Evolution
文野巡
第一章 1
『勇者 島浦一郎は伝説の英雄となった』
荘厳なクラシック調の音楽が六畳一間の部屋に鳴り響く。
「ふう、終わった」
畳が見えないほどガラクタが散らかったワンルーム。部屋中に広がっているものは脱ぎ捨てた服だったり、お菓子の袋だったりと様々だ。
そんな部屋の片隅で、画面の前でコントローラを握りしめたまま、まばたきもせず画面を見つめ続ける一人の男。
薄暗い部屋。上下揃いの色褪せたブルーのスウェット。万年床。他人が見れば典型的なぐうたら学生に見えるに違いない。
「むずかったなあ」
コントローラを床に置き、ゆっくりと伸びをする。
軽くうめき声を発した。
島浦はゲームが大好きだ。それもスマホでやれるような簡単なものではなく、家で腰を落ち着けて、たっぷり時間をかけてやるような重厚長大なものの方がいい。
いわゆるマニアと呼ばれる部類に入るだろう。いまは一ヶ月前から始めていたロールプレイングゲームのエンディングを迎えたところだ。
ゲーム好きとはいっても、学校にはまじめに行っている。授業中にゲームの続きが気になることもある、程度のゲームオタクだ。
友達と遊びに行くなんてことはほとんどない。試験勉強のとき以外は部屋にこもってひたすらゲームをしている。
学校以外の外出にゲームの要素は欠かせない。たまに友達と遊びに行くとしても、ゲーム関連のイベントというのがほとんどだ。
「シリーズの中でも、いっちゃんおもしろかったな」
一人ぶつくさ言いながら、エンディングが終わるまでまばたきするのも惜しいとばかりに画面を凝視している。
最近のゲームは、映画作品と見紛うばかりに丹念に作りこまれている作品が多い。エンディングシーンだけでもお金を払う価値があると言っても過言ではない。
エンドロールの終わりを示す企業名が画面中央にでかでかと表示された。エンディングのテーマ曲もそこできっちりと終了する。その後は再びオープニング画面に戻る。
目をつむり、余韻に浸る。
その状態から、深呼吸をした。続いてコントローラをゲーム機の上に戻す。電源を落とすと、両拳を支柱にして静かに腰を上げた。
「さてと、飯食って寝るか」
独り言を呟きながら、通学に使っている青いリュックサックをガサゴソとまさぐった。
すでに夜の十時を回っている。
上下スウェットの姿から、GパンにTシャツ、その上からジャケットという姿にさっと着替えた。Gパンのポケットに、先ほどリュックサックから取り出した合成皮革のぼろぼろになった財布を突っ込む。
ずっとあぐらをかいていたので、軽くしびれを覚えたのだろう。血行の悪くなった下半身をほぐすように屈伸を二、三回してから、近所のコンビニに向かう。
玄関を開けると、アパート隣の敷地がもうコンビニだ。十数歩も歩けばもう店内にたどり着く。
食べ物を物色するが、買うものは大体ローテーションで決まっている。から揚げ弁当とペットボトルのお茶を手に取ってレジに向かった。
アルバイトと思われる若い男性店員もほぼ毎日同じ顔ぶれだ。当然島浦の顔は記憶している。しかし、そんなことは気にしていないと言わんばかりの表情で、淡々とマニュアル通りにレジをこなしていく。
弁当をレンジで温めてもらうと、そのままどこかに寄ることもなく部屋に戻った。
コンビニの袋を持ったままテレビとゲーム機の電源を入れる。先ほどまでやっていたゲームのオープニングシーンが再び流れ始めた。
床に隙間なく広がった雑多なものをかき分け、スペースを作る。そこに弁当を置き、万年床の上に座った。
右手で割り箸を持ち、左手でスマホを操作する。スマホの画面をじっと見ながら黙々と弁当を食べる。
島浦一郎の週末はいつもこういった生活の繰り返しだ。
親元で暮らしていた高校生の頃までは、ゲームをやれる時間が制限されていた。
しかし、大学生になり、一人暮らしを始めると、学校に行っている時間以外は大好きなゲームをずっとやっていられるようになった。
いまはこの生活にとても満足している。
バイトを始めたこともあった。けれども親からの仕送りだけで十分生活できていたのと、好きなゲームをやる時間が減ってしまうという理由で、なかなか長いこと続けることができなかった。
弁当を食べ終わるとスマホをテレビ台の脇に置く。ふとももをパンパンと叩いて立ち上がった。
空になった弁当箱を流しに持っていき、汚れを洗い落とした。一、二回軽く振って水を切る。それから玄関脇に無造作に置かれた市指定のゴミ袋に突っ込んだ。
ゲームのオープニングシーンを流したまま、おもむろに服を脱ぎ出す。お風呂には島浦の身長の半分くらいの大きさの風呂釜を備えられていた。入居以来お湯が張られたことはない。
五分で頭から爪先まで全てを洗い終え、風呂を出た。
ゲームの音楽が聞こえてくる。自然と笑顔がこぼれた。その音楽を聴きながら身体を拭き、Tシャツと短パンに着替える。
洗面台がないので、流しで歯を磨く。
歯を磨き終わると部屋に戻り、万年床の上に乗せられたいくつかの物を脇に避けた。続いて、テレビのボリュームを絞り、蛍光灯を消す。
最後の仕上げとして、テレビの画面がちょうど隠れるくらいの大きさに切り取ったダンボールを乗せた。こうすれば明るさを気にせず、ゲームの音を聞きながら寝られる。一年間の一人暮らし生活で身につけた術だ。
大好きな音楽を聞きながら横になる。島浦はやがて深い眠りについた。
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