第六章 2
土曜日、島浦は午前中の授業を終え、昼食を学食で済ませた。その後は時延未来に指定された通りに研究所に向かう。それから待合室で彼女を待った。
待つこと十分。彼女、本物の時延未来が姿を現した。
容姿はゲームの中とまったく同じだ。違うのは白衣を着ていることくらい。
ゲームの中の時延未来と一緒でかわいい。こんな人がゲームの世界だけでなく、現実の世界でも僕の恋人になってくれたら……
リアルの時延未来を前にして、妄想が膨らんでいく。
「お待たせ。さあこちらにどうぞ」
どことなく違和感があった。声だけはなんとなく違う気がする。
マイクを通した音声だからだろうか? それともゲーム中の彼女はノンプレーヤーキャラクターだから、ただの合成音声だったからか?
しゃべり方からして、ゲームの中の時延未来がノンプレイヤキャラクタとは思えない。あれは絶対に本物の彼女が外から操っていたに違いない……
だとしたら彼女も自分と同じように、長時間続けてプレイを続けていたということになる……
島浦は時延未来の後ろについて歩きながら考えた。
「どうぞ」
時延未来はドアの前で振り返り、島浦の方を見てニッコリと微笑んだ。
白衣を着ていても、ゲームの中と同様かわいい人だ。島浦はそんなことを考えながら彼女が手招きする部屋に入った。
その後は、最初に集団で受診した時と同じ測定を行った。
身長、体重を測り、最後にはやはり脳のMRIを撮る。
一通りの検査を終えると食堂に案内された。
休日だというのに、他の研究所員でごった返している。知っている顔はないようだ。
時延未来と二人で昼食を取った。
「私、実は猫が大好きなんです」
「知ってます」
「あら、そうだったわね。フフフ」
ランチの間、他愛のない話をした。ふと、これが幸せというものだろうか? と感じた。
食事が終わると、先ほど健康診断を行った部屋に再び案内された。
血液検査をしたときと同じ席に座る。そこに別の人物が近づいてきた。久我煌己だ。
久我は島浦の顔を見ると、明るい声であいさつをした。
「島浦さん、お疲れ様です」
しばらく久我と連絡が取れなかった。久我も誘拐されたのではないかと心配していたので、何事もなくこの場に現れたことにホッとした。
「久我さん、無事だったんですね。連絡が取れなかったので、久我さんにも何かあったんじゃないかと心配していたのですが、よかったです」
久我が嬉しそうに微笑む。
「そう言ってくださりありがとうございます。本当に島浦さんには今回のことで非常に感謝しております」
丁寧にお礼を述べた。
続けて現時点でわかっている健康診断の結果について説明する。
「先ほど測定していただいた結果から、現時点でわかっている部分についてお話しますと、健康上はなんら問題ないようです。特におかしなところはなかったので安心してください」
島浦自身、体調はすこぶるいいので当然の結果だと感じた。むしろ精密検査が必要と言われたら信用しなかっただろう。
「脳のMRIの結果はまだこれからですが、血液検査の結果から診ても健康体そのものです。島浦さん自身、ここが変だな、変わったな、というところはございませんか?」
時延未来救出劇が完了して、現実世界に戻ってきた後、学校に行ってからずっと感じていたことを正直に話した。
「何か、こう頭の回転が速くなった気がするんですよね。というか、他の人が考える速度がとてつもなく遅く感じるんです」
久我は俄然興味をもったようで、身を乗り出して島浦の話に耳を傾けている。
「だから、他人の考えてることに苛立つというか、何というか。そもそも自分自身の動作にさえ苛つくんですよね」
久我が微笑んだ。
「それはひょっとしたら、このシステムの最大のメリットなのかもしれませんね。人間はまだまだ進化できるのかもしれません。島浦さんがその進化した人間第一号になるのかもしれませんよ」
久我の表情に何か狂気じみたものを感じた。
とはいえ、誰よりも進化した人間になる。悪くない。
久我に少し恐怖心を抱きつつも、気分が高揚してくるのが自分でもわかった。
「ところで久我さん、時延さん、本当のことを教えていただけませんか? 時延さんは本当に誘拐されていたのですか? 人類の救世主というのは実在するのですか?」
時延未来は少しおどおどした表情で、口を真一文字に結び、久我の顔色を窺っている。
久我は軽く唾を飲み込みんだ。沈黙。そしておもむろに口を開いた。
「島浦さんには、今日そのことを聞かれると思っていました。気になるのは当然だと思います」
久我が観念したように、先ほどまでとは明らかにトーンを一段下げて話し始めた。
「いまから真実を話したいと思います。ただそのためには少々準備が必要ですので、ここでしばらくお待ちください」
準備? 準備っていったい……?
島浦は少し身構えた。しかし、真実を知りたいという気持ちが勝り、その場でじっと待つことにした。
久我は席を立ち、一度部屋を出る。
時延未来はそのまま無言でイスに座り続けていた。
島浦はチラッと時延を見た。彼女はあまり視線を合わせたくなかったのか、じっと机の上の一点を見続けている。
数分経って久我が部屋に戻ってきた。手にはヘッドマウントディスプレイを三人分携えている。
「これから真実をお話ししたいと思います。ただそのためには、現実世界にいてはすべてを説明することは不可能なんです。バーチャルの世界でお話ししようと思うのですがよろしいですか?」
久我は島浦の顔をじっと見つめ、眉根一つ動かさずにそう言った。
恐怖……
いまの島浦の気分を一言で表すと、この言葉以外思い浮かばなかった。
しかし……真実を知りたい。それもまた事実だ。
なぜこの場では話せないのか?
バーチャルの世界でこれからどんな説明がされようとしているのか?
思考がぐるぐると高速で回っている。その結果、島浦の口をついて出た言葉は
「わかりました。ではお願いします」
だった。
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