要もない。とても平和な気持ちでの外出だった。

 これが現実世界の出来事だったらもっとよかったのに。

 そんなネガティブな気持ちは二人で外に出た途端に吹き飛んだ。

 商店街まで手を繋いで歩いていく。いつものようにおばあさんがベンチに座っていた。

「今日はかわいいお嬢さんつれて、気分よさそうじゃの」

 おばあさんが嬉しそうにからかってきた。

 未来はおばあさんに笑顔であいさつをする。すると何やらおばあさんはひそひそと未来に耳打ちした。

「おばあさん、ありがとう」

 話を聞いた未来が笑顔で別れのあいさつをする。なんだか嬉しそうだ。

「おばあさんに何言われた?」

 島浦は自分がバカにされていたのだと思い、不満げに質問した。

「あんないい男捕まえて、あんたも幸せもんじゃな、って言われたわ、ウフッ」

 未来は嬉しそうに答えた。

「ホントか?」

 島浦は苦笑いするしかないと思った。これ以上詮索しない方が幸せを保てる気がする。

「あ、猫カフェでちょっと休んでいこうよ」

 未来が腕を引っ張る。

 そんな感じで連日ふたりで出かけたり、時には二人でマッタリしたり、時には他の人との会話を楽しんだり、また時には開催中のイベントに参加したりして一日、一日を過ごした。

 この世界に閉じ込められて六日目の夜。島浦たちは仲良く手をつないで外出先から自室に戻った。

 まだもう少しその日の時間が残されていた。

「明日でもうこの世界に閉じ込められて一週間になるのか。早いもんだな」

 感慨深げに呟き、ため息をついた。

「でも現実世界だとまだ八時間近くが経過したに過ぎないわ。なんか不思議ね」

 そう言いながら未来は握っていた島浦の手を不意に離した。

 島浦は自分の手をまじまじと見つめて呟く。

「未来の温度を感じることができるのは、この手だけなのかな?」

 未来は島浦の顔を見つめ、ボソッと言った。

「試してみようか?」

 言葉を返すことができなかった。

 その一瞬後……唇に熱いものを感じた。

 何が起きたのか、すぐには理解することができなかった。

 気づくと目の前には、目を閉じた未来の顔があった。

 下半身に何かが触れるのを感じる。

 一瞬、現実世界の自分はどういう状態になっているんだろうと頭をよぎった。

 しかし、すぐにそれは気持ちいいという感覚に支配された。

 気づいたときには六日目の夜が終了していた。


 島浦が次に気づいたのは七日目の朝だった。

 珍しく隣ではまだ未来がすやすやと寝ている。

 前日のことを思い出した。少しニヤニヤする。

 たまには現実世界で何が起きているか調べるかと島浦はスマホを開いてネット検索を始めた。目を覚ました未来が島浦のスマホを取り上げる。

「なあにしてんのよ。どおせエッチなサイトでも見てたんでしょ?さあ出かけるわよ」

 そう言ってスマホの検索画面を閉じた。

 何かいままでと違う。未来の今朝の言動に違和感があった。

『女って、一回やると性格が変わるって本当だったのか?』

 口には出さず、自分を納得させた。

 結局この日は現実世界の情報を得ることなく、一日が過ぎていった。未来と出かけ、八百屋の店員と身のない会話をしただけだ。

 島浦たちがが再び前日のような雰囲気になることはなかった。

 少し残念な気持ちではある。でも現実世界の夫婦や恋人同士だって、毎日そうしてるわけじゃない。ま、こんなもんか。

 島浦はそうやって自分を納得させることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る