バーチャファイターは人生
ゲームセンターでアルバイトをしていた。個人経営のゲームセンターで、時給は650円で、朝9時から夕方5時までだったような覚えがある。一回シフトに入ると、5200円くらい貰えた。あれ? そんなに多かったかな?
朝、眠たいままゲームセンターへ行って、掃除をしてから電源を入れる。一斉に立ち上がる筐体達の中で、特にネオジオの起動音が大きく聞こえる。朝の誰もいない開店直後の小さなゲームセンターは最高だ。清潔な洗剤とタバコの匂いがして、ひょっとして死ぬ前に蘇る景色はこれじゃないかという気がする。開店したらさっそく適当にクレジットを弾いてゲームで遊ぶ。当時はタバコを吸っていたから、ラッキーストライクに火を付ける。パチパチとボタンを叩く音が響く。朝イチで遊んでいる現場をオーナーに見つかると普通にドツかれる。悪くない賭けだ。
バーチャファイター4は、筐体に専用のカードを刺して自分のリングネームを登録する事が出来る。僕は何と言っても八極拳の使い手、アキラという男キャラが好きで、理由は、操作が難しい代わりに強いからだ。特に
僕は当時、通信会社のCMでクローズアップされた名前「
僕はバーチャファイター4(以下VF4と記載)がタダでやりたくてバイトをしていたような物だけれど、その以前からバーチャファイターにハマっていた。具体的には、バーチャファイター2からだ。
バーチャファイター2(以下VF2と記載)。
高校生の頃、突如柏の地下に現れた巨大筐体に映し出されたリアルなポリゴンキャラクターは衝撃的だった。宣伝を兼ねたデモンストレーション機ではあったが、まず筐体がデカイ。50インチはあろうかという巨大ディスプレイに、ヌルヌルと動くポリゴン生成されたリアルな人間キャラクターが大暴れしてるのだ。ドン引きである。お値段も当初、一回遊ぶのに200円した。通常の二倍である。大勢がその筐体を囲み、観戦していた。僕もそれを「はえー」と馬鹿みたいに観戦した。特に酒を飲む酔拳ジジイが凄かった。飲めば飲むほど強くなる。顔が赤くなる。
このゲームで特筆すべき点は、「攻撃が痛い」という事だ。二回くらい大技を喰らっちゃうと、ほとんど瀕死なのである。しかもその大技は、左斜め上とキックボタンを同時に押すとか、そういう簡単に出せるものだ。油断したらすぐに負けて終わってしまう。
その後、バーチャファイターというゲームはそういう「当たってはいけない技」をいかにして「誘発」して「ガード」「避ける」か、そして「当てる」か、という駆け引きが面白いという事が判明する事になる。当たって痛い技は隙も大きいのだ。上等だ。当てた人が「上手い」、くらった方が「下手」。単純にやられたらやり返す、そういう熱い気持ちを最新のビジュアルと音が一層煽った。僕も含め、血気盛んな若者はバーチャファイターの虜になった。
社会人はカモだった。夜遅くネクタイを外して遊びに来るサラリーマンの常連は、仕事終わりにフラっと寄ってVF2で遊んで行くのだった。一人の時もあれば、二人の時もある。当時はVF2で、そのリーマンはリオンを使っていた。リオンというキャラは男前の、蟷螂を模した武術使いの男で、出る技は素早いが、これと言った決め技がない、手数勝負のキャラだった。追い討ち攻撃の「イィン」という掛け声がムカつくので、僕は個人的に敵視していた。フランス人のイケメンというのも、質実剛健がモットーのアキラ使いからすると、イケ好かなかった。
その社会人との対戦は盛り上がった。攻撃の手が早いリオンと、一発は大きいが隙が多いアキラ。読み合いは熱く、お互い口を効く事はなかったが、「ライバル」という認識があった。小太りの、当時巨人の正キャッチャー大久保と似ていた。だからおめー、リオン使ってんだな、と言いたくなった。負けた時に。勝率は五分五分だった。
でも僕は当時アルバイトで、やろうと思えば一日中VF2が出来た。技を磨いて、効率よくダメージを与える研究が出来た。相手の技をみて、対策を考えることができた。その結果として、僕とそのリーマン達との実力差はどんどん開いていった。
