第二章 5

「あの後どうだった?」

 次の日、学校で大宅を見つけるや否や質問した。

「いや、俺もお前と始めた時間ほとんど同じだったみたいで、お前がいなくなった後、すぐに部屋に戻されたよ。だからあれ以上何も進展してねえ」

 大宅はそう返答をすると、一呼吸置いてから再び口を開いた。

「あのセリフ、なんかヒントになってんのかな?」

「あのセリフ?」 

 あのセリフって何だっけ? 島浦はまったく思い出せず、続きを期待して大宅の顔を見つめた。

「なんてセリフだっけ?」

「あれだよ。大家の弟が言った『あいつ、いつも人のこと見下してばっかのくせに肝心な時に使いもんになんねえな』ってセリフ。なんか引っ掛かるんだよな」

 部屋に引き戻される直前に大家の弟が吐いたセリフだ。一昨日も同じセリフを聞いたような気がする。

「確かにちょっと気になるな。『見下してる』か」

 大宅が何か思いついたのか、少し明るい表情になって『あっ』と叫んだ。

「何々? なんかわかった?」

「『見下す』ってことは地面の下か、逆に『見下せる場所』、つまり天井とか屋上に何か仕掛けがあるんじゃないのか? 俺たちが見下すのか、大家の方が見下すかで意味が変わってくるとは思うんだけど、そのどっちかに何か仕掛けがあるとは思わないか?」

「それそれ、そうに違いないよ。今日は上と下を調べよう」

 よし。次にやるべきことは決まったぞ。早く試したいな。ああ、早く授業終わらないかな。島浦はそわそわし始めた。

 この日の授業は完全に上の空な状態だった。何も頭に入ってこない。

「じゃ、五時にゲーム開始な」

 大宅が待ちきれない様子で席を立つ。あいさつもそこそこにそれぞれの住むアパートに帰っていった。

 帰りがけ、いつものようにコンビニに寄る。今日はローテーションからするとから揚げ弁当だ。

「あれ? なんでだよお。こういうときに限って、から揚げ弁当見当たんないじゃん。仕方がない。これでいいや」

 何弁当かも確認しないでレジに向かう。お金を払った後に飲み物を買っていないことに気づいた。しかし、ペットボトルを持ってまたレジに並ぶのも面倒だ。ま、自販機でいいか、とコンビニを後にした。

 急ぎ過ぎたか、アパートに到着したのは約束の時間の三十分前。まだ相当余裕があった。

「ああ、でも早く始めてえな。取り敢えず電源入れちゃえ。起動の合間にトイレを済ませてと。よし、オープニング画面まで立ち上がってるぞ。それにしても、約束の時間ちょっと遅かったかな? あと十五分早くしときゃよかった」

 大きな声のひとりごとを呟く。

「そうだ、大宅にLINEしよう」

『こっちは準備OK』

 大宅からもすぐに返事が来る。

『こっちは、いま玄関』

 学校に、より近い場所に住んでいる島浦の方が、準備が早く整うのは当然だった。仕方なくもう少し待つ。

『準備できたらメッセージちょうだい。早く始めようぜ』

 大宅も返事は早い。

『ラジャ』

「大宅、早く返事寄こさないかなあ。待ちきれないよお」



 五分後。

 スマホがブルッと振動した。大宅だ。

『準備完了』

 島浦は待ちきれない様子で大宅に返事をする。

『じゃあ始めようぜ』

 ヘッドマウントディスプレイを装着し、慣れた操作でスタートボタンをクリックする。

 いつもの部屋で目覚めるとすぐに玄関に向かい、外に出た。

 大宅もちょうど部屋から出てくる。

「じゃあ、俺は天井を調べるから、島浦は地面を調べてくれ」

「わかった」

 今日は徹底的に見下してやるぞ。大家さん、出ておいで。と頭の中で呟きながら行動を開始する。

 階段を降り、アパートの庭に出ると、もうすっかり顔なじみになった大家の弟がいた。

 大家の弟がいつも通り何やら話しかけてくる。しかし、聞こえないふりをして、無視した。

 どれくらい時間が経ったろうか?

