第五章 12

 コーヒーショップを出ると、今度は『商店街図書館』と銘打たれた建物の看板が目に飛び込んできた。

「こんな場所に、こんな建物あったっけかな? そういえば研究所長が、未来は図書館によく行っていると言っていたな」

 島浦は迷わず中に入る。たくさんの本が所蔵された立派な図書館空間が広がっている。

 しかしそこは、受付さえいない無人の空間だった。

 誰かいないかと、建物の中を歩き回る。しかし、生体反応装置はまったく反応しない。

 本から何か情報が得られないだろうか? 適当に一冊、真っ赤で目立つ表紙の本を本棚から取り出し、パラパラとページを繰ってみる。しかし、特に得られるものはなかった。

 ここには何もない。ゲーム用語でいうところのいわゆる『ダミー』なのか?

 しかたない。出るか。

 そう考えた直後だった。ある本棚の手前でピーピーと生体反応装置が鳴り出した。

 最初はその本棚には触れず、ジロジロと睨め回す。しかし、それで何かわかるわけではなかった。

「図書館の職員さん、ごめん。ここの本、全部下ろすよ」

 誰もいない図書館でそんなことを心の中で思いながら、一冊一冊本を床に下ろし始める。その中で一冊だけ生温かさを感じる本があった。

 時延に手を握られた時もあったあの感触。ヘッドマウントディスプレイを装着しているだけなのに。脳が勘違いしているのだろうか?