年末の大勝負があった。大晦日の11時50分過ぎで、僕とそのリーマン(以下デーブと呼称)は筐体越しに向かい合って、本年度最後の一本を始めようとしていた。
本年度を締めくくる戦いというのが存在する。すなわち、「本年度、最後の一戦を勝ちで終わるか、負けで終わるか」というものだ。誰だって負けたくなんか無い。負け犬気分で迎える新年など、これから先の人生、一生「負け」と言われ続けてしまうみたいに思えてしまう。逆に勝てば、気分的には今までの負けが全て帳消しだ。一年の総決算だ。
普段なら楽勝なのに、何故僕が苦戦をしていたかというと、相手がなり振り構わない戦法を取って来たからだ。具体的には、距離を思いっ切り取って、中段か下段か、どちらかの二択を一方的に仕掛けてくるものだ。僕のアキラは質実剛健、当たれば痛い攻撃を繰り出せるが、リーチも短い。マレー熊の足のように短い。一方リオンのリーチはキリンの足のように長い。距離を取られて、
「ほれほれ、上かなぁ? 下かなぁ?」
とやられると、マレー熊(アキラ)はお手上げである。
「正々堂々勝負しろぉ!」
などと映画アキラの金田みたいに怒鳴る訳にはいかない。システム上可能であることはルールであり、勝てば官軍なのだ。とりわけ年末の勝負において「なり振り構わない」戦法を取る事はある意味賞賛に値する事でさえあった。「絶対負けねぇ。この試合だけは!」。モニターから勝ちをどこまでも希求する叫びが聞こえてくるようだった。
そうしてお互いの体力が「あと一発食らったら負け」の所で、リオンはスススと後ろに下がり、僕のアキラは息も絶え絶えにそれを見守るしかなかった。うう、やり口が汚ねえぞ。
時間制限は1試合45秒。お互い見合ったまま、残り10秒を切る。でも僕は頑として前に出ない。前に出ると、中段か下段の二択の餌食になってしまう。少なくともVF2において、リオンの前に走り出るという行為は自殺行為だ。お互いマンジリとも動かない。当たり前だ。僕は動いたら本年度の負けが確定なのだ。お互いリングの端に立つ。ギャラリーから失笑が漏れる。策も思い付かぬ。8秒、7秒、6秒……。5秒を切った。中段下段中段下段……どっちだ!?
リオンが走りだした。同時に僕のアキラも走りだした。そしてリングの中央で、リオンが姑息に繰り出した下段攻撃を、僕のアキラが当身した。当身というのは、相手の攻撃を読んでコマンドを入力すると、その攻撃にカウンターでダメージを与えるというものだ。つまり、僕はリオンの下段攻撃を読んでいた。姑息な下段攻撃を捉え、リオンの後頭部をガッツリしばいた。浮かぶK.Oの文字。最高だ。この為に生きてた。湧くギャラリー。
「ありがとうございました」
「ありがとう、よいお年を」
僕とデーブが最初で最後に交わした会話だった。和かに。
我々はそこでゲームを介して、VFを通じて、確かにお互いのほんの少しを分かり合えたような気がした。そういう年末の過ごし方もある。大多数の人々が家族と過ごすように、僕達はゲームセンターで年末を過ごし、一年の総決算として知らない人と対戦した。そしてほんの少しだけ、バーチャファイターを通じてその人となりを理解できたような気がした。デーブは今、どうしてるのだろう? わからない。
☆
それと同じような事が、数年後のVF4でもあった。
僕はアルバイトを掛け持ちしていて、ゲームと関係のないバイトの休憩時間中に抜け出してゲームセンターでバーチャをしていた。やってる事が人としてカスだ。柏はプレイヤーが多く、対戦相手に困る事はなかったが、一人でじっくりと遊び、研究するには昼間が良かった。何しろ操作していて楽しくて楽しくて仕方がないのだ。仕事中だってほとんどバーチャの事ばかり考えていた。ウタンキャクとサタンキャクのディレイは、何フレームまで受け付けられるのだろう? 病気だ。
