第五章 5
現実世界に戻った。だんだんどっちが現実でどっちがヴァーチャルの世界かわからなくなりつつある。
「そうだ、久我さんに電話をしなくちゃ」
時刻はすでに夜の十一時を回っている。しかし、久我ならまだ起きているに違いない。
ただ、ここ最近は電話に出てくれないことが多かった。電話に出てくれることを祈りつつ、アドレス帳から久我の名前を探し出す。
頼む、出てくれ。
祈りが通じたのか、二コール目で繋がった。
「もしもし、久我です」
久我に、先ほどのゲーム内での時延との逃避行の話をした。
「逃げたところで一日の終わりには部屋に戻されてしまいます。これから僕はどうすればよろしいでしょうか?」
久我は十秒ほど考えてから答えた。
「わかりました。毎回いつもの部屋に戻されるのは状況からしてまずいので、そうならないように急ぎで対応します。おそらくそんなに難しい変更にならないと思うので、島浦さんの次のゲーム中に間に合うと思います。私も早急に対応したいと思いますので、島浦さんは彼女を全力で守ってやってください。お願いします」
「わかりました。こちらこそお願いします」
電話を切ると、時刻は十一時二十分になろうとしていた。そろそろ次のゲームを再開できる時間だ。
部屋に散らばっていた紙とシャーペンを拾い、明日の授業まで何回ゲームが出来るかをさっと計算する。
七回。それまでなんとか逃げ切って、問題を解決しておかなければと気を引き締めた。
授業を休むわけにはいかない。『あと七回』という数字を島浦は呪文のように唱えた。
島浦以外他には誰もいない部屋でぶつぶつ言いながら、ヘッドマウントディスプレイを装着し、ゲームを再開する。そこには目の前に時延未来の笑顔があった。
「おはよ。今日はどうする?」
平和だ。足元で『にゃあ』と猫が鳴く声が聞こえてきた。
実際に二人でこんな平和な生活ができたら、どんなに幸せだろうと島浦はふと思った。
「おはよう。今日も逃げることになると思う。それとこの猫は一緒にはつれていけない。大家さんに預けよう」
時延は一瞬寂しげな表情をした。しかし、意を決したのか無理やり笑顔を作り、首を縦に振った。
部屋を出る前に現実世界での久我とのやり取りについて、未来に説明する。
「しばらくこの部屋に戻ってくることはないでしょう。今日から一週間で犯人を追い詰め、あなたが誘拐されるかもしれないという恐怖から開放されるように何とかします。まずは一緒に逃げましょう」
「一週間後に何かあるんですか?」
時延未来は『一週間』という限定された期間に違和感を持ったのか、不思議そうな表情をして尋ねてきた。
「僕には現実世界での生活があります。現実世界では学校に行く必要があるんです。現実世界の時間と、この世界にいられる時間を計算すると、次に学校へ行くまでに、あと七回この世界に来られる計算なんです」
時延は意外だという表情を浮かべた。
「大学生ってもっといい加減で、授業なんてしょっちゅう休んでるものだと思ってました。島浦さんはマジメな人なんですね」
未来の表情が少し曇ったようにも見える。しかし、島浦はそう言われてなんだか自分のことをほめてくれているような感じがして、こそばゆい気持ちになった。
「ゆっくりしている時間はありません。行きましょう」
時延は小さく『うん』とうなずき、すっくと立ち上がった。
島浦も時延に続いて立ち上がる。
左手に彼女の手の温もりが感じられた。
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