第318話 元勇者と賢者

 魔王の居城へと続く長い階段の下、果たしてあいつはそこにいた。俺と別れた場所と寸分違わぬ所にたった一人で立ち、無表情で城を睨んでいる。転移してきた俺になどなんの興味も抱いていない、と言わんばかりに。


「人間がこんな所に何の用だ?」


「……少なくともお前には用がない」


 こちらに少しも視線をくれることなく、淡々とした口調で言ってきやがった。なるほど、見知らぬ俺なんか眼中にねぇってか。なら少しは興味を持たせてやるべきかな。


「だったら、魔王様に会いに来たのか?……それとも無謀にも一人で魔王城に突貫して天に召された可哀想な勇者様がご所望か?」


「…………なんだと?」


 マーリンが城から視線を外し、俺に鋭い視線をぶつける。おー、やっとこっちを見てくれたか。


「今、なんと言った?」


「魔王に会いに来たのかって聞いたんだよ」


「そっちではない。……勇者が天に召されたとかふざけた事を言わなかったか?」


「あぁ、言ったな。事実だ。俺が殺したからな」


 さらりと俺が言ってのけると、呆気に取られたマーリンだったが、すぐに唇を歪め笑い始めた。


「お前がアルを?冗談でももう少しましな事を言って欲しいものだな。お前如きに遅れをとるあいつではない」


「随分勇者を買ってるんだな」


「当然だ。あいつはお前らの主人を倒す素質を持った男だ。一魔族のお前が勝てる相手ではない」


 なんとも歯がゆい。面と向かってマーリンに褒められたことなんかねぇから、なんて答えたらいいのかわかんねぇよ。


「別に信じる信じないはお前の自由だよ。俺は事実を述べたまでだ。とにかくその勇者がお目当だったんなら無駄足だったな」


 そう言いながら俺はマーリンに背を向ける。背中に痛いほど視線を感じながら城に戻る素振りを見せ、ふと何かを思い出したように立ち止まった。


「あぁ、そういえばこいつは餞別にくれてやるよ。こんな眩しい剣は魔族には似合わねぇからな」


 俺はエクスカリバーを身体から呼び出し、マーリンの方へ乱雑に投げやる。その剣を見て、マーリンは大きく目を見開かせた。


「じゃあな。そいつは奴の故郷にでも戻しておいてくれや」


「待てっ!!」


 マーリンの怒声が響き渡る。俺はゆっくりと振り返り、エクスカリバーを拾う奴の顔を見た。


「……状況が変わった。私はお前に用がある」


 その顔は冷めきったいつものあいつの顔に見える。だが、確かに静かな怒りを感じた。


「なんだよ。やっぱ俺に用があるんじゃねぇか。で?なんだよ?」


「お前を殺す」


 そう言うや否や、マーリンは手にしたエクスカリバーで斬りかかってきた。俺はアロンダイトでそれに応戦する。


「おいおい穏やかじゃねぇな……仮にも賢者と呼ばれている奴が」


「周りが勝手に呼んでいるだけだ。頼んだ覚えなど……ないっ!!」


 マーリンは最上級クアドラプル身体強化バーストを発動しながら、俺を剣ごと弾き飛ばした。流石は俺の親友だな。机にかじりついて紙に魔法陣のお絵かきをしている軟弱な学者とはわけが違う。俺も自分に強化を施し、アロンダイトを構えると奴に向き直った。


「俺は魔王軍指揮官ランスロット!お前の親友を殺した男だ!!俺が憎いならかかってこいよっ!!」


 俺の声に呼応するかのように、マーリンがエクスカリバーを振りかざしてきた。それを受け止めると、どこからともなくイカズチが襲いかかってくる。そうだった、こいつは魔法陣を消せるんだった。本当、厄介だよな。

 俺も慌てて魔法陣を組成しようとする。が、最近聖属性魔法ばっか使ってたから、素早く作り出すことが出来ねぇ。


「その程度か、魔王軍指揮官!」


 俺が魔法陣に手こずっている間にもマーリンは容赦なく攻め立ててくる。魔法陣の腕でやり合ったらこいつに敵うはずねぇっての。


「くっ……うざってぇんだよ!!」


 俺は激しく振り下ろされる剣を力任せに弾き返しながら、思いっきり魔力を滾らせた。


「”選ばれし者オンリーワン”」


「なっ!?」


 俺の使った魔法を見て、マーリンが驚愕の表情を見せる。ちィ!聖属性魔法は使うつもりなんかなかったってのに、こいつを相手にしてたらそんなこと言ってらんねぇ!


「お、お前……それはあいつの……!!」


「いい魔法だよなぁ!!殺すついでに貰っといてやったぜ!!」


 困惑しているマーリンに攻めかかる。こうなったらごり押ししかねぇ。こいつが戸惑っている間に片を付ける。


「……所詮は真似事!奴ほどの力は感じんぞ!!」


 よくわかってらっしゃる。魔都エルサレンに俺の力を半分以上残してきたからこれが限界なんだよ。


「うるせぇ!さっさとくたばっちまえ!!」


「……そこだ」


 マーリンは冷静に俺の剣をいなすと、そのままエクスカリバーを俺の腹に突き立てた。


「がふっ……!!」


 俺の口から血が吹き出す。マーリンは冷たい表情のまま腹から剣を抜くと、一切の慈悲なく俺の身体を袈裟斬りにした。


 噴水の如く飛び散る鮮血。俺はゆっくりと地面に倒れこむ。その拍子に顔についていた仮面が外れた。


「……これは驚いた。まさか魔族に与する人間がいたとはな」


 素顔を見ても、マーリンは俺だと気づいていない。流石は俺の嫁。完璧な幻惑魔法だな。


「そのまま死を待つのも辛いだろう。私がきっちりトドメを刺してやる」


 マーリンがエクスカリバーを天に掲げた。血が滴るその黄金の剣は、眩いばかりの光を放っている。やっぱりこいつは悪の幹部には眩しすぎる剣だな。振り下ろされる剣を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。


「…………えっ?」


 エクスカリバーの切っ先が俺の首に触れるか触れないかのところでマーリンの動きが止まる。


「ア……ル……?」


 マーリンが震える声で俺の名前を呼んだ。は?アル?なんで?