そのアルバイト先の年末の打ち上げが終わって、さあ帰ろうとなった時、僕は終電までの時間を確認して、一人でゲームセンターに立ち寄った。大晦日でも大変な賑わいだった。終電は午前0時23分なので、まだ45分もある。45分。バーチャファイター4の1ラウンドの時間も45秒だ。これは何かの縁であろう。行かない訳にはいかない。病気なのだ(さっきも書いた)。
勝ったり、負けたりが続いた。僕は年末のゲーセンで遊んでいる人たちに親近感を覚えた。この大晦日に、お前らゲーセンで何やってんだ。でも、「こういうのって楽しいよな!」
何回か連勝して、今年の最終戦、総仕上げは僕の勝ちで終わりそうだと安堵した。とても大切な事だ。大汗をかいた仕事上がりの酒でいささか酔っていたし、煙草は美味いし、最高だった。酔っていると大胆な攻撃が出来た。そして乱入のサインが画面に現れた。
対戦相手は酔拳使いのジジイだった。酒を飲めば飲む程強くなる。具体的には、連続攻撃のバリエーションが増えていく。僕が最も苦手とするキャラの一位か二位だった。一人用だと、CPUの対戦相手が酒を飲まないので、連続技の仕組みがよくわからない。まあ何とかなるだろう。酒を飲ませなければいいのだ。
時間的に、本年度最後の一戦だ。負ける訳にはいかない。
ラウンドワン! ファイッ!
「ゴギュウ」
ジジイ、いきなり開幕の駆けつけ一杯である。徳利から酒を飲むと「ゴギュウ」という音がする。僕が1発食らってダウン(床ペロ)してる際にまた一杯ゴギュウ呑む。ゴギュウ。ゴギュウ。そのジジイと僕の顔がどんどん赤くなっていく。コロス! あっという間に一本先取されてしまう。
ラウンド2。ジジイはとどめ色の顔をしている。明らかに尋常ではない。キモい。僕は一生懸命酔いを醒まそうと技を出すが、「ウィッ」「ウィッ」とさばかれながら投げを決められ、ゴギュウと飲まれ、躍起になって突っ込むと、ジジイが後ろに下がりながら僕の顔面に蹴りをキめられてしまう。完璧にあっちのペースである。K.O。ゴギュウ、ゴギュウ。ここココ、絶対絶対コロス!
2対0。ラウンド3、あと一回負けたら終わる。今年最後の戦いに負ける訳にはいかない。しかもストレートで。これはもう、必殺技しかない。つまり、しゃがパン投げである。
しゃがパン投げとは。
これは世界三大みっともない闘い方の内の一つで(ちなみに一位は往復ベガ様で、二位は待ちガイルだ)、しゃがんでパンチを連打し、当たったら投げる。上手い人には通用しないが、相手がどのような技を繰り出すかわからない場合、一定の効果がある。特に強力な打撃に秀でているアキラは、投げよりも打撃に攻撃が偏ってしまうからだ。ガードを固める敵には「投げ」。これもバーチャの大切な要素である。だが見た目がかなり情け無く、カッコ悪い。
カスピチ←しゃがみパンチの音
「ドラァ!」←投げた
カスカス←しゃがみパンチの音
「ドラァ!」←投げた
輝いてた。僕のしゃがパン投げは、大晦日の柏の中でたぶん一番輝いていた。一生懸命に投げた。アキラは酔ったジジイを投げ飛ばし続けた。それから僕は、相手が棒立ちしている事に気が付いた。 何も攻撃をしてこない、ガードもしない。じっとデクノボウのように立ち尽くしている。勝ちに拘る僕様に対して畏れを抱き、退散したのだろうか。キチガイだと思って、退散したのだろうか。へへ、不戦勝だ。俺の勝ちだゲヘヘ。雑魚が。だが、反対側の筐体をチラ見すると、下の方からアディダスの汚らしいスニーカーが覗いている。プレーヤーが去った訳ではない。しぶとい野郎だ。
「バカにしやがって!」
そう叫び出したいのをぐっと堪えて、作業続行である。2対1。同じく、次のラウンドも相手は棒立ちで、2対2となり、最後の戦いである。何だ、俺の知らない所で生類憐みの令でも発令されたのか。「弱いバーチャプレーヤーにはわざと負けてあげましょう」ってか。僕はもう完全に頭にキていた。目にもの見せてくれるわ、このハゲアル中ファッキンサノバビッチが!
