第五章 3

 ゲーム開始。いつもの見慣れた部屋の風景。しかし何やら違和感があった。

「誰だ?」

 流しの方をチラッと見る。するとTシャツにフリル付きのスカート、その上にエプロンをつけた格好の女性が立っている姿が目に留まった。

 島浦は恐る恐る女性に声をかける。

「あの? どなた、ですか?」

 女性は肩まで伸びた髪をなびかせて振り返る。そして、島浦の顔を見てニッコリと微笑んだ。

 時延未来だった。

「と、時延未来さん、ですよね? ご無事でよかったです」

 島浦はしどろもどろになった。

 一方、時延未来の方は毅然としている。『ふふっ』と声に出して笑った。

「昨日は助けていただきどうもありがとうございました。お礼といってはなんですが、この世界で一緒に住まわせていただくことにしました。って、勝手にそんなこと決めてご迷惑でしょうか?」

 島浦は心の中で歓喜の雄叫びを上げた。

「ととと、とんでもないです。すすすごく、うう嬉しいです。こここれからよよよろしくお願いします」

 時延はまた『フフフ』と声に出して笑う。それを見た島浦も一緒になって笑った。

 二人で一緒に笑ったおかげで島浦もリラックスできた。冷静になったところで時延に疑問に思っていることを質問してみた。

「いくつか質問してもいいですか?」

 時延はこっくりと縦に首を振る。

「どうぞ」

 ニコニコと笑みをたたえている。

「これからこの世界で私と暮らす、ってことは、時延さんは私がアクセスしてるタイミングを見計らってログインするわけですよね? それってどうやってるんですか?」

 時延さんはまた『フフフ』と笑う。

「ごめんなさい。私、実は時延を名乗ったノンプレイヤキャラクタなの。前に久我もノンプレイヤキャラクタとして出てきたと思うんですけど、それと同じなんです」

 島浦は拍子抜けし、肩を落とした。

 説明会で彼女を見たときからすごく綺麗な人だと思っていた。だからそんな人とこれからずっと一緒に生活できるなんて、ゲームの中だけの話としても天にも昇る気分だった。だけど、それが機械に作られた虚構のキャラクタだと宣言された。がっかりだ。

 島浦の気持ちを察してか時延は謝ってきた。

「ごめんなさい、やっぱり私ここから出て行ったほうがいいですか?」

 なんだか申し訳なさそうだ。

 島浦はとっさに首を大きく横に振る。

「い、いえ、決してそんなつもりで言ったわけじゃないんです。僕なんかでよければ、一緒にいてくれたらすごく嬉しいです」

 気づいたらこんなことを口走っていた。

 ノンプレイヤキャラクタの時延は嬉しそうだ

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、これからずっとここに居候させていただきます。島浦さんがお出かけするときも一緒についていきますからね。イベントもできるだけご一緒させていただきます」

「わかりました。では、これからよろしくお願いします。ところで、現実世界で時延さんにお会いさせていただくことは可能なんでしょうか?」

 本物の時延未来に会いたい。気持ちが抑えきれず、思わずノンプレイヤキャラクタの時延にそんな質問をしてしまった。

「ごめんなさい、その質問にはお答えできません」

 NPC(ノンプレイヤキャラクタ)が理解できない質問に対して返す定型文。これはここにいる時延未来という女性が本当にNPCである証拠だろう。

 ずっと抱いている疑問がある。現実世界の事件と、ゲーム世界のイベントとの関係。

 しかし、聞いたところで何も情報は得られないだろう。それでも我慢できず質問をした。

「昨日、私は研究所の中二階であなたを救出しました」

「どうもありがとうございました」

 時延は再びお礼を言った。島浦は彼女のお礼を無視するように話を続ける。

「その後、現実世界に戻り、久我さんに連絡を入れると、現実世界で行方不明になっていたあなたも助かったことがわかりました。私が解決した今回のイベントと、現実世界の時延さんの失踪事件、何か関係しているのですか?」

 その質問をした後、少し間が開いたような感じがした。しかし、その後時延から発せられた答えは

「ごめんなさい、その質問にはお答えできません」

 という無機質なものだった。

 いまの一瞬の間は何だったんだろう? 単なる気のせいだろうか? ひょっとして……

 さらに突っ込んだ質問を畳み掛けてみたが、結局時延の答えはすべて同じだった。

 仕方がない。彼女の趣味や好きな食べ物なんかを聞いて時間つぶしでもするか、と島浦は方針を転換した。

 そういったデータはどうやらインプットされているようだ。そのおかげで、なんとなく時延未来の性格がわかってきたような気がする。

 好きなことはいまやっている研究を進めること。それはバーチャルリアリティにおける健康への影響を調べることだ。生まれつきの研究者肌なのだろう。

 好きな食べ物は? と質問するとクリームパフェと女の子らしい答えが返ってきた。それと猫がとても好きで、いつか猫を飼いたいと思っているらしいこともわかった。

 そんな感じで、この日の一時間は時延未来との会話で過ぎていった。

 現実世界に戻ったが、やはり久我からは何の連絡もない。

 ニュースサイトも見てみたが、時延未来の事件に関するアップデートは見当たらなかった。

 風呂に入ったりして時間を過ごすも、やはり久我から連絡が来る気配は感じられない。

「自分から連絡してみるか?」

 久我に電話をする。しかし十コール以上しても出なかった。

「どうしたんだろう?」

 久我からプログラムを元に戻したという連絡がないので、二十分経てばゲームを再開することはできるだろう。しかし、この日はなんとなくその気になれず、早めに布団に潜った。

 布団に潜ったものの、時延未来のことが気になり、まったく眠りにつける気がしない。

 十二時少し手前のことだった。スマホに着信を知らせるアラームが鳴った。久我だ。

 慌てたせいで、一度スマホ床に落としてしまった。もう一度つかみ直し電話に出る。

「はい、島浦です」

 すると上ずった声の久我が、予想もしなかった事実を告げた。

「く、久我です。時延未来が再び狙われているようなのです。守ってやってください」

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