第三章 2

「えっ? スマホ見つけたの? なんで俺を呼びに来てくれなかったんだよ」

 次の日、前日のゲーム内容を話すと、大宅が少し不満気に応えた。

 今日は土曜日だが、島浦たちの通っている大学は土曜日も午前中だけ授業がある。

「ごめん。すっかり自分のゲーム進行に夢中になっちゃって。どこで見つけたか知りたい?」

「いや、もう一日だけは自分の力で探してみるよ」

 大宅は一旦そういったが、その後少しもじもじしながら手を合わせ、懇願するような口調で考えを改めた。

「やっぱり簡単なヒントだけくれねえか?」

 島浦は少し考え、本当にごく簡単なヒントを一つ与えた。

「大家の弟の言葉を注意して聞いていればすぐにわかると思うよ」

「大家の弟? なんかそんなすごいヒント言ってたっけ?」

「お前も一緒に聞いてたはずだよ」

「わかったもう一回話しを聞いてみる。でもたしか深夜番組でやってたコントの話しかしてなかったよな。そん中にヒントがあるってことか?」

「ふふっ」

 島浦が含み笑いをすると、大宅は「なんかムカつくなあ」と笑って返した。その瞬間教室に先生が入ってきて授業が始まった。



 今日は、島浦に大宅と一緒のタイミングでゲームを始める理由がない。なので、帰宅するや否やすぐにゲームを始めた。

『移動』コマンドで一気に事件現場まで飛ぶ。

 制限時間の一時間で今日はどこまで犯人を追い詰められるだろうか? 無駄な動きはひとつもできない。

 そんなことを思いながら、ゲーム前から考えていた行動を順番にこなし始めた。

 まずは被害者、虫野粋雄の家族が帰っているかどうかを確認する。

 現場に到着すると、この日も昨日と同じ若い警察官が控えていた。その警察官に家族がどうしているか単刀直入に尋ねる。

「被害者の家族は帰ってきているかい?」

 すると若い警察官は、指の先までピンと伸ばした右手を自分のおでこまで上げて、敬礼しながら答えた。

「はい、すでに帰宅されてます。いまは一階のリビングで待機してもらっております」

 昨日はあまり動き回る時間がなかったので気づかなかったが、この事件現場は二階なんだと初めて気づいた。

「ご家族の精神状態は問題ないのかな?」

 家族にはいますぐ面会して話を聞きたいとはやる気持ちを抑えて聞いた。

「問題ありません」

 それを聞いて島浦は意気揚々と事件現場の部屋を出て、一階のリビングに向かった。

 二階の廊下を歩く途中、昨日会ったロボットとすれ違った。何か話しかけられたようだが、無視して目的地に向かう。

 一階に下り、最初に目についたドアを開けた。

 そこには優に八人分はあるだろう背もたれ付きのイスに囲まれるように、ダイニングテーブルが一脚置かれていた。

 そして部屋の奥、隅の方には恐らく給仕係なのだろう、二階にいるそれよりも近代的に見えるロボットが控えている。

 ここはリビングルームではなく、ダイニングルーム。どうやら被害者の家族はここではないようだ。

「この部屋は家族に会った後に調べよう」

 そんなことを呟きながら島浦は一旦ドアを閉め廊下に戻った。

 廊下にはもう一つ大きなドアがある。

 ドアを開け、中に入ると年配の女性が一人、二人掛けソファの右側にうなだれながら座っている姿が見えた。

 部屋の奥にはアップライトピアノが備え付けられている。その手前にある背もたれのないイスには、中学生くらいの女の子が座っていた。

 この二人が被害者の家族だろう。

「あら、ママお客様よ」

 島浦に気づいた女の子が母親に声をかける。

 まずは母親から話を聞こうと思い、話しかけた。

「こんにちは。勝手に入ってきてしまい申し訳ありません。今回の事件を担当いたします警察の島浦と申します。この度はご愁傷様でした」

 あいさつをすると母親である虫野芳子は座ったまま、顔を重そうに上げ、無言で島浦の顔を見た。憔悴し切っている。

「申し訳ございません、お茶のひとつもお出しせずに」

 虫野芳子は静かな低い声でいうと、そばにあるテーブルの横に付いているボタンを押した。

「お客様にお茶をお出しして」

 ボタンの隣に配置されたスピーカー兼マイクに向かって命令した。

 しばらくしてリビングルームのドアが開いた。先ほどダイニングルームに控えていたロボットだ。

 ロボットがこちらに近づいてくる。

「お茶をどうぞ」

 二階にいるロボットと違って、まるで人間がしゃべっているように滑らかな口調だ。

 感心していると、ロボットの胸の真ん中辺りがパカッと開き、トレーと共に湯気を上げた湯呑みが前にせり出してきた。

「ありがとう」

 そう言ってお茶を受け取った。これでのどの渇きを潤せるのだろうか? 島浦はそんな疑問を持った。

「この家には随分たくさんのロボットがいるんですね」

 芳子は首を横に振る。

「二階にいるロボットを見たでしょう? あれは旧式過ぎて何の役にも立ちませんから。実質的にはいまお茶をお出しした一台だけ。ごく一般的な家庭と何も変わりませんよ」

 娘の虫野吐息がこちらを見ながら明るい声で話しかけてくる。

「二階にいるロボットはね、私の遊び相手なの。でも反応がワンパターンだからつまんなくて」

 口を尖らせる。

「ご主人のことについてお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」

 そう言うと、芳子は無言でコクンと首を縦に振った。

「お二人が出かける前に何かご主人に変わった様子はございませんでしたか? さ細なことでも結構ですからお話しください」

 芳子は少し考え込む様子を見せたが、すぐにぼそぼそと小さな声で話し始めた。

「特に変わった様子というのは見られませんでした。私たちが出かける時も、いつもの調子で送り出してくれましたから」

「ご主人だけがひとり家に留まって、お二人で出かけるということはよくあることなんですか?」

「ええ、まあ」

 芳子は返事に窮し、そこで言葉を一瞬止めた。しかし、すぐに再び口を開いた。

「別に夫をないがしろにしていたわけじゃないですよ。ただ夫があまり出かけるのが好きじゃないというだけのことです。今回も娘と私で京都旅行に行ったのですが、夫は家にいると言い張りましたので、二人だけで行ってきたのです」

