第一章 5

 身体検査が始まった。

 検査は学校で行われるような、ごく普通の検査ばかりだった。

 尿検査に始まり、身長、体重の測定、血液検査に、視力、聴力検査、血圧測定、レントゲン検査、心電図、問診と続く。

 ただ一つ通常の身体測定と違ったのは、脳の検査をしたことだ。脳のMRI検査をするのは、おそらく参加者全員初めての経験だろう。

 検査をすべて終えると、島浦は再び最初の部屋に案内された。

 そこにはすでに松下が控えていた。仕事をしているのか、ずっとノートパソコンをカチャカチャといじっている。

 大宅はまだ戻っていないようだった。

「こちらにお弁当を用意させていただきましたので、健康診断を終えられた方から、どうぞ昼食にしてください」

 松下がパソコンをいじる手を止め、部屋の入り口方向を指し示した。

 そこにはプラスチック製のバットが置かれ、弁当箱が積まれている。その横にはダンボール箱が縦向きに、上面が開かれた状態で置かれており、中にペットボトルのお茶が入れられていた。

 弁当とお茶の両方を手に取り、朝座ったのと同じ席に座る。

 島浦が弁当箱のフタを持ち上げたところでちょうど、大宅が戻ってきた。大宅が戻ってきたのを確認した松下が、先ほどと同じ文言を繰り返す。

 島浦はその場で、大宅が弁当箱を運んでくるのを待った。

 隣に座った大宅が弁当箱のフタを持ち上げながら島浦に話しかける。

「この後ヘッドマウントが手に入るのかあ。楽しみだな」

 大宅は期待に満ち溢れた表情でニコニコしている。

 でももし健康診断で引っ掛かって、不合格になったらこのまま手ぶらで帰らなくちゃいけないのかな? そんな不安が島浦にはあった。

「いったいどんなゲームできんだろうな?」

 大宅は弁当を食べながら、いろいろと想像をしているようだ。

「バーチャルの世界で彼女できたりしてな」

 大宅のその言葉に一瞬、健康診断前に部屋の入り口にいたあのきれいな女性の姿が島浦の脳裏をかすめた。

「もし相手がコンピュータ上の創られたキャラだったら、シャレんなんねえぞ。学校でいま初音ミクと付き合ってんだ、みたいな話すんなよ。絶対に引かれるから」

「そんなわけないだろ」

 島浦は全力で否定する。しかし、頭の中は先ほどの女性のことでいっぱいになっていた。

 大宅は笑いながら、ふと何か思いついたように

「そうか」

 といいながら、ハンバーグを口に運んだ箸を島浦の方に向けてきた。

「相手はコンピュータの創り出したキャラクタだけじゃなくて、実際の参加者、って可能性もあるぞ。それは期待していいんじゃないの?」

 大宅は目を輝かせる。

「いや、今日のこの状況見てわかるでしょ? 男しかいないし」

島浦がそういうと、大宅は玉子焼きを頬張りながら周りを見回した。

 そしてがっかりした表情で

「たしかにな」

 といった後、

「はぁ」

 と溜息を漏らした。

 そのとき、パソコンを操作しながら、二人の会話を聞いていた松下が、ニコっと笑いながら話しかけてきた。

「実は明日、女性専用の回があるんですよ。健康診断あるんで一緒にはできなかったんです。予想以上に女性の参加者もたくさんいるので、期待してもらってもいいかもしれませんよ」

「えっ? 何人くらいいるんですか?」

 大宅は机から身を乗り出しながら聞いた。

「応募自体、全部で三十名くらいだったと思います。ドタキャンの可能性を考えると、最終的な人数は明日になってみないとわかりませんが、二十以上は確実にいると思いますよ」

 大宅は目をランランと輝かせている。

「しかし、男性の参加者も、今日一日だけじゃないので、ライバルもいっぱいいますよ」

 そう言うと、松下は楽しそうにハハハと笑った。

 それでも大宅の表情は期待に満ちた表情でいっぱいだった。

 一方、島浦の頭の中はあの女性のことでいっぱいだった……

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