 草がボウボウと生い茂るアパートの庭の真ん中に、何やら丸い鉄のふたがあることに気づいた。マンホールだ。

「大宅う、ちょっとこっち来てくれえ」

 そういや、いま叫んじゃったけど、現実世界でも大声張り上げちゃってるのかな?

『隣の部屋から奇妙な叫び声が聞こえる』

 なんて現実世界で苦情が来ないかな? と現実世界の心配をした。

「おう、何か見つけたのか?」

 心配事を吹き飛ばすかのように、大宅がやって来た。大宅は足下をじっと見ている。

「マンホールか。この下、たしかに何かありそうだな。開けてみよう」

 重くて開けるのに苦労すると予想していたのだけれど、意外にもコマンド一発で簡単に開いた。

「バーチャルの世界だと体力いらないから楽だな」

 大宅がぽっかり開いた空間を覗き込む。

「誰かいますかあ?」

 大宅が下に向かって叫ぶと、微かな声が聞こえてきた。

「おおい」

「ん? 今、声聞こえたよな?」

 大宅が確認を求めてきた。

「うん、いまのは人の声だよね。すっごい小さな声だったけど」

 大宅がもう一度下に向かって叫ぼうとした瞬間、突然男の顔が下から、ぬっと現れた。

 二人はびっくりしてしばらく動けなかった。

「やあ」

 下から現れた男は爽やかな表情で声をかけてきた。

 二人は黙って男の顔をじっと見つめる。

 いつも鉢植えに水をやっている男の顔にそっくりだ。

 あの話し好きな男に少し皺を増やしただけ。この人物こそ大家だというのは明らかだった。

「マンホールのふた、開けてくれてありがとう。おかげで助かったよ」

 男は満面の笑みだ。

「もう一生出れないんじゃないかと思ったよ。よく気づいてくれたねえ。誰かが俺が下にいるのにふた閉めちゃったんだよな。多分俺の弟だと思うけど。あのやろ、見かけたらただじゃおかねえぞ」

 兄弟揃って話好きのようだ。この男の話もなかなか止まらない。

「これ、閉められちゃったら、中から開けられないんだよね。こりゃ、プログラマの設計ミスだよな。おかげでずっと出れなかったよ。よし、助けてくれたお礼にお二人には何でもさせていただきますよ。なんなりと仰ってください」

 おっしゃ、待ってました。ついにスマホを手に入れられるぞ。と島浦は身を乗り出した。

「あのお、俺たちスマホが欲しいんですよ」

 すると大家は嬉しそうに答える。

「お安い御用でさあ。スマホですね」

 なぜか江戸っ子風の口調だ。

 大家は画面から一瞬パッと消えたが、またすぐに現れた。

 その手にはスマホではなく、大きな紙を持っている。

 大家が持っていた紙を、二人の視界いっぱいに広げると、画面には大きな地図が映し出された。その地図には赤いペンで丸く囲われた場所がある。

「この赤で囲われたところが、いまあなた方がいるアパートのある場所ですね。そして」

 画面の右端から恐らく大家のものと思われるペンを持った手がニョキっと伸びてくる。そしてある一ヶ所を赤で囲った。

「ここが携帯ショップです。この地図はお二人に一枚ずつ差し上げます。これで『移動』コマンドを選択すると、続いて『携帯ショップ』と表示されるので、道に迷ってもいつでも携帯ショップに行けるようになってます」

 なんだ、『何でもさせていただく』と言った割には、スマホをくれるわけではなくて、道を教えてくれるだけか。でもお礼くらいは言っておくか、と島浦はお礼を言った。

「ありがとうございます」

 すでに辺りはすっかり暗くなっていた。

 今日はそろそろ終了かな、と思った瞬間、身体がフワッと浮くような感覚になり、直後には見慣れた自分の部屋に戻っていた。ここまでの経過を記録し、現実の世界に戻った。

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