第五章 10
二十分後。目を覚まし、すぐに研究所に移動をする。
相変わらず作業員風の男が何か作業をしていた。
すると持っていた機械がピッピッとまた鳴り始める。
その音で男がこちらに気づいた。
「ご無沙汰してます。先日は娘さんが見つかってよかったですね。今日はどうされました?」
まさか、自分の娘と勘違いしてるのか?。
まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく時延未来を探さなきゃな、と島浦は男の勘違いを頭の隅に追いやった。
「その節はどうもありがとうございました。おかげで時延さんの救出に成功して、とても感謝しています」
一呼吸置いてから現状を説明する。
「実は時延さんが再び誘拐されたようなのです」
男は素直に驚いたといった表情になる。
島浦はさらに説明を進めた。
この男なら前回同様、何か役に立ってくれるに違いない。島浦は安心感を抱いていたせいもあり、本来警察であれば、一般人には黙っておくべきことをもペラペラとしゃべってしまった。
「実は『人類の救世主』などと名乗る犯人からこんなメッセージが届いたんです。何のことかわかりますか?」
そう言って暗号の書かれたメールを見せた。しかし、男は首を捻るだけだ。
「いや、私にはよくわかりませんね」
すまなそうな表情で言葉を続ける。
「ではまた何かお役に立てることがありそうでしたら、いつでもお声がけください」
そう言って自分の作業に戻った。
研究所の敷地内に花壇を作っているようなのだが、前回会ったときから一向に進んでいる気配がみえない。
「じゃあ、また何かあったらよろしくお願いします」
男に別れを告げ、建物の一階部分に入っていく。
機械の『ピッピッ』という音は、男から離れるといったん鳴り止んだが、一つの部屋に近づくと再び激しく鳴り出した。
あるひとつの部屋の前に立ち止まり、ドアをノックする。
「はい、開いてますのでどうぞ」
その声に応じ、遠慮することなくドアを開け、中に入った。
中では、研究所長が待ち構えていた。足を組んでイスに座り、島浦を見ている。
「君はどこでそれを手に入れたんだね?」
機械から鳴っている音に気がつき、質問してきた。
「前回の事件の際はいろいろとご協力くださり、ありがとうございました。この機械なのですが、道中落ちていたのを見つけて、拾っただけなんです。これ、何に使うものかご存知ですか?」
質問に質問で返す。研究所長は『ふんっ』と鼻で笑った。
「こりゃ私が開発したもので、いわゆる生体反応装置だよ。人やほ乳類系の生き物に近づくと、音が鳴るようになっとる」
話をしながらなにやら白衣のポケットをまさぐっている。
「ほら、そこに『INIT→』と書かれているだろ。その矢印の先にある穴に細いものを二秒以上突っ込むと、その時点で機械のそばにいた人だけは反応しないようになる」
そこまで言い終わるとポケットをまさぐっていた手をようやく外に出す。何か小さな細いものを取り出したようだ。
「とにかく今ここで鳴らされるのはうるさいから、これで『INIT→』を押してくれ」
そう言って島浦に手渡したのは針金だった。
『INIT→』の先の穴に針金を突っ込む。すると、ようやく音が鳴り止んだ。そういや安全ピン持ち歩いていたから、部屋にいるときと同じようにすればよかったのか、と島浦は思った。
「ありがとうございます。ところで、これどういう意味かわかりますか?」
『人類の救世主』からのメールの内容を見せて、何かわかることはないか尋ねた。
研究所長は首を横に振る。
「わからんな。この真ん中の暗号のようなものが気になるが、私には何のことかさっぱりだ」
お手上げの素振りを見せた。
「そうですか」
もうちょっと考えてくれてもいいのにな、と島浦は心の中でグチった。
沈黙が続く。島浦は仕方がないので、部屋の中をキョロキョロと見回した。
ん? あれは?
パソコンのキーボードが目に入った。キーボードに書かれた文字。アルファベットとひらがなが併記されている。もしかして……?。
「すいません、キーボード、よく見せていただいてもよろしいですか?」
研究所長は少し怪訝そうな表情を見せた。それでも
「ああ、いいよ」
と許可を与えた。
暗号文とキーボードをじっくり見比べる。もしかして……
「わかりました、ちょっと紙と鉛筆を貸していただいてもいいですか?」
島浦は思わず大声を張り上げた。現実世界は近所迷惑になっていないだろうか? と心配しながら。
紙と鉛筆を受け取り、一心不乱に殴り書きをした。これだ!
