第二章 6
「いったいいつになったらスマホ、手に入るんだろうな?」
大宅がもういい加減次の新しいことをやりたいよ、とカレーを口に運びながらぶつくさ言っている。
ここのところ、話題はタイムマシン社のゲームのことばかりだ。
「まあ、さすがに携帯ショップに行けるようになったんだから、そろそろ手に入るだろ? 今日もお互い準備でき次第、すぐにゲーム開始だ」
大宅は口の中のカレーライスを飲み込んでから、
「わかった」
と返事をした。
「にしても、一時間って短いよなぁ」
ごちゃごちゃ文句を言いながらカレーを食べ続ける。
「よし、準備OK。大宅に連絡するか」
大宅にメッセージを送った後はヘッドマウントディスプレイをそばに置いて、この先の展開を頭の中でシミュレーションする。
携帯ショップに行っても簡単にスマホが手に入るなんてことはないのではないだろうか? 携帯ショップでスマホを手に入れるなんてゲームにならんよな。
そんなことを考えていると、大宅からメッセージが届いた。
島浦は『OK』とだけ返事をし、慣れた手付きでヘッドマウントディスプレイを装着した。
いつものように見慣れた自室から始まると、早速『移動』コマンドを選択し、携帯ショップに移動する。
すぐに大宅も現れた。
携帯ショップの中にはサラリーマン風の客が一人と他には店員と思われる者が三名いるだけだ。
だだっ広い店に棚が一つだけ置かれ、ポツンと一台だけスマホが置かれている。
「あの店員に聞いてみるか」
まずは暇そうにしている三十代くらいと思われる男性店員に声をかけた。
「あのお、スマホ一台欲しいんですが」
男は満面の笑みで元気良く返事をする。
「はい、一台三万九千八百円になります」
「えっ?」
島浦は思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。隣で大宅も怪訝そうな表情をしている。それが大宅の心を表した表情なのかどうかはわからないけれど、少なくとも島浦にはそう見えた。
「あの、お金、いるんですか?」
「はい、三万九千八百円になります」
島浦の質問に店員は間髪入れずに返答する。
「この世界にお金って存在するんですか?」
お金を出せと言われているのに、この質問はいささか頓珍漢な感じがした。それに対する店員の回答はさらに頓珍漢なものだった。
「いえ、いまのところそういう制度がこの世界で確立されておりませんので、ありません」
表情を見る限り、まったく悪びれた様子はない。どうしたらいいのだろう……
「ううんと、意味がよくわからないんですけども」
「はい、私もよくわかりません」
この店員はどんな状況でもにこにこしているらしい。大宅が横から口を挟んだ。
「要するに、ここでこのスマホを手に入れるのは無理だということでしょうか?」
店員はしばらく『ううん』と考えるそぶりを見せた。しかし、すぐにまた明るい表情に戻る。
「そうなりますね」
『ダメだこりゃ』
島浦の脳裏にはこのフレーズがよぎった。
この店員と会話を続けてもらちが明かない。他の店員に話をしてみよう、と店の奥に立っているこの店の責任者風の男に近づいた。
「すいません、あなたはこのお店の責任者ですか?」
その誠実そうな男は低く、ゆっくりした口調で返答をする。
「はい、設計者からその名前を与えられたようなので、どうやらそのようです」
うん、正直だ。
「じゃあ、このお店の運営責任はあなたにあるんですよね?」
しかし島浦のこの質問に対する責任者の返答はおかしなものだった。
「いえ、私は『責任者』という名前ではありますが、このお店の運営に責任を持っているわけではありません。このお店で何をするかはあなた方ご自身の責任です。私には関係ありません」
この回答に業を煮やした大宅は少し怒った声音で、責任者に話しかけた。
「じゃあ、この店で何をするかは俺たちで勝手に決めていいということか?」
「はい、責任者はあなた方なので、そういうことになります」
「じゃあ、ここに置いてあるスマホもらってくぞ」
「はい、どうぞ。しかし、持っていった瞬間に私がこの世界の警察に通報するので、あっという間にゲームオーバーになりますよ」
男は意地の悪い笑みを浮かべながらそう答えた。
この男もダメだ、そう感じた大宅は最後の望みとして女性店員に話しかけた。
いつの間にか入ってきたサラリーマン風の男性客の接客をしているところに強引に割り込む。
「ちょっと話の最中に悪いけど、スマホくれよ」
「三万九千七百円になります」
女はにこやかな表情でこちらを振り返り、そう答えた。最初の男性店員よりなぜか百円安い。
それを聞いていた最初に会話した男性店員が大きな声を張り上げた。
「じゃあ俺は三万九千六百円で売る」
いや、そういう問題じゃないだろ。島浦は呟く。
「私は三万五千円で売るわ」
「じゃあ俺は三万円」
値引き合戦でどんどん値段が引き下がっていく。これはひょっとして……。俄然二人は期待し始めた。
これで最終的にゼロ円になって、存在しないお金を払わなければいけないという矛盾した状態を抜け出せるのではないかと。
そして、ついにそのときはやってきた。
「じゃあ、俺はゼロ円で売る」
男性店員が声高らかに宣言した。すかさず大宅が叫ぶ。
「よし、俺がそのスマホ買った」
すると男性店員は満面の笑みで大宅の方に振り返った。
「お買い上げありがとうございます。では、ゼロ円になります」
そう言いながら棚に飾ってあったスマホを手に持った。
喜び勇んで大宅はその男性店員に近づく。そしてスマホを受け取ろうとした。しかし、男性店員はスマホを持った右手を後ろに引っ込める。
「このスマホをお渡しする前にゼロ円を払っていただくのが先です」
キャラクタの表情を見る限り、大宅は明らかに困惑している様子だ。プレイヤの気分がゲーム内のキャラクタの表情に反映されるわけではないので、気のせいだとは思うが。
「ゼロ円だから払うもんなんてないだろ? 四の五の言ってないで早くそのスマホ渡せよ」
しかし、男性店員はあくまでスマホを引っ込めたままだ。
「いいえ、これは決まりですから、きちんと『ゼロ円』を払っていただかなければこのスマホをお渡しするわけにはいきません」
頑として譲らない。
「なんなんだこいつらは?」
二人は何も言い返せなかった。
「この先どう進めればいいんだ? やれることはすべてやったぞ」
そうつぶやいた直後、女性店員とサラリーマン風の男性客の会話が耳に入ってきた。
「いやあ、最近の女子高生は何でも知ってるよね。女子高生に聞けばこの世界のこと、何でもわかっちゃうって噂だぜ」
客の話しに女性店員がうんうんとうなずいている。
ひょっとして……? 次はその『女子高生』に話を聞けばいいのか?
僕はその男性客に声をかけた。
「すいません、その女子高生のいる場所、教えていただけませんか?」
「ああ、いいよ。地図持ってるならその場所教えてやるよ」
大家からもらった地図をその男に見せる。すると赤いペンで女子高の位置に丸が描かれた。
「これでいつでもその女子高に行けるぜ。だけど変な気起こすんじゃねえぞ。変な気起こしたらすぐに警察につかまってゲームオーバーだからな」
「わかった、ありがとう」
お礼を言った後は、間髪入れずに女子高に移動する。
その様子を横で見ていた大宅も、その男性客に地図を見せていた。
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