第四章 2
「おじいさんって思い浮かべただけでおじいさんが出てきたのか。しかもお前の死んだおじいさんにそっくりとはな。どうやって実現してんだ? なんか怖えなあ」
おばあさんのイベントをクリアした翌日、学校でそのことを大宅に話した。大宅は信じられないという表情だ。
「まあ、話の流れからすると、あの場面でおじいさん以外を思い浮かべる人っていないだろうしな。それに僕のおじいさんに似ていたのは単なる偶然かもしれない」
島浦は努めて冷静に前日のことを振り返る。
「今日もう一回公園に行ってみて、イベントには全然関係ないこと思い浮かべてみるよ。そうすれば、ホントに思い浮かべるだけでどんなNPCでも作れるのか実証できるだろ?」
大宅はまだ虫野粋雄の事件が解決できないでいる。先を進む島浦の話を少しうらやましそうに聞いていた。
島浦はこの日も帰宅すると、いつものようにゲームを始めた。
スマホにメッセージが届いている。しかし、先にNPC製造装置の謎を知りたいと思い、公園に直接移動した。
「あれ?」
公園の風景が昨日と違っている。
砂場とブランコは昨日のまま。しかし、そこにあの巨大な装置がない。
結局あの装置自体、イベント用のものだったのか。だからその時々に応じた必要なNPCしか作られない。それだけのこと。
顔が死んだじいちゃんに似てたのは単なる偶然だ。
思い浮かべたものが作られるなんてことは、さすがに不可能。
島浦はそんなもんだろうと思いつつも、なんだかがっかりした気持ちになった。
「そうだ。スマホにメッセージが届いてたな。見てみよう。おっ、新しいイベントだ」
島浦は小声で呟いた。小躍りしたくなるのを抑えて続きを読む。
「ある女子大生が誘拐され、行方不明になった。彼女を探し出し、救出してほしい。まずはその女子大生の住んでいる寮に向かってくれ」
移動コマンドを選択すると女子大生の住む寮に飛べるようになっている。
早速移動する。そこは寮の建物の前だった。
寮に入ろうと玄関に進むと、虫野粋雄の事件の時にいた若い警察官が寮の入り口の前に立っている。
彼は島浦を見つけると敬礼をし、事件の説明を始めた。
「お疲れ様です、島浦警部。今回の事件の説明をさせていただきます」
相変わらず職務に忠実だ。
「ここは被害者の女子大生が住む女子大付属の寮であります。女子大生の名前は『時延未来』。横浜医薬科大学の大学院生で、医学系脳医学専攻の二年生。狭間研究室に所属している二十三歳の女性であります」
一通り説明を聞いた後は寮に入り、時延未来の部屋で証拠品探しを始めた。今度の事件はそう簡単には解けない。根拠はなかったけれどそんな予感がしていた。
時延未来の部屋の中を隈なく探し回る。
部屋は六畳一間。シングルベッド一つと、女性らしいタンスが一棹置かれており、それだけで部屋の三分の二を占めている。
その他にはちゃぶ台が二つあり、そのうちの一つにはノートパソコンが置かれていた。
「タンスの引き出しとか開けていいのかな?」
女性の部屋なので、最初は躊躇した。しかし、事件解決のためと思い、タンスの引き出し一段一段の中まで細かく調べた。
しかし、彼女の部屋からは事件に関係していそうなものは何ひとつ見つからない。
「くっそお。ほとんど一日かけて何も見つからないのかよ」
誰に言うともなくグチをこぼす。
途方に暮れかけたその矢先、ふと閉じられた状態のノートパソコンが目に留まった。
「こいつの電源まだ入れてなかったな」
最後の望みを託して、ノートパソコンの電源をオンにした。
『ピコッ』と音が鳴り、パソコンが立ち上がる。無用心にも特にパスワードを求めることなく起動した。
画面上には、一つだけ『メモ.txt』と書かれたファイルが見つかった。何の迷いもなく、そのファイルをダブルクリックする。
するとメモ帳アプリが立ち上がり、時延未来が残したと思われるメモがそこに現れた。
『私の研究を続けるにはもっと人が必要。宣伝頑張らなきゃ。もっといろんなことが知りたい』
これは事件に関係があるのだろうか?
