第三章 3

 日曜日。もちろん学校は休みだ。

「もう十時過ぎか。サンドイッチ食べたら早速始めるかな」

 島浦は朝食を食べ終わると、急いでヘッドマウントディスプレイを装着した。

「さて始めるか」

 ふうっと一つ息を吐く。心を落ち着かせてからヘッドマウントディスプレイの電源をオンにした。

 ゲームをスタートすると、早速事件現場に直行する。

 昨日と同様、証拠品探しや母娘二人との会話から始めた。しかし、なかなか事件解決に繋がりそうな収穫はない。

『ピーンポーン』

「ん? 何の音だ?」

 廊下に出る。なにやら話し声が聞こえてきた。

 どうやらその声は玄関からのようだ。ひょっとして、昨日ロボットが呼んでくれると約束した三人の内の一人だろうか?

 島浦は期待を胸に抱きながら玄関に向かった。

 そこではすでにロボットが応対をしてくれている。島浦の存在に気づくと、振り向いた。

「島浦さん、音無様が訪問してくださいました。こちらが音無一郎様です」

 来客は島浦の方をチラッと見て、会釈をした。

「どうも、はじめまして。音無一郎と申します。この度の虫野の件は本当に驚いています。何か力になれることがあればと思い、急いでこちらに伺わせていただきました」

 音無は上下紺のスーツを着た、いかにもサラリーマン風の実直で好感の持てそうな男だ。

「こちらこそ、突然お呼び立てしてしまい申し訳ございません。この事件解明のためにも、ぜひご協力よろしくお願いします」

 島浦がそう言うと、ロボットが音無をリビングに案内した。

 その場にいて当然、というように虫野母娘も音無の尋問に同席した。恐らく母娘二人がここから移動するという動作はプログラミングされていないのだろう。

「音無さん、さっそくですが話を聞かせてください。まずはあなたと虫野粋雄さんとの関係についてからお伺いします」

「虫野さんとは会社の同期で、同い年なんです。職場での席も近いので何かと話す機会は多いですね」

 音無一郎は第一印象通り、実直に答えてくれている。彼から事件解決のヒントは得られるだろうか?

「とても明るい人間で、自殺を考えるような奴では絶対にないです。それに、誰に対しても愛想がいいので、恨みを買っていたということもないんじゃないかと思っています」

 素直に協力をしてくれ、自分の答えられることにはすべて答えてくれる。実に好感の持てる男だ。

「虫野さんは最近悩んでいたとか、何かを心配しているというような雰囲気はありませんでしたか?」

「ううん、私が彼に接している限りは、そういった感じは見受けられなかったですね」

「そうですか。ところで、事件当日お二人でお食事に行かれた経緯から、別れるまでの詳細をお聞かせいただけませんか?」

「亡くなった前日に、会社で虫野さんの方から、『休日だけど、この日は家族が出かけていて暇なんだ』という話しを伺っておりました」

 気のせいだろうか? 島浦には彼が少し涙ぐんだように見えた。

「私は独身で彼女もいませんから、その日も特にすることが何もなかったんですよね。それで、朝目が覚めた際に、彼の所に遊びに行ってみるか、と思った次第なんです」

 こんな爽やかな人でも彼女ができない。人生は無情だ。

「それで起きがけすぐに彼の所に電話をしたら、昼三時頃までならOKの返事をもらえたんです。じゃあ外でランチでも、ということで二人して出かけました」

 駒沢三里との約束が夕方の五時。音無一郎と三時までというのはつじつまが合う。豪田はアポなしの来訪だから、特に考慮に入れる必要はないだろう。

「食事中は他愛ない話で盛り上がりました。私の仕事の愚痴ですとか、結婚していないことを親にネチネチ言われ続けてることに対しての不満ですとか、すごく親身になって聞いてくれました」

 音無は凄く楽しそうに被害者のことを回想する。いい人だったのだろう。

「私のネガティブな話にも、彼はポジティブにああすればいいんじゃないか、こうすればいいんじゃないかと言ってくれるんです。その他は趣味のゲームの話だとか、テレビの話だとかで盛り上がりました。その間、特におかしなところはなかったんですけどね……」

 ここまでの話を聞く限り、虫野粋雄におかしなところはないように思える。

「話をしている間に、私の方が会社から呼び出しくらっちゃいまして、結局二時頃お開きになりました」

「食事の代金はどちらかのおごりですか? それとも割り勘ですか?」

 すると音無は、こいつは何を言っているんだ? という表情で苦笑いをした。

「この世界にはお金というものが存在しませんから、どちらも何も払っていませんよ。それに別に我々正直お腹空かないので、食事に行っても何も食べません」

 島浦はうんうんと頷いた。

「三時以後の予定が何かって、虫野さんは何か仰っていませんでしたか?」

「誰か人に会う、ということしか聞いてなかったですね。特にそれが誰なのか、何の用事なのか、というプライベートなところは聞かない方がいいのかな、と思って」

 他にもいくつか質問をしたが、事件に関わるような情報は聞き出せなかった。

 三時以後に会うと言っていた人物は駒沢三里で間違いないだろう。

 虫野粋雄が駒沢三里に会っていたのは計画的なものだった。これでますます駒沢三里に会う必要性が出てきた。

 彼女とはすでにロボットから連絡を取ってもらっているので、待つより他にない。

 音無との話が終わった後は再び証拠品探しや、虫野母娘やロボットとの会話を繰り返した。けれども事件に関する収穫は特に得られない。

 蜂野にも何度か電話をかけてみたが、やはり出なかった。

 こうして事件三日目の捜査を終えた。

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