第三章 4
「やっとスマホ見つけたよ」
月曜の朝、学校に行くと、大宅が嬉しそうに話しかけてきた。
「その後、次のイベントのメール読んでたら、ちょうど時間になっちまったよ。でもやっと次のイベントを始められる。島浦はどこまで進んだんだ?」
どこまで話していいのか? ゲームの核心には触れないように気をつけないと、と島浦は慎重に言葉を選んだ。
「ええと、事件現場の捜索や、被害者の家族や同僚に会って、話を聞いている段階、かな。すでに事件発生から三日経ったことになってるんだけど、あまり捜査が進展してるような感じはしてないなあ」
少し言葉に詰まりながら説明する。
「今日も引き続き、事件発生から四日目の捜査を進める、って感じかな」
「なかなか骨のある内容っぽいな」
大宅がつぶやいたところで、教室に先生が入ってきた。
大宅もゲームの内容をあまり聞きたくないのだろう。昼休みや授業の間もそれ以上突っ込んだ内容に触れることはなかった。
帰宅後、この日も島浦は自分のペースでゲームを始める。
事件現場に直行した後、しばらく若い警察官と話をしていると玄関のチャイムが鳴った。
今度は誰だろうか? 期待しつつ玄関に向かう。
玄関に着くと、そこにはかっぷくのいい五十代くらいの男性が立っていた。
彼に対応しているのはもちろん最新式のロボットだ。ロボットが振り返る。
「こちらが豪田次生さんです」
豪田の顔を見る。どうやら怒っているようだ。
「何で俺が仕事でもないのに呼ばれなあかんのだ。俺は忙しいんだぞ」
豪田はロボットに向かって叫んでいる。
「あの……はじめまして。私は虫野さん殺害に関する事件の捜査を担当しております島浦と申します」
恐る恐るロボットの肩越しに豪田を覗き込みながらあいさつをした。
怒りがまだ収まらないのか、きつい表情で島浦を睨みつけた。
「なんだてめえは。俺を疑ってやがるのか? だとしたらお門違いだ。もういい、帰る。ここまで来たことで義理は果たせただろ?」
そう言って身体を反転させた。
さすがにここで帰られるのはまずい。
「待ってください。決してあなたを疑ってるわけではありません。被害者の当日の様子をお聞きして、少しでも事件解決の手掛かりにさせてもらえればと思っているだけなんです。お話だけでもさせていただけませんか?」
『疑っているわけではない』という言葉に少し安心したのか、豪田はこちらに振り返った。
「少しだけだぞ」
ふう、よかった。島浦は安堵した。
「では、こちらにどうぞ」
ロボットが豪田をリビングに案内する。
リビングでは前日と同様、虫野母娘が同席していた。
「豪田さん、事件当日ですが、まずこの家を訪問した理由から教えていただけませんか?」
すると豪田の表情が見る見るうちに鬼の形相に変わっていった。
「なんだ貴様、やっぱり俺のこと疑ってんのか? だとしたら俺は帰る」
ここは落ち着かせなければと島浦は焦った。
「すいません。決してそういうわけではありません。事件解決のためには、その日の虫野さんの行動の詳細を知る必要があるのです。決してあなたを疑っているわけではありません」
必死の謝罪のおかげか、豪田は少し冷静さを取り戻したようだ。彼が事件当日、この家に何をしに来たのか話し始めた。
「俺はマンション投資のセールスをしているんだ。あの日も一軒一軒順番に回っていた。この家はその中の一つ。ここに来た理由はそれだけだよ」
そこまで言い終わると、またなにか嫌なことを思い出したのだろうか? また鬼の形相に変わった。
「この周りの家の全部にセールスに行って、全部に断られたよ。まったく、どいつもこいつも、投資っていうのが何にもわかっちゃいねえ」
『この世界にはお金というものが存在しないのだから、投資という行為に意味があるのか?』
島浦は心の中で呟いた。喉元まで出かかったけれど、正直に発言しない方がいいだろう。そんなこと言ったら、またこの男を怒らせることになる。とすんでのところで留まった。
「この家の男もまったく興味持ってくれなかったよ。『マンション購入って、お金が存在しないこの世界でどうやって購入するんですか?』って、知るかよ俺がそんなこと」
言っていることがメチャクチャだ。
その後もこの男からいろいろと話を聞いてみた。しかし、事件解決に繋がりそうな情報はまったく得られなかった。
しかし、ゲームクリアのためのフラグにはなっているに違いない。気持ちを切り替えようと島浦は開き直った。
豪田との会話が同じことの繰り返しになったところで話を切り上げる。
「架空の世界とはいえ、ああいう態度で来られると、やっぱり緊張しちゃうよな。殺されなくてよかった」
島浦は一度、深呼吸をした。
豪田が帰った後は、地道な捜索活動の再開だ。しかし、特に新しい展開はない。
蜂野という男も相変わらず電話に出てくれない。
あと少しでこの日のゲーム時間終了かと思い始めた頃、この日二度目のチャイムが鳴った。
急いで玄関に向かう。あの巨体がいったいどうやって先回りをしているのだろう? 今回もすでにロボットが応対をしていた。
玄関には綺麗な女性が立っている。島浦の気配を感じたのか、ロボットが振り返った。
「駒沢三里様がお見えになりました」
肩まで伸ばした髪はさらさらしており、卵型の綺麗な顔立ちをしている。女優と言ってもおかしくない容貌だ。スタイルもスラッとしている。
「初めまして、この度の事件を担当しております島浦と申します」
少し緊張しながら自己紹介をした。
ロボットが三里をリビングに通す。しかし残り時間があとわずかしかない。急いで話を聞かないと、と島浦は焦った。
「事件解決のためにぜひご協力をお願いします。まず、駒沢さんと被害者である虫野粋雄さんのご関係と、事件当日の訪問理由をお聞かせいただけませんか」
二つの質問を同時に投げかけたが、三里はどちらの質問も理解してくれたようで、淀みなく答える。
「私、ここの近所の居酒屋でアルバイトをしているのですが、虫野さんはお店の常連さんなんです。小さなお店ですから、店の者もお客さんも、みんな仲いいんです」
ニコニコしながら答える。かわいい、と島浦は思った。
「事件当日は私、虫野さんの相談に乗ってあげてて。それで、ある方を紹介してあげたんです」
この世界では食事をする必要がない。もちろん物理的にお腹は空くし、喉も乾くのだけど、ゲームの中で飲み食いしたところで空腹やのどの渇きが満たされるわけではない。
だとしたら、美里がバイトをしているという居酒屋の存在意義とはいったい何なのだろう?
また堂々巡りの疑問が島浦の頭の中を駆け巡る。
「そうだ。そんなことを考えている時間はない。次の質問に移ろう」
島浦は気持ちを切り替え、次の質問に移った。
「その相談の内容を詳しくお聞かせいただけませんか?」
すると三里からは意外な答が返ってきた。
「今日はもうあなたの残り時間がほとんどないとお見受けしました。詳細は明日お話ししたいと思います」
これは演出なのだろうか? 三里が時間ぎりぎりに来たのはこの演出のためだったのかもしれないと島浦は勘ぐった。
「その際に、虫野さんが会いに行ったある方に、あなたにも会っていただきたいのです。先方には私から連絡を取っておきますので、明日はその方の所に一緒に行ってもらえませんか?」
断る理由はない。二つ返事で三里の提案に賛同した。
と同時に自分の部屋に強制的に戻された。
「明日会いに行く人ってどんな人なんだろう?」
もやもやとワクワクが同居した状態で、この日のゲームを終了した。
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