第二章 4
翌日、学校に行くと、いつも通り大宅が先に来て、席に座っていた。
「おはよう」
カバンの中をまさぐっている大宅に、明るい調子で声をかける。
「おお、おはよう」
大宅がカバンから目を離さずに返事をする。
やがてカバンの中からペンと消しゴムを取り出すと、島浦の方を見上げて質問した。
「昨日、あれからやってみた?」
「もちろん。帰った後、すぐに始めたよ」
「どこまで行った? 俺、結局部屋から出られなかったよ」
どうやら大宅は島浦より遅れているらしい。
「僕は部屋の外に出て、大家の弟って人に会って、話をしたとこまでかな」
島浦は少し得意げに話した。大宅は目を大きく見開いて、興奮した様子だ。
「マジでもうそんなに進んだの? すげえな。後で外への出方だけでも教えてくれよ。外に出れなきゃ、何にもおもしろいこと始まんなさそうじゃん」
大宅は懇願するような目をした。
そこへちょうど先生が教室の中に入ってきた。
「じゃ、後でな」
そう言って、授業に集中した。
一時限目が終わり、次の教室へ向かう途中、答を教えても不快に思わないか、大宅に念のため確認をする。首を縦に振るので、僕は部屋の脱出方法を教えた。
「紙切れの裏か。どれくらいの人が気づいたんだろうな? 玄関のドアにある機械みたいなもんまでは気づいたんだけどな。ありがと、今日帰ったら試してみるよ。そしたら一緒に大家探しするか」
大宅はさらに
「ああ、今日は授業なんてどうでもいいから、早く帰ってプレイしていなあ」
とうずうずした様子を見せた。
島浦も、その気持ちは自分も同じだ、と思った。
それにしても、一日一時間で強制終了させられてしまうのはあまりに酷だ。もう少し長くプレイさせてくれてもいいのに。ぶつくさ呟く
この日の授業がすべて終わり、コンビニでその日の夕食となる弁当を買うと、足早にアパートに向かった。
一刻も早くゲームを再開したい。そう思うと、自然に歩く速度がいつもより速くなった。
自分のアパートに戻ると、大急ぎでヘッドマウントディスプレイの電源をオンにする。起動の合間にトイレを済ませると、手を震わせながら大急ぎでヘッドマウントディスプレイを頭に被せた。
二日目は新たに設定を必要とするものは何もない。
早速ゲームをスタートする。昨日と同じ部屋がスタート地点だ。
「よし、大家を見つけるぞ」
心の中でそう呟いた。前日と違い、何の苦労もなく玄関のドアを開け、外に出る。
大家の弟と名乗るNPCが前日と同じ場所で鉢植えに水をやっていた。念のため、大家のことを聞いてみる。
「さあな、さっきまでその辺歩いてたような気がするけど、どこ行っちゃったんだろうな。顔見りゃ俺の兄だってすぐにわかると思うから探しといてくれよ。この顔をちょこっとだけ老けさせたみたいなもんだからよ。プログラマもその方がキャラ作るの楽だしな」
前日のセリフと一言一句変わっていない。
少しは何パターンか違う答も用意しといてくれればいいのに、と島浦は小声で文句をたれた。
しばらくうろうろしていると、後ろから大家の弟がどこかで聞いたことのある声の人物と話しているのが聞こえてきた。
振り返ると、おそらく大宅であろうと思われるキャラクタが立っている。しかし、大宅本人よりもずいぶんとスリムだ。本人の願望がかなり入っているのだろう。
大宅と思われるキャラクタは僕の存在に気づくと、大家の弟がしゃべり続けるのを無視して、話しかけてきた。
「あ、もしかして島浦? ありがと、おかげで外に出れたよ。早速大家探そうぜ」
大家の弟はまだ何かしゃべり続けているが、二人ともそれを無視してアパート中、大家を探して歩き回った。
しかし、大家が見つかる気配はない。
「仕方ない、もう一度弟とかいう奴に聞いてみるか」
大宅が少しあきらめ気味な口調で呟いた。
空はすでに暗い。そんな中、大家の弟に話しかける。
「あのお、あなたのお兄さんこのアパート内のどこにもいないんですけど」
男はしばし考える素振りを見せた後、返事をした。
「そうか。どこ行きやがったんだろうな。あいつ、いつも人のこと見下してばっかのくせに、肝心なときに使いもんになんねえな」
その話を聞き終わった瞬間、身体がふっと持っていかれたような感覚に襲われた。
タイムオーバーだ。
「もう時間かよ」
今日はまったく前進できなかったな。僕はしぶしぶデータを記録して、この日のゲームを終えた。
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