第二章 3
島浦は部屋の中でキョロキョロと視線を動かす。スマホは部屋の中にあるのか? それとも……
外に出ることが先決だろうか?
鍵を探すも紙切れ以上に役立ちそうな物は何も見つからない。
天井や壁、床、布団、ちゃぶ台の下……
探し回ったがいたずらに時間だけが過ぎていく。
「なんだよぉ、外にも出られないのかよ」
疲れた。バーチャルの世界でも疲労って感じるんだな。ふと島浦はそう思った。
そんなことを考えながら何とはなしに玄関を眺める。
「ん? あれは何だ?」
ドアノブの上部に、現実世界において、こういう場所では見かけないものが目に入った。
「これってバーコードリーダーじゃね?」
ふと閃き、ちゃぶ台に向かう。そしてその上に載せた先ほどの紙切れを再び拾い上げ、紙を裏返した。
そこにはスマホでよく使われるQRコードが印刷されている。
「これかあ」
紙切れをを持って玄関に向かった。
「こういう時のコマンドは『置く』でいいのかな?」
ぶつぶつつぶやきながら、コマンドで『置く』を選び、対象物に『紙切れ』を選んだ。
さらに『どこに?』という問いに対して、視線をバーコードリーダーに合わせて二度瞬きをする。
すると『カチャッ』という音が部屋に鳴り響いた。
「よしっ」
心の中でガッツポーズをする。そして、玄関のドアノブを回した。
ドアの先からは眩しい光が差し込んでくる。一瞬目の前が真っ白になった。
ついに外に出ることができたのだ。
もしスマホが見つからなかったとしても、これでしばらくは外の世界を堪能できる。外に出られたという嬉しさとともに、安堵感が込み上げてきた。
目がだんだん慣れてくる。どうやらドアの向こう側は廊下があり、その手すりの向こうには、一戸建ての民家や木造二階建てのアパートと思われる建物がいくつかあるようだ。
とすると、この部屋は二階ということか?
玄関から外に出ると、階下から何やら人の話し声が聞こえてくる。複数人で話しているというよりは、大声で独り言をしゃべっているようだ。
手すりの先から下を覗いてみたが、人影を確認することはできない。右を向くと下り階段が見えたので、その方向に向かって移動をする。
階段に差し掛かると、普通に歩いているときよりも歩行速度を落として慎重に下りていく感覚を覚えた。
階段を一段、また一段と下りるたびに、声がだんだん大きくなってくる。階段を下り切ると、声が左側から聞こえてくるのがわかった。声のする方向へ視線を移す。
そこには見た目三十代くらいの男性が一人、鉢植えにホースで水をやりながら、怒った表情で何かごちゃごちゃひとりごとをつぶやいている様子が見えた。
「あのお、すいません」
恐る恐る話しかけると男は表情を一変させ、柔和な顔で島浦の方に振り返った。
「はい、何か御用ですか?」
満面の笑みだ。
何を話そうか迷う。考えときゃよかったと島浦は後悔した。
そこで思いついたのはスマホ発見のヒントになることが何かないか尋ねよう、ということだった。
「実はこの世界に来るのが初めてで、まだ勝手がよくわかっていないのですが……」
しゃべりかけたところで男が口を挟んできた。どうやらかなりの話好きらしい。
「ああ、そりゃそうですよ。だって今日は開設初日ですからね。むしろ初日に外に出てこられたのはすごい優秀かもよ」
馴れ馴れしい感じの話し方だ。なんとなくこの男には好感を持てない。
ただ『優秀』という言葉が気になった。
「僕って、優秀な方なんですか?」
男は一瞬きょとんとした表情をした後、大声で笑いだした。
「ハッハッハ、そんなこと知るかよ。だって初日なんだからみんながどの程度苦しんでいるのかなんて、まだわかんねえよ」
タメ口になっている。
「で、俺に何か用か?」
この男はいったい何者なのだろうか?