「そうですか、わかりました。ご主人がお二人の留守の間に誰かと会っていたかどうか、というのはご存知ないですか?」

「たしか、私たちが出かけている間に、友達を家に呼ぶようなことを言っていたので、おそらく誰か来ていたのではないかと思います」

 昨日、粋雄は亡くなる前に誰かと会っていたのか。これはこの事件、案外早く片付くかもしれないな。島浦はそう期待した。

「そのお友達が誰か、というのはご存知ないですか?」

「私はよく存じ上げませんが、先ほどお茶を届けてくれたロボットが来客については記録していると思いますので、聞いてみてください」

「その人の名前はひょっとして『蜂野』じゃないですか?」

「さあ、私はよく存じ上げませんので、ロボットに聞いてみてください」

 そう言われ、島浦は引き続きロボットに来客についての話を聞こうと決意した。

「どうもありがとうございました。またご協力よろしくお願いします」

 二人にそう礼を言って、リビングルームを後にする。

 島浦は、今度はダイニングルームに向かった。ロボットは島浦にお茶を出した後、この部屋に戻ったに違いないと踏んでいた。

 ドアを開けると案の定、壁際に先ほどのロボットがひっそりと立っていた。

 いや、それは『立っていた』というよりは『置かれていた』という表現の方が適切かもしれない。まるでバッテリーが切れているように見えた。

 ロボットが自分の呼びかけに応答してもらえるかどうか心配しつつ、恐る恐る話しかける。

「あの、お尋ねしたいことがあるのですが」

 すると、おでこの真ん中辺りに配されたLEDが点灯し、音声が流れ出した。

「なんなりとお申しつけください」

 お茶を運んできてくれたときと同じく、とても流暢な日本語で応答した。

「昨日この家を訪ねてきたお客さんについて聞きたいのですが、何かご存知じゃないですか?」

「一人目、二人目、三人目、どのお客様のことですか?」

「えっ?」

 島浦は思わず言葉に詰まってしまった。まさか来客が複数人いるとは予想していなかった。

 まあでも、一人ずつ順番に聞き出せばいいか。それが謎解きゲームの王道だし。と気持ちを落ち着ける。

「一人目のお客さんについて教えてもらえませんか?」

 ロボットには個人情報保護という概念はまったくインプットされていないのだろう、来客についてペラペラと話し始めた。

「昨日の一人目のお客様のお名前は『音無一郎』様。男性です。年齢はご主人様と同じくらいと思われます。音無様は昨日の午前十一時頃こちらに来られました」

 そこまで話すと、ロボットはそれまで島浦の方に向けていた身体を一八〇度回転させ、壁の方を向いた。

 どうしたんだろう? そう思いながら島浦はロボットの顔を覗き込む。

すると、突然ロボットの目が光り出した。

「なんだこいつ?」

 壁になにやら映像がふわりと浮かび上がる。それは三十代中頃と思われる男の胸上写真だった。

「こちらの写真が音無一郎様です」

 一秒ほど間を開けた後、映像はフェードアウトし、ロボットは再び島浦の方に向き直った。

「この写真も『メモ』コマンドで後から確認できるようになっておりますのでご安心ください」

