第五章 11
商店街に到着すると、おばあさんが相変わらずベンチに座って寛いでいた。
島浦は急いでコーヒーショップを探さなくては、という思いもあったが、なんとなくおばあさんに話しかけてみる。
「こんにちは、おばあさん。お元気そうですね」
にこやかに話しかけると、おばあさんもニコッと笑う。
「おお、あんたかね。何だかピーピーうるさいねえ。ところで今度はメガネを失くしちゃったんだよ。見かけたら教えておくれ」
耳が遠い割には整体反応装置の音は聞こえるらしい。
少し視線を落とすと、おばあさんの足下に何かキラリと光るものが見えた。
屈んでそれを拾う。メガネだ。
「おばあさん、もしかして失くしたメガネってこれじゃないですか?」
拾ったメガネを屈んだ姿勢のまま、おばあさんに差し出す。おばあさんはそれを受け取り、自分の目の前にそれを引き寄せ凝視した。
「おお、これじゃよ、これじゃよ。いつもすまんのう。ありがとよ」
過剰なくらいの感謝の意を示すと、
「お礼にこれをやるよ」
と言って、持っていた紫の唐傘模様が描かれた巾着袋から、別のメガネを取り出した。
島浦は特に目が悪いわけではなかったけれど、それを受け取り、その場でかけてみた。辺りを見回す。
「うっ、なんだか気分が悪くなってきたぞ」
メガネを外し、おばあさんに質問する。
「おばあさん、ありがとうございます。ところでこのメガネ、どういったものなんですか?」
「真実が見えるメガネ、じゃよ」
おばあさんはフッフッフッ、と怪しい笑みを見せる。
「いままで見えなかったものが見えるようになる、真実のメガネじゃよ。ハアハッハッハッ」
お、おばあさん、キャラが変わってるぞ、と島浦は一瞬引いた。
「あ、ありがとうございます」
若干の恐怖を感じつつも、お礼を言い、素直にメガネをもらうことにした。
おばあさんに別れを告げ、ふと振り向くとコーヒーショップらしき店があるのに気づいた。中に入ると
「いらっしゃいませえ」
と甲高い、元気のいい若い女の子の声が聞こえてきた。
彼女以外には誰もいない。女の子がこちらに近づきながら話しかけてきた。
「お客様、申し訳ございません。本日マスターが行方不明で、コーヒーをお出しできないんですよ」
困った、という表情を見せる。
しかしその一瞬後、明るい表情に切り替わった。
「ま、マスターいたところで、この世界で飲食することはできないので、結局コーヒーはお出ししないんですけどね」
元も子もない発言。
生体反応装置に気づき、
「お客様、そのピーピーピーピーうるさいのは何ですか?」
と聞いてきた。
「これ、登録された人以外が近づいた時に、音が鳴るようになってるんですよ。マスターが行方不明ということであれば、これで探してみましょうか?」
島浦は店の中を歩き回り始めた。
女の子から遠ざかると、装置の音は一旦小さくなった。しかし、カウンターテーブルに近づくと、再び音が大きくなり始めた。
メガネ。その時ふと脳裏に過ったのはメガネのことだった。
そこで先ほどおばあさんからもらったメガネを取り出し、かけてみる。すると、カウンターテーブルの右端に先ほどまで見えていなかった引き戸があるのが確認できた。
その引き戸に手をかけ、開けてみる。
するとその中から男が一人這い出してくるではないか。
這い出してきた男は立ち上がると、裾に積もった埃をパンパンと払いのけ、島浦の方を向いてニカッと笑った。
「いらっしゃいませ、お客様、ご注文は何にいたしましょうか?」
何事もなかったかのように、爽やかな口調で注文を聞いてくる。
「ま、注文されても何もお出しできるものはないんでけどね」
女の子と同じようなセリフを吐く。
そんなマスターたちの言葉を無視して、時延や久我のこと、人類の救世主について何か知っていることはないか、二人に質問した。
しかし二人ともそういった肝心な質問には
「わかりませんねえ」
というフレーズを繰り返すのみだった。
おそらくこれ以上何を聞いてもムダだろう。島浦は店を後にした。
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