最終ラウンド
「ファイ!」
開幕、僕は冷静に距離を取って出方を待つ。慎重に事を運ぶ。いつも突っ込んで行ってダメージを取られてしまうのだ。落ち着いて、攻撃の切れ間にマホ、避けるタイミングをずらしてモウコからのリモンだ。近寄ってくるアル中にダメージを与えながら冷静に考える。今年最後に敗北を喫する訳にはいかない。とりわけ、この舐め腐った動きをするジジイに。だが、こちらがダメージを奪うと、また訳の分からない連続攻撃で転ばされ、追い討ちを食らってしまう。冷静になれ、冷静、と自分に言い聞かせる。やられたら、やり返す。
偶然、お互い1発喰らったら終了の体力となった時点でリングの端でぼっ立ちとなった。僕は冷静を保ち、何とか一方的な展開にならずにここまで持ち込んだ。ほとんど奇跡だ。
おいお前! さっきは二回も俺様に手加減してくれたようだけど、最終的に勝つのは「おれだぁ!」って気持ちである。ここまできたら、相手に「舐めプレイしてすいませんでした!」って謝罪させるまでがお約束ってもんだ。僕が「いやぁ、二回も負けてくれてありがとうございました(ヘコヘコと頭を下げる)。ここはひとつ、勝っちゃうと悪いんで、負けておきますね(ゲスい笑み)」などとへり下る事は、逆に相手に失礼だ。
ぜってぇ負けねえ!(悟空の声で)
この気持ちで対峙する事こそが、真の礼儀であり、武士道だ。
10…9…8…
そんな事より、時間が過ぎて行く。どこかで観た景色だ。そうだ、リオン使いのデーブと同じシチュエーションだ。デーブ、デーブ元気かお前。会社でいじめられてないか。俺は今もこうしてバーチャやってるよ。元気に働いて、休憩時間まで割いてバーチャやってんだよ。たまには地元のゲーセン来てくれよな。はっきり言って、実力的にお前の届かない所に俺は今いるけど、それでも拳を合わせた時点で俺たちは兄弟みてぇなもんだ。そうだろ? デーブ、デーブよぉ。
刹那、ジジイが走り出す。僕のアキラも走り出す。デーブを思い出して走り出す。じゃあ決まってる。中段? 下段? ジジイの出す技は、ジジイの出す技は、ジジイの出す技はッ……!!
ゲシッと亀頭ミサイルを顔面に喰らって僕のアキラはもんどり打って死んだ。(※亀頭ミサイルとは、酒飲みジジイが頭からきりもみ状態で飛んでくるネタ技です)
本当にありがとうございました。アキラはしっかり下段当身の態勢をとっていた。完全に読み負けだ。飛ばすかね、年末の最後の試合に。普通。
対戦相手の人に、
「よいお年を」
と挨拶してそのまま帰った。
「楽しかったです」
とその若者は笑顔で言った。
そりゃあ楽しかっただろうな。
お前はな!(根が下衆いんで、すいません)
歩いて帰る夜道はすごく寒かった。
☆
僕が二足わらじでゲームセンター以外のバイトをしていたのはさっきも書いたけど、段々とそっちに軸足を置くようになってきた。あまりバーチャができない。そうすると、僕もデーブのようになってくる。すなわち、カモである。狩られる側だ。実力とは、もちろんセンスも必要だが、基本は仕組みを理解している人が研究・練習することで増していく。文章と一緒だ。それが出来ない人は前線から去るしかない。
常連のイガラシは女子高校生で、店員の中で狩野軍団と名付けられた男子高校生グループの紅一点だった。決して不良グループではなかったが、物静かでもない。カツアゲをしない真っ当な(ちょっと頭が悪い)高校生グループで、総勢5、6人程である。イガラシはピアスをしていて、ややギャル寄りの、小柄なミニスカ制服だった。プヨプヨや横スクロールアクションが好きで、結構ゲームのセンスがある。大きな声で笑い、場が華やかになる。
仕事が終わってからも、僕を含めた店員軍団と狩野軍団は鍋パーティーを開催したりした。関係は良好だった。イガラシはその狩野軍団の誰かと付き合っていたのだろうか? わからない。