 ロボットも島浦に気を使ってくれているようだ。それにしてもメモコマンドでいつでも思い出せるなら安心だと、島浦は続けざまに二人目、三人目の客についても聞いた。

「二人目のお客様のお名前は『豪田次生』様、男性です。年齢は五十歳くらいと思われます。豪田様は昨日の午後二時頃にこちらに来られました」

 続いて三人目。

「三人目のお客様は『駒沢三里』様、女性です。年齢は二十五歳くらいと思われます。駒沢様は昨日の午後五時頃にこちらに来られました」

「あれ? 蜂野という男はいないのか? 捜査を進めていく内に関係がわかるようになっているのかな? それにしても三人目は若い女性か。このうだつの上がらなそうな男の来客としては意外だ。しかも来た時間が夕方の五時頃。怪しい雰囲気を匂わせる時間だ」

 島浦はロボットに、それぞれの来客についての質問を次々と浴びせた。そこでわかったことは次のようなことであった。

 一人目の音無は被害者の会社同期で、事件のあった日、虫野粋雄が留守番で暇をしていると思い、ランチを一緒に食べようと誘いに来たらしい。

 その説明後、ロボットは珍しく怒ったような口調で話を続けた。

「せっかくご主人様のために美味しいものを作ろうと考えていたのに、それを反故にされてしまいました。まったくもってけしからん輩です。ぷんぷん」

 ランチの後、粋雄は特に変わった様子もなく、一人で家に帰ってきたらしい。

 二人目の豪田は不動産のセールスマンで、粋雄にマンションを売り込みに来たとのことだった。

「この世界にはまだお金というものが存在しないので、マンションなど買えない」

 粋雄はそう言って豪田を突っぱねていたらしい。

「いや。必ず値上がりするから、今買っておいた方がお得だよ」

 断る粋雄に、豪田は訳のわからないことを言って粘り続けていたとのことだ。

 三人目の駒沢は、粋雄がロボットの作った夕食を食べた後、二人で出かけたらしい。どこに出かけたかは粋雄が話さなかったのでロボットにもわからない。

 出かけた時間は夜の八時頃。帰ってきたのは夜の十二時を回っていたらしい。

 帰ってきたときの粋雄の表情はとてもうきうきしていたようだ。

 ここまでの話を考えると、怪しいのはやはり三人目の女性、駒沢三里だろう。とはいえ、こういったストーリーではそうそう単純な展開になるとも思えない。

 捜査は足から。まずは全員に会おうとロボットにこの三人に連絡を取れないか尋ねる。

「では全員にあなたに会えるよう連絡を取ってみます」

 ロボットは快く連絡係を引き受けてくれた。

 加えて、被害者の携帯電話の履歴に残っていた蜂野についても尋ねてみた。

 しかし、そういう人物はこの家を訪れたことが過去一度もないらしい、とのことだった。

 ロボットとの会話を切り上げ、自分のスマホから蜂野の電話番号に再度連絡をしてみる。しかし、やはり蜂野は応答しなかった。

 さてと、次はどうしようかな?

 ぼおっと考えている時間ももったいなかったので、虫野母娘に話を聞いたり、現場や家の中で証拠になりそうなものを探し回ったりした。

 しかし、これといったものも見つけられず、この日の捜査は終了した。

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