苦労してこのメモを見つけたけれど、結局この先に進むことができない。
そう思った矢先にパソコンから『ユーガッタメール』という低い男性の声が聞こえてきた。
『メールを開きますか?』
画面上にメッセージが浮かび上がる。迷わず『OK』をクリックした。
『時延先輩、至急研究室に来てもらえませんか?』
日付は昨日の夕方だ。恐らく時延未来の行方不明発覚前に送られたメールだろう。
メールの一番下にはホームページのリンク先が書かれていたので、それをクリックしてみた。
するとブラウザが立ち上がり、時延の所属する研究室のホームページが開いた。そのページの一番下には研究室の住所が書かれている。
よし、これで研究室に自由に行ける。
喜び勇んで、移動コマンドで研究室に移動する。しかし、この日はこれで時間切れだ。
「なんだよ。せっかくいいところだったのにな。早く続きがやりてえなあ」
そう独り言を呟きながら、ヘッドマウントディスプレイを外した。
お腹が空いたので、帰宅前に買っておいた弁当を電子レンジで温めるために立ち上がった。
弁当を温めながらスマホでニュースアプリを立ち上げる。すると、あるひとつの記事が目に留まった。
『女子大生行方不明、誘拐か?』
ゲームの続きだったりして? ま、そんな訳ないか。
しかし、記事を読み進めていく内に身体が震え出した。
「マジかよ」
思わずゴクリと息を飲む。ニュース記事には次のようなことが書かれていた。
『横浜医薬科大学大学院医学系脳医学専攻の狭間研究室二年生の時延未来さん(二三)が昨日から行方不明になっている。誘拐された等なんらかの事件に巻き込まれた可能性があり、警察が捜査を続けている』
そんな……バカな……
島浦はいても立ってもいられなくなり、まずこの事実を知らせようと大宅に電話した。しかし、大宅はまだゲームをやっているのか、電話に出ない。
仕方なくLINEで大宅に電話をくれとメッセージを残した。
弁当を温め終わるとキッチンから部屋に戻り、箸を片手に関連ニュースを検索する。しかしまだ事件が発覚したばかりだからか、詳しい情報はどこにも見当たらなかった。
弁当を半分くらい食べ終わったところで、大宅から電話がかかってきた。
「なんかあったのか?」
大宅の面倒くさそうな声が電話の向こうから聞こえてくる。
島浦は冷静になろうと一つ深呼吸をした。しかし、スマホを握る右手の震えが止まらない。
大宅にいま起きていることを説明する声も震えて、なんだかうまく説明できない。大宅は極めて冷静な口調で進言した。
「狭間研究室って久我さんのところだろ? まず久我さんに連絡して、事実を確認した方がいいんじゃないか? それから相手にしてもらえるかどうかわからないけど、警察に連絡した方がいいかもな」
「わかった」
緊張からか喉がカラカラだ。
スマホで時間を確認する。まだ七時を少し回ったところだ。大学の研究室ならきっと人はいるだろう。
大宅との通話を終えると、ヘッドマウントディスプレイのそばに置いていた健康診断当日にもらった案内用紙を取り出す。狭間研究室の連絡先が書かれているはずだ。
よし、あった。急いでその番号に電話をかける。焦り過ぎて一度間違い電話をしてしまった。
もう一度正しい番号にかけ直すと、二コール目で電話が繋がった。
「はい、久我です」
同じ研究室の学生が誘拐されたかもしれないというのに、拍子抜けするくらいの普通の応対だった。このニュース、本当なのか?