 その生温く感じた本を床に下ろす。すると

「いて。いててててて」

 という声が聞こえてきた。

 すると本だと思っていた四角い物体がむくむくと形を変え、特撮映画のごとく人間の姿に変わる。メガネをかけた二十歳そこそこの男性。少しひ弱そうだ。

 人間の姿になった本は立ち上がると

「しいいっ」

 と立てた右手人指し指を口に当てた。

 変形の様子を見ていた島浦は、男のその動作でやっと我に返った。

「すいません、時延未来さんのこと知りませんか?」

 男は怪訝そうな表情を見せる。そして声を潜めて

「知らないよ、そんな人。とにかくここは図書館なんだから早くその音止めなよ」

と不機嫌そうに答えた。

「そっか、そうだよな。ここは図書館だもんな。静かにしないと」

 ぶつぶつと呟きながら島浦は用意していた安全ピンで『INIT→』ボタンを押し、音を止めた。

 それから詫びを言い、質問を続ける。

 男の名前は『本野虫雄』。

 時延未来や久我のことを聞いてみたが、見たことも聞いたこともないらしい。

 一通り質問を終えたが、事件解決に導かれるような情報は何一つ得られなかった。

 これ以上ここで時間を浪費するわけにはいかない。

「どうもありがとうございました」

 本野にお礼を言い、図書館を後にした。

「時延未来の好きな場所……残りは科学館か。あれ? 科学館って、どこだろう? そうだ研究所長に聞けばわかるかもしれない。研究所に戻ろう」

 そう思いコマンドを入力しようとした瞬間、視界の右隅にまたあのおばあさんが入った。

 おばあさんが知ってるわけないと思いつつ、なぜか聞くだけ聞いてみるかという気になり、声をかける。

「おばあさん、科学館ってどこにあるか知りませんか?」

 するとおばあさんは目を爛々と輝かせ、予想外の答えを返した。

「おお、いらっしゃい。科学館ならわしの家じゃよ。じゃ、案内してやるからわしについてきなさい」

 おばあさんは立ち上がると、予想外にも足取り軽く、まるで小犬のようにぴょんぴょん飛び跳ねながら歩き始めた。

 島浦は置いていかれないように、必死でおばあさんについていく。

「ここじゃよ、さあ上がりなされ」

 そういっておばあさんは玄関を開けた。

 外見からはとてもじゃないが、科学館という雰囲気ではない。昔ながらの日本家屋という体だ。

 広い庭。横に長い茅葺の屋根。立派な木造平屋建ての大きな家だ。

 玄関が開けられると、そこには以前NPC製造装置で作られたおじいさんが立っていた。

「いらっしゃい、お父さん」

 恭しく頭を下げてあいさつをしてくる。

 あの装置でおじいさんを作ったのは島浦だ。とはいえ『お父さん』と呼ばれることには大いに違和感がある。

「さあさ、上がれ上がれ」

 おばあさんは急かすように家の中に招き入れる。

 中に入ると、そこには外見からは想像もつかない光景が広がっていた。

「すげえな」

 思わず感嘆の声を漏らす。

「そうじゃろ、どうだ気に入ったか?」

 おばあさんが得意気に聞いてくる。

 そこには恐竜の骨組み展示だったり、ロボットの展示だったり、何やら得体のしれない実験装置らしきものの展示だったり、遥か地平線の彼方まで、たくさんのものが展示されていた。

 外から見た日本家屋の中とはとても思えない。

 この広い空間の中に、ひょっとしたら時延未来がいるかもしれない。島浦はそう感じた。

 しかし、この中を歩き回るだけでも、一日二日では終わりそうにない。

「おばあさん、時延未来さんという方をご存知ですか?」

 するとおばあさんは目を細め、嬉しそうに我が孫を自慢するように話し始めた。

「おぉおぉおぉ、知っとる知っとるよ。彼女、ここが好きでな。ここには毎日のように来ておったこともあったほどじゃよ。しかし、最近とんと来なくなってしまってのお。どうかしたんじゃろうかの?」

 時延未来は実際にこの科学館が大好きで、しょっちゅうここに来ていた。

 この中を探す価値はありそうだ。忘れずに生体反応装置とメガネの準備をしとかないとな。

 先ほどからずっと生体反応装置はピッピッピッピッ鳴っていたが、これはおばあさんに反応しているのだろう。

 コーヒーショップに行く前は音がうるさいとおばあさんも言っていたのに、いまは気にする様子もない。

 なんだかキャラクタ設定に一貫性がないな。ま、でも所詮ゲームだから仕方ないか。島浦は割り切ることにした。

 それにしてもこの中を探すのにどれくらいの時間がかかるのだろう?

 少し気が遠くなってきた。しかし、時延未来を助けるためなら、何日かかってでも探索してやろうじゃないかと気を引き締める。

「おばあさん、この中を調査させてください」

 するとおばあさんは優しい表情で答える。

「ああ、あんたの気の済むまでとことん調べなされ」

 島浦はおばあさんに

「ありがとう」

 とお礼を言い、さっそく調査を開始した。

 生体反応装置を片手に持ち、真実のメガネをかける。そして一ヶ所一ヶ所を丁寧に見て回った。

 こうしてゲームの中の世界の時間で一日、また一日と時間は過ぎていく。

「お腹すいたな。次の休憩時間は現実世界に戻って、食事にするか」

 そんなことを考えながら、時延未来を見つけるために科学館の中を丹念に調べる。

 しかし、時延未来はおろか小動物一匹さえ見つからなかった。

 島浦がようやく最後の展示物を調べ終わった瞬間、後ろから大声を出しながらおばあさんが近づいてきた。

「おめでとおおおおお。あんたはついにこの科学館の展示物、すべてを制覇しましたああああ」

『パンパカパアアン』とファンファーレが鳴り、いつの間に用意していたのか、頭上でくす玉が割れ、紙吹雪がひらひらと落ちてきた。

 おばあさんは紙を取り出し、両手でそれを持ちながら島浦に差し出してくる。

「表彰状、島浦一郎殿。あなたは一つ一つバカ丁寧に、何日も何日も暇にまかせ、遂にこの科学館全展示物を見事制覇いたしました。よってここにその栄誉を称え、表彰します」

 ほめられているのか、バカにされているのか、腑に落ちない表彰状だ。そう思いつつも、その表彰状を素直に受け取った。

 結局、時延未来は最後まで見つからなかった。

 表彰状を受け取ると、おばあさんはそそくさと島浦を外に追いやろうとする。

「さ、見終わったらさっさと出ていっておくれ」

 何だか客を客と思わないひどい仕打ちだ。

 そう思いつつも、これ以上この中を調べても何も出てこないだろうと考え素直に外に出た。

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