第三章 1
早速スマホをいじってみる。
「おっ、メールが届いているぞ。何が書いてあるのかな?」
ニヤニヤしながらメールを開く。
「おっしゃ、予想通り。これは次のミッションに違いない」
『スマホ発見おめでとう。
もっとお祝いをしてあげたいところだが、喜びに浸っている暇はない。早速、次のミッションに取りかかってほしい。
ある一人のNPCが殺された。君は刑事になって犯人を探し、そいつを逮捕してくれ』
いよいよミッションが本格的になってきた。
『よし』
おもしろくなってきたと心の中でガッツポーズをする。
メールはまだ続きがあった。
『この世界の住人のひとりが何者かによって殺された。
彼は自分のベッドの上に横たわった状態で発見された。
首をなくした状態で。
詳細は現場にて説明するので、まずは向かってほしい。
現場に行くには『移動』コマンドで『事件現場』を選択すれば行けるようになっている。
君たちの幸運を祈る』
「何かの映画かなんかで聞いたようなセリフだな。まあいいや。とにかく現場に向かおう」
メールの通り『移動』コマンドを選択する。行き先には、これまで表示されていた『携帯ショップ』と『女子校』に加えて、『事件現場』という選択肢が増えていた。
迷わず『事件現場』を選択する。
一瞬で事件現場に到着した。すると、ジャニーズ系アイドルと言ってもおかしくなさそうな一人の若い警察官いる。
『事件現場』である部屋には豪華なキングサイズのベッドがど真ん中にデンと構えていた。部屋の広さはおそらく十二畳くらいだろう。
ベッドの上部にはひらひらとした飾りがついている。いわゆるお姫様ベッドってやつか。
そのベッドの上には首のない人間の形をしたものが横たわっている。
首がないのに、血痕は一滴も見当たらない。
表現の問題上、そういったものは表示しないようにしているのだろうか?
若い警察官がこちらに気づいて近づいてきた。そして丁寧に敬礼をする。
「島浦警部、お勤めご苦労様です」
「ぼ、僕が警部?」
聞き慣れない呼び方に島浦はしばし呆然とした。なんだか面映ゆさを感じ後頭部をポリポリとかく動作を思い浮かべる。
ゲーム内ではそんな動作は再現されていなかったが。
一般市民の気分でこの場に来てしまったけれども、殺人事件を解決しようとしているのだ。自分の役割は警察関係者か探偵のどちらかだろう、とようやく島浦は気づいた。
少なくとも家政婦ではないことは確かだ。
それにメールにも『君は刑事になって』という文言があった。
自分の立ち位置を冷静になって考え直す。
『僕は刑事なんだ』
自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。その気持ちを噛み締め、若い警察官に返事をする。
「ご苦労様。この事件について詳しく教えてくれないか?」
若い警察官は待ってましたといわんばかりの嬉々とした表情で答える。
「では、事件のこれまでわかっていることを説明いたします」
警察官が左手に持った手帳を開く。それを見ながら声を上擦らせて説明を始めた。
「被害者はこの家の住人であります、虫野粋雄(むしのいきお)。三五歳の男性です。この家では妻である虫野芳子と一人娘である小学校一年生の虫野吐息、三名の家族で暮らしておりました」
ここまで言い終わると若い警察官はニコっと微笑んだ。
「ご安心ください。重要な情報はいつでも『メモ』コマンドで確認できますから」
よかった。こんなの全部覚えきれないもんな。島浦はほっと胸をなでおろした。
記憶力に関しては、まったく自信がない。メモを取っても、そのメモをどこに書いたか忘れてしまうくらいだ。
「続きを説明いたします」
若い警察官はそういうと続きを話し始めた。
「被害者、虫野粋雄は事件当時、この家に一人でいたと思われます。妻の虫野芳子と娘の虫野吐息はふたりで出かけており、こちらには明日帰ってくることになっています」
「ということは今日のところはまだ家族の二人から話を聞くことはできない、ということか」
「その通りです。明日、再びこの現場に来ていただければ、二人から話は聞けると思います」
島浦の呟きにも丁寧に答えてくれる。
「現場は、被害者が誰かと争ったという形跡は特にありませんでした。逆に自殺の線で考えても、遺書やその類のものは見つかっておりません」
警察官がなにやらズボンのポケットをがさがさし出した。
「ただ、現場にはこの携帯電話が落ちていました。恐らく被害者のものと思われます」
「着信や送信の履歴は?」
この質問に若い警察官は少し気まずそうな表情を見せる。そして、口ごもりながらぼそぼそと質問に答えた。
「実は……本官携帯電話の使い方がわかりませんで……」
『この若そうに見える警察官が携帯電話を使えないという設定はちょっと無理があるよな』
島浦は心の中で呟いた。
「わかった、ちょっと貸してくれ」
そう言って、被害者のものと思われる携帯電話を受け取る。
パスワードはかかっていないようだ。そこで電話やメールの着信、送信履歴をチェックすると、何度も連絡を取り合っている名前が見つかった。
その電話番号に島浦のスマホから電話をかけてみる。名前は蜂野佐須蔵(はちのさすぞう)。
十コールほど待ってみたが、蜂野は電話に出ない。
「仕方ない、また明日連絡を取ってみよう。他に何かわかっていることは?」
島浦はすっかり自分が始めから警察官だったかのような気分になっていた。
「いえ、いまのところわかっていることは以上です」
いくらなんでも情報が少なすぎやしないか?
まあでも仕方ない。今日はもうそれほどゲーム時間が残っていないだろう。島浦は潔くあきらめた。
明日になれば虫野の妻と娘が帰ってくる。本格的な捜査は明日以後だ。
島浦はこの若い警察官との会話を切り上げた。
「さて、残った時間、どうしようか? 何か他に証拠になりそうなものはないか、探してみるか」
島浦は事件現場である部屋の中を、何かないか探し回った。しかし、何も見つからない。
部屋の中を調べ終わり、他の部屋の確認をしようと、その部屋にある唯一のドアを開けた。
「なんだ、これは……?」
そこには巨大で無機質な、二メートルはあるだろう人型の物体が立ちはだかっていた。
それは一昔前のSF映画なんかに出てきそうな四角くて、ゴツゴツとしたロボットであることがわかった。
「ナニカゴヨウデショウカ?」
ロボットが突然しゃべりだした。声もしゃべり方も見た目と同じく、一昔前のSF映画に出てきそうな無機質で抑揚のない、いわゆる合成音声だ。
「何か命令をした方がいいのかな? でも、このロボットが何者かをまず調べるのが先決か? よし、とりあえず質問してみよう」
島浦は意を決してロボットに話しかけた。
「お前は何者だ?」
「ワタシハ、オテツダイロボットデス。ナンナリトゴメイレイクダサイ」
レスポンスは早い。回答内容から察するに、人工知能的なものは持ち合わせていないように思える。与えられた任務を黙々とこなすだけなのだろう。
これ以上質問しても何も得られないような気がした。
「ありがとう。いまは特にないよ」
するとロボットは移動を始め、どこかに消えてしまった。
その瞬間、いつものふわりと浮く感じがした。見慣れた部屋に強制的に戻され、これまでのゲーム内容を保存するかどうかを聞かれる。
保存を選択すると現実世界に戻った。
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