第五章 8

 久我からは一向に返事が来る様子がない。

 逃げ回っている間も時延未来にいくらか質問をした。しかし、何を言っても知らない、わからないという返事ばかりだ。

 そんなことの繰り返しで、ゲーム世界の時間は一日、また一日と過ぎていく。

「このままじゃ七日間、ただ逃げ回っているだけでおしまいだ。今回のプレイが終わったら、一度現実世界に戻って、久我さんに相談してみるか」

 歩きながら時間を計算してみる。この日のプレイ終了時間は、現実世界の午前三時。

「はあ、電話できないじゃん」

 時延未来との逃避行は『ダラダラ』という言葉がまさにピッタリする感じで続いていた。

 彼女は自分の後ろを黙って歩いている。疲れているのか、話しかけてもこない。手を握るなんてことは当然なかった。

「夫婦の倦怠期って、こんな感じなのかな?」

 島浦は心の中でフフッと苦笑いをした。

 結局この日も歩き回っているだけで一日が終了。途中、誘拐犯に関する手掛かりはないかと聞き込みをしたり、探索をしたりしてみたものの、解決に繋がりそうなものは何ひとつ見つからなかった。

 データを保存し、いったん現実世界に戻る。スマホの時刻表示は計算通り午前三時だ。

 いま久我に電話しても寝ているだろう。

「だけどこんなときだ。久我さんだって文句は言うまい」

 そう思いながら電話をした。

 案の定、久我が応答する気配はない。

 仕方がないので、メールで『助けてほしい』という、悲痛な思いを綴って送信した。

 授業に出るためには、あと四回のプレイで何とかしなければいけない。

 焦り。

 冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶をゴクリと飲み込む。続いてトイレを済ませると、再びヘッドマウントディスプレイを装着した。

 結局久我からの返事はなかった。

 時間はどんどんと過ぎていき、ついに七日目を迎えた。解決どころか新しい情報すら何一つ得られていない。

 これ以上同じことを続けていても意味がない。いずれにしてもこのプレイが終わったら学校に行かなくては。

 島浦は時延に告げた。

「今回のプレイで、いったんゲーム世界を離れようと思います」

 前に一度宣言した通り。同じことを繰り返しただけだ。

 しかし、時延未来の態度は島浦の言っていることを理解していないのかきょとんとしている。

「現実世界では、これから学校に行かなくちゃいけません。だから、現実世界の夕方まで一緒にいることはできないんです。現実世界の八時間はこの世界のおよそ六日分に相当します」

 ここに存在する『時延未来』という女性は、ゲーム世界の中だけのノンプレイヤキャラクタだ。だとすれば、ゲーム世界とか現実世界なんて言葉を言っても、理解されないのは当然だろう。

 それでも彼女にきちんと説明してからこの場を離れたかった。

 なんとか最低限のことは理解しようとしているのか、彼女が質問をしてきた。

「私を置いていくのですか?」

 ドキリとした。

 責められているとか、そういうことではない。島浦の言葉をある程度理解しているかのような質問。彼女は本当にノンプレイヤキャラクタなのだろうか?

島浦はだんだんわからなくなってきた。

「一週間後には戻ってきます」

 時延未来の表情が強張ったように感じた。島浦を嫌悪の表情で睨みつけている。そんな風に見える。

 その後は狼狽したような表情で泣きだした。彼女に感情はあるのだろうか?

 少なくとも目の前に存在する時延未来は、感情を持っているようにしか見えない。

 彼女が何か反論をしかけた瞬間、この日のゲーム終了のメッセージが現れた。

 ここまでのデータをセーブし、現実世界に戻る。

 時刻は八時二十分。久我からの返信はなかった。

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