第三章 6
島浦は現実世界に戻ってきた後も、ずっとゲームのことを考えていた。
お弁当を頬張りながら、ぼおっと考えを巡らせている。
食べ終わった後は、何かヒントになりそうなことはないかとスマホで『プログラム 長い名前』だとか『プログラム じゅげむじゅげむ』等、思いつく限りの言葉を入れて検索をしてみた。
しかし、ヒントになりそうな検索結果は出てこない。
「はあ」
溜息をつき、万年床の上に寝転がった。頭の中で考えがぐるぐると渦巻いている。
ふと身体を横に向けた。そこには、前に自分でもゲームを作ってみたい、と思って購入したプログラミングの入門書が転がっている。
それをなんとはなしに手に取り、無意識にぺらぺらと項をめくった。
なんとなく引っ掛かりをおぼえて途中のページで動きを止める。そこである一つの言葉が目に飛び込んできた。
「バッファオーバーフロー、か」
本を脇に置き、スマホに持ち替える。
『バッファオーバーフローとは』
虫眼鏡のアイコンをタップする。検索結果の最上位を選択すると次のような説明がされていた。
『プログラムで用意してあるバッファの大きさを超えるデータが送り込まれ、データが溢れることである。 また、データを溢れさせることで、システムに誤動作を起こしたり、悪意のあるプログラムを実行したりすることを指す』
『じゅげむじゅげむ』は相当長い名前だ。
ひょっとして虫野粋雄はその長い名前にしたことにより、バッファオーバーフローを起こしたのではないか?
それであれば、このキャラクタの生みの親である久我に、虫野の死体を検死してもらえば、何かわかるかもしれない。
そう考えた島浦はいても立ってもいられなくなり、すぐにヘッドマウントディスプレイの電源をオンにした。
いまの仮説を早く検証したい、という一心で。
しかし、無常にも画面には次のようなメッセージが浮かび上がった。
『次のゲーム開始まで 11:16:40 お待ちください』
時間は秒単位でどんどんカウントダウンされていく。とはいえ、次にゲームを始められるまではまだ十一時間以上残っていた。
『ちっ』
軽く舌打ちをする。仕方なくヘッドマウントディスプレイの電源を落とした。
その後は他のゲームをしたり、風呂に入ったりして時間を過ごした。
しかし、十二時を過ぎても一向に眠くならず、布団に入っても寝つけないまま朝を迎えた。
起き上がり、枕元に置いてあったおにぎりを口に頬張る。食べ終わり、今度は冷蔵庫を開け二リットルのペットボトルのお茶をぐいっと口に含んだ。
「よしっ」
島浦は気合を入れ、ヘッドマウントディスプレイを装着する。
この時間に始めれば学校には間に合うだろう。
眠気はほとんど感じなかった。
いつもの自分の部屋からゲームは始まる。『移動』コマンドですぐに久我の家に向かった。
「虫野粋雄の死体を検分してほしいんです。虫野粋雄というキャラクタを作った久我さんなら、見れば何か原因がわかるかもしれないと思って」
久我はこのお願いにすぐに首を縦に振り、一緒に事件現場に向かった。
若い警察官に、久我が死体の検分をしたい旨を話すと、すぐに死体安置所に案内してくれた。死体はまだ保管されているらしい。
あっという間に安置所に到着し、遺体を引っ張り出す。
首の無い虫野粋雄をしばらく観察していた久我が声を漏らした。
「そういうことか」
「どういうこと、ですか?」
久我に見てもらってよかった。これでこの事件は解決に違いない。島浦は胸をなでおろした。
「虫野さんの死因がわかりました」
久我は虫野の死体を見つめたまま、話し始めた。
「虫野さんの死因は……バグです」
やっぱりそうか。島浦は確信した。
「バッファオーバーフロー、ですか?」
久我は島浦の方を見て答える。
「その通りです。『じゅげむじゅげむ』という名前を入れたことにより、バッファオーバーフローを起こしていました。名前を入れてコンパイルし直した瞬間、虫野さんの首から上の情報が消えてしまったようですね」
久我は少し悔しそうな表情を滲ませた。
「こんな簡単なバグに気づけなかったなんて……」
エンジニアとしてのプライドが許さないのだろう。
「でも被害が虫野さん一人で済んでよかったです。運が悪ければこの世界そのものを破壊してしまった可能性もあるわけですから。私としたことがこんな単純なバグに気づけないなんて、浅はかでした」
久我がしゃべり終わると、どこからかスマホを見つけたときと同じ音楽が鳴るのが聞こえてきた。
そして目の前に大きな文字で
『Mission Complete!!』
と文字が浮かび上がった。
普通のゲームでいうエンディングシーンなのだろう。そこからは一切何の入力も受け付けなくなった。
久我や虫野一家の回想シーンが壮大なクラシック音楽と共に展開される。
それらが一通り終わると、強制的にいつもの自分の部屋に戻された。
急に眠気が襲ってくる。この眠気には勝てそうになかった。
島浦は急いでゲームを終了し、ヘッドマウントディスプレイを頭から外す。
その後心地いい眠りについた。
その日一日学校は休んでしまった。
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