第二章 1

 行きよりも重い荷物を持って帰宅した。

 自分の部屋に戻るや否や、島浦は脇目も振らず手提げ袋を隙間のない床の上に置き、箱を取り出した。

 中身を取り出し、充電器の片側をヘッドマウントディスプレイ本体に繋ぐ。そして、反対側をコンセントに繋いだ。

 マイクを取り付け、ヘッドマウントディスプレイを装着する。右耳の辺りにある電源ボタンを長押しすると、『ピコッ』という音と共にファンが回りだす音が聞こえてきた。

 内臓のヘッドホン自体にノイズキャンセリング機能があるのだろう。すぐにファンの音は気にならなくなった。

 しばらくすると、画面に起動中の画面が表示される。

「なんかトイレ行きたくなっちゃったな」

 そう独り言を呟きながら、ヘッドマウントディスプレイを一旦外し、トイレに向かう。

 部屋に戻り、再びヘッドマウントディスプレイを装着する。既に起動は完了しているようだ。自分が商店街のど真ん中にいるようなオープニング画面が流れている。

 目の前には広大な空間が広がっており、現実世界となんら変わりがなかった。違うのは、そこに広がる風景が現実のものではないということだけだ。

 映像だけではない。風の音、行き交う人々の息遣い、雰囲気すべてが現実の世界のようだ。扇風機を回せば本物の風を感じることができるかもしれない。

 感動に浸っていると、正面やや右上の方に何か文字が見えたので、そちらに視線を移した。

 そこには上から順番に『ゲームスタート』、『説明を読む』、『キャラクタを作成する』、『ネットワークの設定をする』というコマンドが並んでいる。

 この中で『ゲームスタート』の文字だけがグレーで薄い文字になっており、まだ選べなさそうな雰囲気だ。

 はやる気持ちを抑え、『説明を読む』に視点を合わせた。

 すると文字の背景色が反転する。久我が説明していたのを思い出し、その状態からなるべく視点を動かさないようにしながら目を二度ぱちくりした。

 ピロリン、という甲高い電子音とともに、画面が切り替わる。と同時に真っ黒な背景にびっしりと並んだ白い文字が浮かんだ。

 上から順番に丹念に読んでいく。書かれていることは、先ほど高橋や久我が説明した内容とほとんど同じことしか書かれていなかった。

 新しい情報は一つだけ。ゲームを始める前にネットワークの設定を済ませたら『キャラクタを作成する』で、自分が操作するキャラクタを作る必要があるということくらいだ。

 説明を一通り読み終わると、引き続きアイトラッキングと音声認識を駆使して、ネットワークの設定を始める。

 設定は特に難しいことはなく、あっさりと完了した。

 説明に従い、一旦オープニング画面に戻る。続いて先ほどと同じ要領で『キャラクタを作成する』を選択する。

 すると画面はキャラクタ作成画面に遷移した。

『あなたの苗字を音声でご入力ください』と書かれている。ゆっくり目の口調で

「しまうら」

 とマイクに向かって発した。

 すると質問文の下の横長の枠の中に『しまうら』という文字が入る。その下には『これでいいですか?』と表示された。

 さらにその質問の下に『Yes』と『No』という選択肢が縦にでかでかと表示されていたので、『Yes』に視点を合わせ、二度、目をぱちくりさせる。

 間を置いて、画面上の文字が全てクリアされた後、今度は『あなたの名前を音声でご入力下さい』という文章が現れた。要求に従いマイクに向かってゆっくりと

「いちろう」

 と声を発する。

 すると、先ほどと同様に横長の枠の中に『いちろう』と表示され、『これでいいですか?』と同じ質問が繰り返された。

 このようにして、性別、年齢、身長、体重を嘘偽りなく順番に答えていく。

 すべての質問に答えると、今度は画面いっぱいに何種類もの顔の輪郭のイラストのある画面に切り替わった。

 一番上には『あなたに最も近いと思われる顔の形を選んでください』と書かれている。

 この中で自分に一番近いと思われる細面の顔型を選択した。

 その後も髪型、目、鼻、口元を次々と選んでいき、最後に『あなたはメガネをかけていますか?』という質問に『No』と答えると、選択した各パーツが組み合わされ、一つの顔が表示された。

 パーツの一つ一つは似たものを選んだはずなのに、合わさるとまったく似ていない。

 しかし、作り直すのも面倒くさいと思い、そこに書かれた質問『あなたの顔はこれでOKですか?』に対して『OK』と答えてキャラクタ作成を終えた。

 ここで強制的にオープニング画面に戻される。

「おっ?」

 画面を見て思わず声を発した。

 なぜなら『ゲームスタート』の文字が、先ほどのグレーで薄くなっていた状態から、他の文字と同じ、くっきりとした黒い文字に変わっていたからだ。

 島浦は何の迷いもなく、視点を『ゲームスタート』に合わせ、二度、目をぱちくりさせた。

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