実在する男なのか? それともNPC、いわゆるノンプレイヤキャラクタ、つまりコンピュータ上でプログラミングされた架空の男なのか?
もしNPCだとしたら、この会話の流暢さは驚愕に値する。
よし、ここはいっちょ試してやろう。
「アメリカの首都って、どこでしたっけ?」
すると男は少し間を置いた後、回答した。
「なんだ、そんなこと聞きてえのか? ワシントンだろ」
正解だ。
って、そりゃそうか。こんな問題、インターネットに繋がってるんだから、検索すればすぐに答なんて出てくる。
知識系の質問をしたところで、この男がNPCかどうかなんてわからない。知識系以外で攻めなきゃな。
「あなたの尊敬する人は誰ですか?」
「その質問には答えられねえな」
男は即答した。じゃ、こっちはどうだ?
「いまの政府が考えている政策についてどう考えますか?」
「その質問には答えられねえな」
一言一句変わらない、まったく同じ答が返ってきた。
間違いない。この男はNPCだ。プログラミングされた男に違いあるまい。
島浦はそう確信すると、今度はゲームを進めるのに必要そうな質問を続けた。
「スマホを探しているんですが、どこにあるかご存知ですか?」
男はしばらく考える素振りをしてから答えた。
「スマホは携帯ショップにあるんじゃねえのか? 携帯ショップの場所は、ここの大家やってる俺の兄が知ってるはずだから、聞いてみなよ」
「お兄さん、いまどこにいるかわかりますか?」
「さあな、さっきまでその辺歩いてたような気がするけど、どこ行っちゃったんだろうな。顔見りゃ俺の兄だってすぐにわかると思うから探しといてくれよ。この顔をちょこっとだけ老けさせたみたいなもんだから、すぐにわかるんじゃねえかな。プログラマもその方がキャラ作るの楽だしな」
苦労してNPCかどうかを見分ける質問などしなくても、自ら『自分はNPCです』と言ってるような答をしてきた。
「ありがとうございました。じゃあ、その辺をちょっと探してみます」
「おう、またなんか困ったことあったら気軽に声かけてくれよ」
次は大家を探す、か。いまの男に似たのがもう一人いるのか。なんか、嫌だな。と、島浦はぶつぶつと呟いた。
さっきまで明るかったのが、男と会話している内にいつの間にか辺りは真っ暗になっていた。時計もスマホも持っていないので現在時刻はわからない。
「今日はあとどれくらい時間残ってるのかな?」
ぎりぎりまでは大家を探そう。
そう思い、移動を始めた直後、意識が一瞬途切れたような感覚に襲われた。
「ん?」
一瞬何が起きたのか理解できなかった。
目の前の景色を見て、ここはどこだろうと考える。どうやら自分の部屋に強制的に戻されたらしい。
突然テレビの電源がオンになり、画面には若いアナウンサー風の男がこれからニュースでも読むかのような感じで現れた。
その男は原稿を読むようにしゃべり始めた。
「データを記録しますか? 『はい』か『いいえ』でお答えください」
ん? どういうことだ?
あ、そうか。これで今日は終了ってことか。
仕方ない。データを記録して、続きは明日、ってことだな。と島浦は観念した。
「はい」
素直に答える。すると目の前が真っ暗になり、どこからか声が聞こえてきた。
「本日もどうもありがとうございました」
その直後、ヘッドマウントディスプレイの電源が自動的に落ちた。
ノイズキャンセラーもオフになったのか、『ボツッ』という低い音が鳴る。それと共に現実の世界に引き戻された。
ヘッドマウントディスプレイを頭から外す。
ここがバーチャルの世界なのか、現実世界に戻ってきたのか、しばらく判断がつかなかった。
一分ほど経った頃、ようやく現実世界に戻ってきたんだという実感がわいてきた。
「おもしれえ」
島浦は一人、呟いていた。
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