「どういうことだ……?なぜアルが……?」


 ……どういうわけか、俺の正体がバレたらしい。まじかよ。


「マーリン……」


 こうなったらしょうがねぇ。エクスカリバーを地面に落とし、わなわなと震えながら後ずさっている親友の名を呼んだ。


「勇者アルトリウスは……反逆の騎士ランスロットに殺された……そしてお前は……その裏切り者を殺した英雄だ……」


「……な、何を」


「黙って俺の話を聞け……!!」


 混乱の極みにいるマーリンに大声を上げる。悪いけどこの傷じゃあまり時間がねぇ。


「魔族の侵攻も……このランスロットの指示によるもの……悪の元凶が死ねば……魔族の侵攻も止まる……」


「…………」


「魔族が攻めてこないんなら……人間も……戦う理由がないだろう…………」


「…………それがお前の望みか」


 掠れた声でマーリンが尋ねてきた。もう首を縦に振る元気もねぇから、俺は弱弱しく笑ってそれに答える。


「頼んだぜ……親友……」


 そう告げると、俺は意識を手放した。だが、すぐにそれは覚醒する。

 目を覚ました俺に最初に訪れたのは凄まじいほどの違和感。さっきまであんなに全身を駆け巡っていた痛みを一切感じない。身体を動かそうとしてもピクリともしない。挙句の果てには声すらまともに出せなかった。

 その違和感の正体に気が付いたのはマーリンが俺じゃない何かに跪き、涙を流しているのを見た時だ。俺の親友の視線の先にいたのは俺だった。


(どうなってやがる!?)


 なんで俺の姿を俺が見てるんだ?意味が分からない。


「―――なるほど。やはりこうなったか」


 聞き覚えのある声が聞こえ、俺はそっちに目を向けた。そこには黒いマントを羽織った魔王が何とも言えない顔で佇んでいる。


「貴様が賢者マーリンか……噂は聞いているぞ」


「…………」


オレの軍が誇る最高戦力を破るとは流石といったところか」


「…………」


「次はこの魔王の首でも狙ってみるか?」


 フェルの言葉にマーリンは何の反応も示さない。だた、茫然と俺の亡骸を見つめていた。


「何を涙することがある?この男は人間の敵、魔王軍指揮官のランスロットだぞ?」


「……こいつはそんなんじゃない。人類の希望……そして、俺の親友であるアルトリウス・ペンドラゴンだ」


 マーリンは勢いよく顔を上げると、血走った目でフェルのことを睨みつける。その刃のような視線をフェルは真正面から受け止めた。


「そうだな、その通りだ。ならばなぜ貴様がその事に最後まで気が付かなかったのかわかるか?」


「…………」


 マーリンはフェルから視線を逸らすと、再び俺の躯に目をやる。仮面を被ったくらいで誰かわからなくなるほど、俺達の付き合いは短くない。だからこそ、俺の正体を見極められなかったことが不思議で仕方がないんだろう。


「それは幻惑魔法による認識阻害だ。貴様がこの男をアルトリウスだと認識できないように、こいつの妻が魔法を施したのだ」


「……妻?」


 そら驚くよな。知らない間に親友が結婚してたらよ。


「そして、貴様がこの男が誰なのか分かったということは、セシリアのせめてもの意趣返しなのだろう。愛する者を奪った相手が一生苦しむ様に、とな」


 ……そういうことか。だから、こいつは最後の最後で俺を認識できたのか。


「……こいつは魔族領でも誰かに愛されていたのか」


「どちらかと言えば、この男がセシリアを愛したんだがな。それが、オレの配下に加わった理由だ」


「……アルらしいな」


 マーリンが力なく笑う。フェルはそれ以上何も言わずに俺の身体の側まで来ると、大事な者を扱うように抱え上げる。それをマーリンはぼーっと見つめていた。そして、今の俺の体も持ち上げる。そこで初めて気が付いた。今の俺はアロンダイトの中にいるってことに。フェルも持った瞬間何かを感じたらしく、アロンダイトのことを凝視する。


「こいつの遺体はこちらで葬らせてもらう。……それがセシリアの願いだ」


 そう言うと、フェルは俺から目を離し、マーリンに背を向けて歩き始めた。


「……私を殺さないのか?」


 そんなフェルの背中に、マーリンは消え入りそうな声で尋ねる。フェルは足を止めると、人懐っこい笑顔をマーリンに向けた。


「そんな楽しくないことしないよ?だっては約束しちゃったんだもん。楽しいと思う事だけやるってさ。だから、人間と争うのもやめるよ……つまらないからね」


 予想外の答え、そしてフェルの急激な変化に呆気にとられるマーリンを残し、フェルは階段を上っていく。俺はフェルの手に握られながら、いつまでもこっちに目をやっている親友の姿を見つめ続けていた。

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