その勤め先のゲーセンで、僕はまあ強い方だった。ごく稀に外来種ジャッキー(常連以外の人が使う簡単・強い・カッコいいを併せ持つクソキャラ)に狩られたりしたが、それ以外は大抵勝つ事が出来た。もちろん、圧倒的な力を持って相手を制圧し、連勝できる程の強さではない。勝ったり負けたりしながら、トータルで僕の方が少しだけ勝ち数が多くなる、といった塩梅だ。
イガラシは僕のアキラを観て、
「教えてください!」
と言ってきた。声が少し掠れている、素直で可愛い高校生だ。
「マジ江戸川台ルーペさんのアキラかっけーっす、憧れっす!」
悪い気なんかする訳がない。元々僕は次男気質であるし、年上と遊ぶ方が気が楽という所がある。だが、ゲーム上に限られるが、弟子が出来たようなものだ。ふふふ、悪くない気分だ。しかもJKだぞこの野郎(誰に言ってんだ)
何しろ時間は腐る程ある。バーチャファイターの仕組み、アキラスペシャルの出し方、対ウルフ戦における対処法、アイテムのゲット方法など、教える事は山程あった。
「だからさ、投げ確(ガードされたら投げられてしまう大技)の時は、ちゃんと避け抜けしなきゃダメなんだよ」
「あ、はい」
「ウルフの時は46PG、葵のダウン投げ抜けは上でいい」
「ういっす、チッス」
「タバコやめろ、制服で吸うな」
「(チッ)」
「舌打ち!?」
「ティっス」
イガラシはあっという間に、メキメキと上達していった。VF4友達と四人で車に乗って遠征しに行き、大会に出場していい所まで行けるようにもなった。遠征の帰りはファミレスで食事をして、ポテトをつまみにVF4談義に花が咲いた。
「いやー、マジ師匠強いっスゎ、ウィッス」
「まぁな。年季が違うから」
「マジパネっス、ういっス。っていうか、江戸川さん彼女とかイネっすか、ウィッス」
「いるよ」
「マジっすか、誰っすか」
「何でお前に言わなきゃいけねんだよ」
「……うぃっす」
やがて、僕は徐々にゲームセンターでの勤務が減り、本格的に普通のバイトの方へ軸足を移して行った。人手が足りなかったからだ。そもそもこの歳で、ゲーセンに入り浸りなんて言うのもどうかと思うと、あちらの職場の人(付き合っていた女性)にも言われていた。うるせえ、この八階建てのビルの中で、俺にバーチャで勝てる奴は誰一人いないんだぞ、と思っていた。僕は若くて馬鹿で、マレー熊みたいに何も考えていなかったのだ。
だんだん、イガラシにVF4で勝てなくなってきた。
同じキャラクター、八極拳アキラであるにも関わらず、イガラシは僕の攻撃をヒラヒラと交わし、ドカンとどデカイのをキメてくるようになってきた。極めて高難易度の空中コンボを成功率高くキメてきた。勝率は僕が4でイガラシが6くらいだ。以前は僕が8で相手が2くらいだった筈なのに。おかしい、こんな筈じゃなかったのに。
「いや、強くなったね」
焦りながら僕が言った。
「エドガワさぁん、2P側だとアキスペ時々失敗しません?」
「ちょっと苦手……だったりして」
「マジっすか、どんだけバーチャやってんすか」
僕はちょっと傷ついた。
「……あの技なに?」
「カイチョウっす。うぃっす。壁よろめきしてる時、前々pkgで相手がガードしてた場合ガード崩せるっす」
ニヤニヤしながらイガラシが解説する。
「そっからモウコ、投げからの
「あ、ああそうなんだ、ふーん」
「常識っすヨ、マジェ」
お前ふざけんなと。
一日中バーチャやってたらそりゃ上手くなるに決まってるじゃん。わかってんだよこちとら。そうやって俺もリーマン狩ってたんだ。あのな、そんなにバーチャに必死になってどうすんの? 社会待ってくれないよ? 「バーチャ強いの? すごいねぇ。で、バーチャって、なに?」で終わりだよ? だぁーれも褒めてくれないよ? いいのそれで、いいの?
