第六章 1

 島浦は次の日もいつも通り学校に通うことができた。

 教室に入ると、いつもと変わらず大宅が声をかけてくる。いつものようにおしゃべりをしていると、いつものように教室に先生が入ってきた。

 そしていつものように授業が始まる。

 すべてがいつもと変わらない光景だった。

 しかし……何かが違う。島浦はそう感じていた。

 なんで大宅も、教授たちも、周りの連中も、みんなこんなにゆっくりなんだろう?

 世の中のすべての動きがスローモーションになって見える。

 大宅も、教授も、他のクラスメートも、そして島浦自身も。

 ゲーム内の世界が十八時間経過した時、現実世界で経過した時間は一時間だ。十八倍の速度の違いがある。

 ゲーム内の世界の時間に慣れてきているのだろうか? 現実世界の時間の流れがゆっくりと感じられる。

 とはいえ、島浦自身が十八倍の速さで動けるようになったわけではない。会話も十八倍早口でしゃべっているわけではなかった。

 だから島浦自身すごくもどかしさを感じる。

 考える速度がこれまでの十八倍早くなり、他の人よりも頭の回転が速くなった。そんな気がしている。

 これは思ってもみなかったすごい効果かもしれない。もしかして、このままいけば他人より十八倍天才になれるんじゃないか?

 思いがけないゲームの効果に島浦はワクワクする気持ちを抑えられずにいた。

 昼休み、食堂で昼飯を食べながら、大宅にこれまでの時延未来救出劇についてすべて語った。救出したのだから、もう隠しておく必要もないだろう。

 大宅は自分の知らないところで、そんなことが繰り広げられていたことに驚いていた。

「結局、現実世界の事件と、ゲーム世界の事件との関連性はわからずじまいか?」

大宅が残念そうな表情を浮かべる。

「ひょっとしたら、この後ゲームの中で時延未来から何か情報が得られるかもしれない。何かわかったら明日また報告するよ」

 そのとき突然、スマホの通知音がピロピロと鳴った。時延未来からのメールだった。

「今度の土曜に研究所に来てほしい……」

 島浦はメールの内容をそのまま読み上げた。大宅はなにやら心配そうな顔をしている。

「なんでだ? 行くのはお前一人なのか?」

 島浦はうんと小さくうなずいた。

 とはいえ、島浦自身不安がないわけではない。

 しかし、メールの続きを読んで島浦は安堵した。

「健康診断をしたいらしい。今回連続でアクセスをしたから身体に悪影響がないか特別に診たいんだって」

 大宅の表情がさらに険しくなったので、補足する。

「それと、直接会って、今回の一連のことについて話をしてくれるらしい。どうやら真実を知らせてもらえるのはそこまでお預けっぽいな」

 大宅は箸の動きを止め、真剣な眼差しでこちらをじっと見つめている。かなり不安を感じているようだ。

「なあ、土曜日、行かない方がいいんじゃないか?」

 島浦は大宅にそう言われると心が揺らいだ。しかし時延未来に直接会って話をしたいという気持ちが大きく上回った。

「なんでそんなこというんだ? 向こうがせっかく気を使って、特別に健康診断してくれるっていうんだから、行った方がいいに決まってるだろ。それに現実の時延未来に会えるんだ。行かないっていう選択肢はないと思う」

 島浦はいつになく不機嫌そうに大宅に言い返した。

 しかし、大宅はさらに食い下がってくる。

「何か怪しくねえか? お前、実験台にされてるような気がする。そこに行ったら、二度と学校に戻ってこない。そんな気が……」

「それで?」

 大宅の言葉を途中で遮る。島浦はさらに不機嫌そうな口調で反論した。

「自分が先にどんどん進んじゃうもんだから、やきもち焼いてんじゃないの? 僕が実験台にされてるなんて、根拠はあるのかよ?」

 大宅は何も返せず、箸を持った手の動きを止め、その場でうつむいた。

「特に根拠なんてないけどさ」

 うつむきながらそれだけいうと、再び沈黙した。

 その後は、お互い言葉を交わすことなく、黙々と食事を済ませた。

 そんな状態で昼休みは終了した。気まずい雰囲気のまま、授業を受けるため、次の教室に向かう。

 結局、その日はそれ以後、帰りのあいさつをするまで、二人が言葉を交わすことはなかった。

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