『This is her favorite place.』
「直訳すると、『これは彼女のお気に入りの場所です』となります。時延さんの好きな場所、どこか思い当たる所はありませんか?」
研究所長はきょとんとしている。
そして口を開いて出た言葉は、島浦の質問に対する回答ではなく質問だった。
「この英文はどっから出てきたんだ?」
急ぎたいけど、仕方ない。説明くらいはしてやるか、と島浦は説明を始める。
「これらの暗号に書かれた文字の、キーボードの位置にご注目ください。そして、メールの最後の文章『彼女はこの右下にいる』が最大のヒントになっているんです」
研究所長はまだ腑に落ちない様子だ。
「キーボードの『%』の右下は『T』。そして『y』の右下は『h』です。以下同じように一文字ずつ見ていくと『This is her favorite place.』という英文になるんです」
研究所長の顔が途端に驚きの表情に変わる。
「おそらく時延さんは彼女のもっともお気に入りの場所にいると思われます。どこか心当たりはありませんか?」
研究所長は少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと頭を上げ、答えた。
「一つには絞れんが、彼女の好きそうなものはいくつか知っておる。研究好きな彼女のことだ。この研究所が一つ目の候補になるかもしれん。彼女の研究室は二階にある」
なるほど。たしかにそれはあり得るな、と島浦は頷く。
「それと調べ物をするのに、よく図書館に行っているようだ。あとは無類のコーヒー好きなようなので、コーヒーショップにはよく出没しているようだ。あとは科学館かな?」
「では彼女の研究室に案内していただけませんか?」
お願いすると、さも慣れた感じで庭に出て、作業員風の男からハシゴを借り、二階に登り案内をしてくれた。
時延未来の研究室はとても研究室とは思えない部屋だった。机と椅子があるだけのがらんとした殺風景な部屋だ。
「この部屋に彼女がいるとは思えませんね」
「そうだな。私もそう思う」
二人の意見が一致した。
ここにいても時間のムダだ。次はどこへ行くかな?
そう思ってハシゴのかけてある窓の方向に歩き出したときだった。突然生体反応装置がピッピッピッピッと鳴り始めた。
研究所長も音に気づいて、駆け寄ってくる。何がいるのか調べ始めた。
ここが怪しいとにらんだのか、研究所長はしきりに壁をなで続けている。
そうだ。あの時の……
島浦は窓から身を乗り出して、庭にいる作業員風の男に向かって叫んだ。
「木槌貸してもらえませんか?」
作業員風の男は自分が役に立つ時が来たとばかりに、喜び勇んで、ものすごい勢いで木槌を担いでハシゴを駆け上がってきた。
「ここをお願いします」
研究所長がなで続けている壁を指差し、作業員風の男にその壁の破壊を依頼した。
男は研究所長を退けると、鬼気迫る形相で木槌を振り上げた。その一瞬後、壁には大きな穴が空けられていた。
「チューチュー、チューチュー」
壁の奥から、何やら甲高い声を出して、ちょこまかと動き回る生き物が現れた。ネズミだった。
「なあんだ、ネズミか」
島浦はへなへなとその場に座り込んだ。
みんながっかりしているだろうと思い、二人の様子を見る。
研究所長は呆然と壁を見つめていたが、作業員風の男は嬉しそうに飛び跳ねていた。
「アレクサンドルウウウウウ!」
叫びながら、しかも泣いていた。
「いやあね、こいつは私の飼っているリスのアレクサンドルなんです。最近、逃げ出してしまって。諦めかけてたところだったので、ついはしゃいでしまいました。年甲斐もなく取り乱してしまい、すいませんでした」
「リス?」
どう見てもネズミだ。
キャラクタデザイナーが勘違いして、リスと言われたのにネズミを描いてしまったのか?
納得はいかなかったが、いまはこの小動物がネズミなのか、リスなのか議論している場合ではない。
一刻も早く時延未来を探し出さなくては。
島浦は気を取り直して、研究所長が先ほど挙げた場所の中で、もっとも時延未来のお気に入りだと思われる場所はどこか尋ねた。
「ここ以外でどこが一番可能性高いと思いますか?」
単刀直入に尋ねると
「んん、私の直感だが、コーヒーショップが怪しいんじゃないかな?」
と研究所長は答えた。
その答えに素直に従い、商店街に向かった。
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