「いやあ〜〜、イガラシさんは本当にお強い!」
ゲヘヘ、とへりくだって笑いながら僕は言った。言いながら、僕はデーブを思い出した。あいつも、きっと僕と同じことを思っていたのではないか。「おいクソニート、バーチャ面白いか?」
「「そいつあぁよかったな!」」
悪かったよデーブ。
あんたが汗水垂らして仕事をしてる間、僕はタバコを吸い、ガハハと笑いながらバーチャやって、強くなってたんだ。そんな俺に負けてどう思った? まあいいや。あの年末の闘いはとても良かったぜ。いい思い出だ。でもな、それとこれは別だ。
「それとこれは別だ」
そう自分の中で結論付けると、僕は改めてクレジットを投入して再戦を挑んだ。師匠としてこれ以上、負けを重ねる訳には断じていかない。心なしか、筐体の向こう側で高校生軍団がたむろして僕のことを嘲笑っているかのようにも思えてくる。こんな所にも心に巣食う自己肥大虫が徘徊していやがる。アキラを選択すると、段位決定戦だった。VF4には段位が存在しており、下の段の者が上位を倒すと段位が上がっていくのだ。もしこのまま僕が負ければ、僕が落ちてイガラシが上がる。敗北は超絶断じて、いかなる方法をもってしても回避せねばならぬ。
「負けねっすよ、センパイ」
イガラシが向こう側から大きな声で言った。
「マジ、バーチャでカシラなるっすから」
僕はレバーをグルグルと回して冷静を心掛ける。
ROUND1
ファイッ!
開幕でお互いがヤクホ(肘を突き出す技)で、「ガギイン!」とカウンターの音を発して空中に吹っ飛ぶ。同時にヒットする同じ技。こいつ、俺だ。俺がもう一人向かい側にいる。だが一本目を先取されてしまう。激しい技のねじ込み合いだ。たった一回の油断でお互い半分は体力を持っていける腕を持っている。レバーをグルグル回して次の開始を待つ。
ROUND2
開幕のヤクホで先程と同じように両者吹っ飛ぶ。どちらも一歩も引く気配はない。避けからの連続技で細かく削って僕が勝利する。飛び込んでくる猪をいなすような戦い方だ。普段、外で僕がやられるパターンを、自分が再演したような気分になる。なるほど、これは分かりやすい……と、そこでハタと、イガラシは本当に俺の闘い方をコピーしているのだ、としみじみする。
ROUND3
イガラシ勝利。僕が引いて戦うとなると、それに合わせてスタイルを柔軟に変えてくる。タイミングをずらして打撃を打ち、打撃を待つ僕に大胆に近付いて思いっ切り投げる。1ー2でイガラシが昇段へのリーチ。
ROUND4
ピチピチ
「ドラァ!」←投げた
ピチピチ
「ドラァ!」←投げた
勝ちゃあええんじゃ勝ちゃあ!!!
ボケええー!!!!
「師匠!! それまじ無いっすよ!! ダッサ! 真面目にやってくださいよ!!」
反対側からイガラシの大声が聞こえた。
「まじめじゃ、ボケえーーー!!!」
絶叫する僕。マジかっこいい。
ピチピチ
「ドラァ!」←また投げた
必殺「俺のしゃがぱん投げ」が冴え渡った。伝説の三大みっともない戦い方ベスト3に堂々とランクインしている例のアレだ。イガラシはめちゃくちゃ反応速度が早いので、しゃがパンをガードされたらヤクホが飛んでくるので、それを避けて投げた。これで2ー2、イーブン。次が泣いても笑っても最後だ。
「そんなに勝ちたいっすかぁー」
苛烈な闘いにしては、幾分間延びしたイガラシの声が反対側から聞こえる。半分笑っている。
「でも、これで最後っすよ。鏑木さん」
レバーを回して、僕は最終戦に備えて唇を舐めた。
ROUND5
ファイ!!!
