第一章 2

 朝八時四十分。

 十分前から鳴り続けるスマホの目覚しを止める。

 島浦はゆっくりと布団から身体を起こした。

 寝ぼけ眼でトイレに向かう。朝に強いのかトイレから出る頃にはシャキッとしている。

 用を済ませると、流しの水で激しい寝癖を直しにかかった。

 歯を磨きながら、床中に広がったものの中から手際よくこの日着る服を探し出す。

 目についたものをピックアップしているだけなのだが。

 八時五十分、着替え完了。起きてからわずか十分の早業だ。

 リュックサックを片掛けに担ぎ、玄関を出る。少し小走りで学校に向かう。

 およそ徒歩三分。あっという間だ。

 これで毎日朝九時からの授業には余裕で間に合う。

 授業の無い日はゲームばかりしている。けれども、平日は体調を崩さない限り、授業には休まず出席していた。

 成績はトップクラス、とまではいかない。とはいえ、全体の上位三分の一くらいには入る成績を保っていた。

「おう、おはよう」

 クラスで唯一の友達、大宅温人(おおたくあつと)がいつものように声をかけてくる。

 小太り気味の大宅は、まだ四月だというのにいつも汗だくだ。教室真ん中、やや後ろ寄りの席にいつも座っている。

「ああ、おはよう。昨日、ついにコンプリートしたぜ」

 主語をはっきり言わなくても、ゲームの話ならだいたい通じる。

「おっ、とうとう終わったか。どうだった?」

「すげえおもしろかったよ。画も音も良かったし、何よりもストーリーが秀逸だったね」

「島浦が言うなら間違いねえな。今度貸してよ」

「ヒントは教えないけどな」

 島浦がそう返事をした時、ちょうど教室に教授が入ってきた。

 教授は黒板の前の教壇に立ち、教室全体をグルッと見回す。そして出席を取ることもなく、おもむろに授業を始めた。

 学校の授業は嫌いではない。個人的に新しい知識を身につけることは好きだ。

 知識が広がっていく自分に酔いしれる。そんな感覚もあるのかもしれない。


 一限目の授業が終わった。僕は教科書とノートをリュックサックにしまい、大宅とつるんで次の教室に向かう。その途中の会話もいつもゲームの話だ。

 この日は大宅がネットで見つけたゲームのモニターの話題を持ち出し、島浦を誘った。

「日曜日にネット見てたらさ、なんかおもしろそうなもの見つけたんだよね。ヘッドマウントディスプレイ使ってやる、いわゆるバーチャルリアリティの世界で繰り広げられるゲームみたいなんだけどさ。モニターに応募してみない?」

 ヘッドマウントディスプレイとは、ゴーグルのような形のモニターを頭部に装着し、まるで現実世界と見紛うほどのリアルな映像、いわゆるバーチャルリアリティを楽しむ装置だ。

 映画館のような大画面を自宅で楽しむことができたり、迫力のあるゲームを楽しむことができたりする。

 最近ではそれに数々のセンサーを取り付けることで、頭を動かした方向に映像を切り替えたり、指の動きと連動させたりと、性能がどんどん上がってきている。

 段ボール紙で手作りできる千円程度で楽しめるものから、数万円、十数万円もする本格的なものまで商品化されている。

「内容は仮想空間上で疑似生活を楽しむよくあるものみたいなんだけどさ、謎解きイベントに参加するもよし、現実世界と同じような生活を楽しむのもよしと自由度が高いみたいなんだよね。ちょっとおもしろそうじゃね?」

「楽しみ方は参加者それぞれにゆだねられる、ってことか。時間さえ合えば、バーチャルの世界をふたりで遊ぶことができる、ってことか?」

「おそらくそうだと思う」

「へえ、おもしろそうじゃん。応募してみようか。昼休みに詳しい内容教えてよ」

 僕は大宅の誘いに興味を持ち、さらなる説明を求めた。

 しかし、一限目と二限目の間は移動も含めて十分しかない。詳しい話をするには時間が足りなかった。

 早くその先の詳しい情報を知りたいと、そわそわしながら二限目の授業に臨む。

 二限目の授業は英語。島浦の最も苦手な授業の一つだ。

 島浦は授業中ずっと早く終われと心の中で祈っていた。

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