第一章 3
昼休み。
大学の食堂はお菓子に群がるアリのように、学生でごった返している。島浦と大宅もその群れに混ざり、レジに並んでいた。
食べることが大好きな大宅は、ラーメンと揚げ物を二皿、デザートのシュークリームをお盆に載せている。
逆にあまり食べることに執着しない島浦のお盆には、カレーライスと水の入ったコップだけ。
お金を払い終わり、キョロキョロしながら二人分のスペースを探す。
「お、あそこが空いてるじゃん」
島浦たちはその場所を陣取り、お盆をテーブルに載せた。
「いただきます」
二人同時に手を合わせる。いつもの光景だ。
スプーンに載せたカレーライスを口に運びながら、早くモニターの詳細を知りたいと話を切り出した。
「さっきのモニターの話さ、詳しいこと教えてよ」
大宅は口いっぱいにから揚げを頬張ると、右手に持った箸の先を天井に向けて『ゴクッ』と飲み込む。
口の中が空になってようやく口を開いた。
「なんかモニターに応募したらさ、最初に健康診断を受けなきゃならんらしい。で、健康診断が終わったらその場でヘッドマウントディスプレイを渡されるんだって」
「健康診断? なんでそんなことするの?」
「どうもゲーム会社とある大学の研究室が共同で行うものらしいんだ。ヘッドマウントディスプレイを使った仮想空間での生活が、人間の身体や脳に、どんな影響を及ぼすのか? ってのを実験をしたいらしい」
大宅はラーメンの汁をすすりながら話を続ける。
「これまでヘッドマウントディスプレイに関しては人間の三半規管や空間認知能力に悪影響があるんじゃないか、って言われ続けてきたからな。それなのにこれまで何も対策がされてこなかった。だからゲームを売りたい企業と人体への影響を調べたい大学が手を組んで、本格的な実験をすることになったらしい」
「それって人体実験って奴じゃないのか?」
僕は怪訝な表情で質問した。
「まあ悪い言い方すりゃそういうことだな。もちろんまともに『これは人体実験です』なんて言ったら、お上から待ったがかかるに決まってる」
大宅はそこで一瞬言葉を詰まらせた。慎重に言葉を選んでいるのだろうか?
「ただこれまでヘッドマウントディスプレイを使って死んだって人を聞いたことがない。それにもし途中で体調が優れないようなことがあったら、即刻中止すると明言している。だからその辺はあんまり深く考えなくていいんじゃないか?」
「そりゃそうか」
日本で危なっかしいことやろうとしたら、国から速攻中止を迫られるに決まっている。あんまり心配する必要はないかもな、と島浦は納得した。
「大学の研究室ってのがさ、横浜医薬科大学の脳医学研究してるところらしいんだ。つまり、相当優秀な研究者たちが集まってるところだ。当然、大学や企業の評判落とすわけにいかないだろうから、その辺は慎重にやるんじゃないかな。お前の母ちゃんがやってる治験と同じだろ」
『治験』とは、医療系のボランティアのひとつである。開発中の薬が国からの承認を得ることを目的として行われる。ひとことで言えば『人体実験』だ。
もちろん人間の前に、動物実験や研究で安全性が十分に確認が取れた時点で行われるので、事故が起こることは滅多にない。
ボランティアとは言っても、報酬ももらえるのでアルバイト感覚で参加する者も結構いるらしい。島浦の母親もその中の一人だ。
大宅の言う『人体実験』も、あながち間違いとは言えないだろう。
ヘッドマウントディスプレイを装着して、3D映像を観た際に気分を悪くしたという人は結構いるらしい。だが命に関わる症状というのは聞いたことがない。
「治験と一緒、ってわけか。わかった。なら、大丈夫そうだな。それで、肝心のゲームの内容はどうなの?」
島浦はカレーライスを頬張りながら質問した。
「ゲームの内容はバーチャルリアリティの世界で、アバターになって、疑似世界での生活を楽しむ、ってタイプらしい。ま、ネトゲーの王道だな」
『ネトゲー』とは『ネットゲーム』の略。いわゆるインターネットに繋いで複数人が同時にプレーするゲーム、というわけだ。
「ヘッドマウントディスプレイを使って、まるで現実の世界にいるのと同じ感覚で、パラレルワールドでの生活を体験する、っていうのが新しいところだ」
これはやってみないとおもしろいかどうかはわからないだろう。ただゲームの世界で生活するだけだったら、現実世界と何が違うんだ? という話になってしまう。
「まだ開発初期段階だから、最初はイベントがあんまりないかもって話なんだけど、徐々に増やしていくそうだ。仲間で参加できるイベントもあるみたいだし、なにより開発初期のメンバーとして名を連ねることができるらしい」
「へえ、それはいいかもな。つまり、エンディングクレジットに自分の名前が載るってことでしょ? なんだかワクワクしてきたな」
「健康診断も含めて無料だし、交通費も出してもらえるみたいだからやろうぜ」
「そうだな。たしかにおもしろそうだ。僕も応募するよ」
大宅の説明だけでは正直まだ半信半疑だった。けれども、タダでヘッドマウントディスプレイが手に入る、というのは魅力的だ。
ランチを食べ終わり、食器を片付け終わると、二人は早速スマホで応募を済ませた。
健康診断は二週間後の日曜日らしい。
「二週間って、長いよなあ」
先ほどまでの不安はどこかに吹き飛んでいた。むしろ、待ち遠しくてうずうずしている様子だ。
健康診断当日までの間、ランチの時間はその話題しか出ないほどだった。
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