夕方、場末のゲーセンで、ギャラリーがちょっとだけ沸いた。
☆
バーチャファイター4は主義のぶつかり合いだった。
戦い方は人の数と同じくらいにあって、たった百円を投じるだけで語り合うように闘う事ができた。小手先のテクニックだって重要だった。正確なコマンド入力だって、もちろん重要だった。でも、それらは自分らしさを表現する為の道具であって、勝つ為に「絶対必要なもの」ではなかった。散々入力をミスっても勝てる時は勝てる。そもそも、単なる勝利はそれほど嬉しくなかった。ついさっき、誰かが「勝ちゃあええんじゃ! 勝ちゃああああ!!」って叫んでいたが、あれは嘘だ。のっぴきならない場合を除いて、自分の納得のいく戦い方で勝たなければ、その勝利は単なる戦績に加算される「1」に過ぎなかった。やがて忘れ去られる闘いの一つでしかない。
現実世界だってそうじゃないか、って僕は思う。細かく言えば、仕事の進め方だって、人とのコミュニケーションの取り方だって、日頃着ている洋服や靴や、パスケースなども、詰まる所は自分の主義の表明でしかない。それらをお互いに認めたり、尊重しながら社会は動いている。ネットでは糾弾する声の方が大きいが、身近な職場や家庭では、結局「自分はこういう人間ですよ」という事を無意識に(あるいは意識的に)表明して生活を営んでいる。小手先のテクニックやコマンド入力の正確さ(どんなだ)で上手くいったり、得する事も多いかもしれない。だがそれだけで、人生が変わるという事はない。人生に勝敗をつけるとして、最終的な判断は、いかに自分らしさ、自分の
結局の所、我々は生きたいように生きているし、なるようにしかならない。運命に抗って生きているつもりでも、それすらも主義の表明に内包される物であって、結局の所我々は定められた領域で、定められた消費を行い、生産し、そして死んでいく人間でしかない。ご存知の通り、そのままではあまりにも退屈で、放っておけばつまらない事だけで埋まり続ける人生だ。
だから、バーチャファイターは刺激的だった。
自分の思う通りのカスタマイズをし、好きなキャラクターで着飾って、たった百円で自分の主義を表明し、相手を叩きのめす事が出来た。逆に叩きのめされる事もあった。「俺はお前を認めない」。そう指を突き立てられる事が、本能の炎に油を注いだ。今思い出してみると、負けた時の苛立ちは、自分の主義主張が通じなかった、認められなかった時の怒りに似ていた。
僕が接する事ができる人間の数はどれくらいいるのだろう?
実世界において、あるいはネット社会を通じて知り合う人達の総数は、死ぬまでにどれくらいいるのだろう? わからない。想像もできない。その人達のほとんどは、隣をすれ違っていく風景に溶け込んでいく。その人となりや、主義なんかを伺い知る機会もなしに。
でも、デーブや、そしてイガラシや、その他バーチャファイターを通じて闘ってきた人達を今こうして思い出すと、懐かしい友人達と再会したような暖かい気持ちになる。あいつはこうだったな、と微笑みすら浮かぶ。たかがゲームに過ぎないのに、まるで子供の頃から知っているような、不思議な気分になる。それがバーチャファイターだ。主義をお互いに表明し、それを理解し、尊重しあった上で闘った者同士だけが通じ合える、目に見えない絆で繋がっている。
僕は小さな個人経営のゲームセンターでアルバイト中で、カウンターで肘をついて
(終わり)
P.S
最終戦の結果はご想像にお任せします。
俺にもゲームを語らせろ 江戸川台ルーペ @cosmo0912
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