第四章 3

 静寂の中、島浦は朝七時頃目が覚めた。

 久我からはまだ連絡が無い。連絡を待ちつつ、コンビニおにぎりを頬張る。

 朝食を食べ終え、歯を磨き終わると、久我から電話がかかってきた。

 緊張のせいかスマホを握る手が震える。受話ボタンを押してあいさつをしようとしたのに声が出なかった。相手に聞こえないように、スマホを顔から遠ざけて深呼吸をする。

「はい、島浦です」

「朝早くすいません、久我です」

 久我の声もいくぶん震えているように聞こえた。

「例の改造、完了しました」

 沈黙が流れる。

 いよいよこれから始まるのだ。

 背筋をピンと伸ばして、久我の言葉に耳を傾ける。

「これから私がする説明をよく理解した上で、進めていただくようお願いします。下手なバグを引き起こさないために、これまで同様ゲーム内の一日の時間は、現実世界の一時間で、十八時間進むという設定はこれまで通りとさせていただきました」

 ここまでの説明は理解できる。

「ゲーム内でも十八時間が経過したら、必ず六時間の睡眠時間を取ってください。十八時間の三分の一が六時間、つまり現実世界では一時間の三分の一で二十分に相当します」

 文系の島浦にはすぐに理解しろと言われてもなかなか難しい。

 リュックからノートとペンを出し、メモを取り始めた。横向きの直線を一本引き、四分の三くらいのところで分割する。線の上に一八と六という数字を書き入れ、線の下には一と二〇分と記入する。

「二十分休憩を取っていただければゲームを再開することが可能です。あとはその繰り返しになります」

 メモを取るのに必死で理解が追い付かない。

「もし二十分だけ現実世界に戻るのが面倒であれば、ゲームデータをセーブした後に『現実世界に戻りますか?』という選択肢を設けたので、それに『はい』と答えていただければ、ゲームをいったん終了できますし、『いいえ』と答えれば、ゲーム世界に入ったまま仮眠を取っていただくことも可能です」

 そこまで言い終わると、久我は一つ深呼吸をした。

「変更された要素はこれだけです。何か異常を感じましたら、すぐに私に連絡ください」

 意外に変更点は少ない。島浦はいささか拍子抜けした。

 とはいえ、これが事件解決への第一歩になると気を引き締めた。

「はい、わかりました」

 今日は土曜日だ。いつもなら午前中のみ授業がある予定だったけれど、教授の都合で休講が決まっている。

 だから、一日思う存分集中できる。

 島浦は電話を切ると、ゲームを開始しようと準備に取り掛かった。

 八時少し前。

 計画を立てやすいように、八時ちょうどからゲーム開始できるようにセッティングをした。

 一分前。ヘッドマウントディスプレイを装着する。そして大きく深呼吸をした。

 モニター部分を少し浮かして、スマホの時計をちらちら見ながら八時になるのを待った。

 八時五秒前。浮かしていたモニター部分をきっちりと装着し直す。画面上のスタートボタンをウィンクでクリック。ゲーム開始。すぐに時延未来の所属する狭間研究室に移動する。

 研究室に入ると、そこには時延未来の友達と自称する今野佳子と名のるNPCがいた。今野の話を聞くと、二日前の夕方頃までは、時延と一緒にいたらしい。

 実際に時延がアクセスしていたということだろうか? 今野が時延と別れた後、彼女は研究所に行くと言っていたとのこと。

 ん? いまいる研究室とは別に研究所があるということか?

 今野に聞いてみた。しかし、その研究所の場所はわからないらしい。他に研究所の場所がわかる者はいないかと歩き回ったが、それらしき人物はどこにも見つからなかった。

 そうこうしている内に、ゲーム世界での十八時間が過ぎ、一旦ゲームを終了した。

このまま仮眠を取るか、現実世界に戻るか……

 一瞬迷った。

「ひょっとして、久我さんにヒントもらえないかな……?」

 気づいたときには現実世界に戻る方の選択肢を選んでいた。

 スマホの時間を確認する。九時一分。休憩の残りは十九分。時間は刻々と過ぎていく。

 久我に電話しなければと思いスマホを操作した。

「島浦です。研究所っていうのは、実際の狭間研究室とは別の場所にあったりするんですか?」

 現実世界でこんな質問をして、ゲーム世界に反映されるのだろうか? 島浦はだんだんゲーム世界と現実の区別がつかなくなってくる感覚を覚えた。

「きっとタイムマシン社の研究所のことを言っているのだと思います。島浦さんが次のゲームでそこに行けるようにしておきますね」

 久我はお礼のあいさつを言う間も与えず電話を切った。島浦は念のためトイレを済ませる。

 九時十九分。

 ヘッドマウントディスプレイの電源をオンにした。

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