「久我さんですか? あの、わたくし、ゲームのモニターをさせてもらっている島浦と申します」
声を震わせながら名乗る。久我は冷静な口調で応答した。
「あ、モニターさんですか。この度はモニターにご参加いただきありがとうございます。ご用件は何でございましょうか?」
何も知らないかのような口調だ。
いったい何がどうなってるんだ? 島浦は疑問に思った。
「今日ゲームで女子大生誘拐事件のイベントを始めたんですが」
そこまでいうと久我は嬉しそうに答えた。
「へえ、もうそこまで進んでいるんですか? すごいじゃないですか。あ、すいません。続きをどうぞ」
「現実世界に戻ってきてニュースを見たら、ゲーム内と同じ時延未来さんという方が行方不明になってるって。これはどういうことでしょうか?」
電話の向こうで『えっ?』という小さな声が聞こえてきた。
どうやら本当にニュースのことを知らないらしい。
「ちょっと待ってくださいね。いま調べてみます」
電話の向こうでカタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。おそらくニュースを検索しているのだろう。
しばしの沈黙を経て、久我が電話口に戻った。
「私にも何が起こっているのかよくわかりません。このニュースの出所がどこなのか、それを知りたいですね。その内、警察がこの研究室に来るでしょう」
久我はそこまで言うと、少し間を空けてから話を続けた。
「警察に対しては私どもで対応しますので、島浦さんは特に何もされなくて結構です。明日以後もそのままモニターを続けていただけますでしょうか」
この状況下でゲームを続けるというのか? そんなことしてる場合か? 島浦は混乱した。
「ひょっとしてゲームを解いたら何か起こるかもしれません。犯人の狙いがよくわからないので何とも言えませんが、島浦さんはまずゲームの謎を解くことに専念してください」
久我もいま知ったことで、動揺しているのだろう。走った直後のようにハアハアという息遣いが聞こえる。
「ご心配させてしまい申し訳ありません。このイベントについては私もあまり詳しくないので、ヒントだとかをお教えすることはできません。イベント作成者は時延本人なので、彼女以外知る人はいないのです」
え? 誘拐された本人が作成したイベントだって?
じゃあ、これは体の悪いイタズラなのだろうか……?
「申し訳ありませんが、頑張ってくださいと言う他に、私には何もできません。取り敢えずそういった方向でご協力をお願いします」
久我はそこまで言い終わると、電話の向こう側で『あっ』と一声発した。
「どうしました? 何か思いつきましたか?」
島浦は気づくとスマホを握りしめていた。このまま握り潰してしまうのではないかというくらいの力だ。
「一つアイデアを思いついたんですがね。いや、でもそれをモニターの方にお願いするのは筋違いですし、やっちゃいけないことなので、これは聞かなかったことにしてください」
アイデア、いったい何だろう? 島浦はそこまで聞いたら引き下がるわけにはいかないと自分の気持ちを訴えた。
「そんなふうに言われたらどうしても気になっちゃいますよ。どんなアイデアなのか教えていただけませんか? 乗りかかった船です。私で力になれることがあれば何でも協力させてください。人の命が関わっている可能性があるんです」
喉がカラカラになり、しゃべり終わったところで咳をした。
「ありがとうございます。そこまでおっしゃっていただけるなら、私のアイデアを言います。でもそれを実行するかどうかは島浦さんの自由です。ご自分の意思でお決めください」
お互い唾をごくりと飲み込む。その後、久我はゆっくりと丁寧に語りかけた。
「いまは一日に一回、一時間のみプレイ可能とさせていただいておりますが、これを無制限にして一日に何度でもプレイできるようにします。そうすればたくさんプレイしていただいた分、事件の早期解決に繋がるのではないかと。それがメリットになります。デメリットは……」
久我は再び唾を飲み込んだ。
「デメリットは、元々モニターの皆さんの健康を考えて一日一時間までと決めていました。だから、島浦さんの健康を害してしまうのではないかというのが心配です」
久我はそんなことを心配していたのかと島浦は拍子抜けした。
「そんなことを心配していたんですか? それだったら大丈夫です。今回のモニターを始める前も、学校行ってる時間と寝てる時間を除けばほとんどゲームばっかりやってたんですから。それと同じです」
久我が返事をしないので、島浦は一方的に話を続けた。
「私も学校を休むつもりはないので、学校に行ってる間はゲームをやらないことになると思います。それと睡眠は絶対に必要なので、その時間もアクセスすることはないでしょう。人命優先だとは思ってますが、このゲームが現実の時延さんの報道とどう関わっているかもわからない状況ですので、私に過度の期待をしていただかないという条件であれば、喜んで協力させていただきます」
久我はしばらく考え込んでから返事をした。
「わかりました。私どものためにそこまで言っていただきありがとうございます。これから私の方でプログラムを改造して、島浦さんだけ、一日何度でもプレイできるようにします。この作業はおそらく明日の朝までかかると思いますので、少々お待ちください」
「わかりました。ご連絡お待ちしております」
身が引き締まる、とはこういうことを言うのか? 島浦は武者震いをした。
この日はなかなか寝つけなかったが、それでも布団の中でいつの間にか意識を失っていた。
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