第四章 4
ゲームを再開する。移動コマンドを選ぶ。『研究所』が選択肢に増えていた。
「よかった。久我さんの対応が間に合ったようだ」
研究所のある敷地は無用心にも看守もおらず、鍵もなかったため、簡単に中に入ることができる。
中に入ると、作業員風の三十代くらいと思われる男がいた。庭に柵を作っているところのようだ。
話しかけてみる。
「お仕事中すいません、失踪した女子大生の行方を追っている警察の者です。時延未来という女性が、この研究所に研究生として所属していると聞いて、こちらに参りました。この建物の中にはどうしたら入れるんですか?」
すると男はにこやかな表情で答えてくれる。
「お仕事お疲れ様です。そういうことでしたら私に言っていただければ、いつでも建物の中に入れるようにしますよ。鍵持ってきますね」
そう言うと、近くに建っていたプレハブ小屋から鍵を持ってきた。
建物の入り口に案内してくれ、鍵を開ける。
「どうぞ、ご自由にお入りください」
何の疑いも持たず島浦を通した。
こんなことだから簡単に事件も起きるのでは? と島浦は心の中で思ったけれど、口には出さないでおいた。
建物は外から見ると二階があるように見えた。けれども上りの階段はどこにも見当たらない。
一階部分には三人の男性がいることがわかった。
この研究所の研究所長と、この建物のオーナー、そして外で遊んでいたらこの建物に迷い込んでしまったという迷子の男の子だ。
廊下であった男の子はずっとウェンウェンと泣いている。話を聞こうにもらちが明かない。
仕方なく、庭にいる作業員風の男の所につれていった。すると男の子はぴたりと泣き止み、
「パパあ」
と笑顔で男の所にかけていった。
男は左手で頭をかきながら、申し訳なさそうに言い訳をする。
「すいません、こいつは私の息子でして。しかし、どうやって入ったのかなあ? 侵入者を入れないように、こんなに厳重に監視してるのに」
どうひいき目に見ても厳重に監視しているようには見えない。
しかし、話しをややこしくしたくなかったので、口には出さないでおいた。
泣き止んだ男の子に話を聞く。彼は建物の中で女性の声を聞いたという。
女性? 一度も会わなかったはずだが……。島浦は困惑した。
「そういえばこの建物、どこにも二階に上がれる部分がない。なのに男の子が聞いた声は上からだった……」
一人でうだうだ考えていても進展がないので、研究所長に会って話を聞くことにした。
「時延未来さんが行方不明になっていることはご存知ですか?」
率直に尋ねる。すると、研究所長は久我と同じようにいま知った風な態度を見せた。
男の子が、天井から女性の声が聞こえてきたと言っていた件も話す。
「天井から女性の声を聞いた? この建物、登る手段がないのでなかなか二階に行くことないんですよね。ただ、二階にいたところで一階には声が伝わらないくらい、床は厚いはずです」
ここに長いこといるくせに二階に行ったことがないだと?
「気のせいじゃないんですか? その男の子、迷子になって不安になってしまって、ありもしない声が聞こえた、とか……」
研究所長は男の子の発言そのものを疑っているようだ。
ダメもとで二階への上がり方を聞いてみたが、芳しい回答は得られなかった
最後にこの建物のオーナーに会い、話を聞いた。
「わしを疑っとるのかね? けしからん奴だ。わしはそんな女子大生、見たことも聞いたこともないし、この研究所に所属してるかどうかも知らんわい。わしはここのオーナーというだけで、研究そのものについては何も知らんのじゃからな」
疑ってかかったわけではないが、いきなり怒り出してしまった。
気を取り直して、二階への上がり方を聞いてみる。
「二階の上がり方? そんなもん階段使えば上がれるにきまっとるじゃろ。何? 階段がない? あれ? 作り忘れたかの? どうだったかの?」
何とも頼りない答えが返ってきた。さらに二階から聞こえてきた女性の声のことも聞いてみる。
「女性の声? 床が薄いから聞こえてくるだけじゃないのか? 何? 床が薄いはずはないと? そんなことはどうだったか覚えがないな。そもそもこの建物作ったことさえも覚えてないのじゃからな」
この人物が本当にオーナーかどうかさえ怪しくなる答えが返ってきた。
この人物にこれ以上聞いても無駄だと思い、島浦はもう一度外にいる男に話を聞きに行った。
「この建物の二階って、上がる方法あるんですか?」
「これ使えばいつでも二階に上がることできますよ」
この研究所にいる人物で頼りになるのはこの男だけのようだ。彼はそう言うと、プレハブ小屋からハシゴを持ち出してきた。
受け取ったハシゴを外から二階の窓に向けて設置したところで、ちょうど終了の時間が訪れた。
『現実世界に戻りますか?』という質問に対して、今度は『いいえ』と答え、そのままゲーム内の世界に留まることにする。
現実世界で二十分の仮眠を取った後、再びゲームの世界に戻った時には、島浦の頭はとてもすっきりした状態になっていた。
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